目を見張り、胸を張り、
2次元から3次元の知覚の中を突っ走ってきたC・P。
どうやら2人は4次元へと向う準備段階に入ったらしい。
イタリア人のような熱い血と字宙人のような冷たい脳を持つC・Pの、
すべては成就するか否か。

 

コンプレッソ・プラスティコは、平野治朗(写真右)と松蔭浩之(写真左)が1988年に結成したアートユニット。“LOVE&GOLD”  “Everybody knows New Life”  “すべては成就する”といった強い言葉をタイトルに掲げ、セルフポートレートを使った作品を派手に発表してきた。薔薇や十字架、富士山や都庁などをビジュアルに取り入れ、彼らはいつもその中心にいた。作品は映像やノイズを使ったインスタレーションという形で提示され、3Dの手法もブーム以前に取り込んでいた。4年の間、世間とアクセスし、世界のシーンの中でも走り続けてきたC・P(コンプレッソ・プラスティコ、以下C・P)がパタッと静かになった。休止である。C・Pの休みはなぜなのか、今度はいつ走るのか、そしてそれはどこへなのか。

──C・Pは今、休止中になっているんですか?

松蔭 お休み。解散ってわけじゃない。たった1年で東京へ出て、たった2年で世界へ出るってのも、ある程度自分達の希望どおりにかなっていったわけで。4年間ギーッとやった分、 1回ちよっとお休みでももらいたいなあって。C・Pのやり方としてはね、本当はお休みなんてもらわず、 一生死ぬまでギーッと飛ばしてると、みんなが喜ぶと思うけど、結局僕ら人間だし、若者だから(笑)。

──世界を狙うっていう目標も最初からあったんですか?

松蔭 ベネチア・ビエンナーレは偶然だけどね。あれは俺達を選考したヤツが日本人じゃなくて、アメリカのキュレーターがたまたま作品を見て「あっ、コイツら」って一言で受かっちゃったようなもんだから。どこの国のヤツだとか全然わからずに選ばれて。ラッキーだったんですけど。デビューした時から宣言してたよね。予感っていうか。平野くんが「これでちゃんとやれば海外はカタイね」なんて言ってる時の顔見てて、俺は安心しちゃったの。

──休止後のメドはついてるんですか?

平野 94年に東京かN.Y.くらいでやるんじゃないですか。

松蔭 話はきてるんだよね。ミラノとかダブリンとか。俺達がデビューした時ってバブルとかあったでしよ。製作費とか一番すごいのは1千万円とかでできたわけ。海外のプロジェクトってお金かかるでしょ。そうやってバブルとアクセスしてきたわけ。俺らがしたんじゃないけど。だけど今年に入って、みんな財布のヒモが固いっていうか、俺らの活動とリンクしてるのかはわからないけど、なんか不振だよね。この時期に金のかかる作品作ってるヤツいるじゃない。ああいうの見てるとスゲーと思うし、バカだなと思うんだよ。貯金したらいいのになって。俺らバブルのおかげで甘やかされた部分もあるんだけどね。

──今は、それぞれソロで活動してるわけですよね。3月に平野くんは大阪で『科学と学習』っていうAV機器が並んだ実験室みたいな個展をして、今度は松蔭くんが『SUPER EROS HYPER VENUS』という写真展を東京でやる。松蔭くんのこの展覧会はどういうもの?

松蔭 画廊のプロデユースで、C・Pの片割れのパーソナリティに迫りたいって。作り貯めたものがあって個人的に出したいっていうんじゃないんだ。はっきり言っちゃうと。俺ってそういうとこが良くないなと思うんだけど、そういう人間なんです。誰かの依頼、それは神様の依頼かも知れないし、普通の人の依頼でもいいけど、そういうのがあって奮い立って何かを作るというのが俺のスタイルとしてある。

──C・Pも誰かの依頼だったんでしょうか?

松蔭 いやー、あれはきっと時代の依頼があったんですよ。あれだけのパワーを生み出したのは、そういうものを感知したからだと思いますよ、お互いが。くさい言い方だけどね。時代が求めたと思う。俺らみたいなやり方とか、作品のアプローチの仕方とか。

平野 C・Pってのは、みんなが見たいものを作ってきたっていう感じ。要するに人間の知覚とからんできたわけだし。僕らは見たいものを見ようとしてるし、僕らの内面そのものが視覚になったり、世の中に現れてきてってのが、僕らの知覚だと思うんですよ。写真なら写真を撮る絵柄が、僕らの考えてることにあるけど、表面に出てくるものじゃなくって、本当に僕達が今、視覚してるってことは何なのかってことを、もうちょっと突っ込んでやりたかったんです。4年間、やってきたわけだけど、それでもできなかった考え、イメージとしての目に見えないもっと面白いことをやりたいっていうのが明確になってきました。今は、その準備期間のような感じです。

──この前の『科学と学習』の展覧会も、知覚の実験をしていたみたいでもありますね。

平野 僕らの時間感覚も、完全にここ数百年の文化によって、規定されてしまったわけだけど、本当はそういう世界ではない世界が僕らの周りには存在しているはずだ、という考えがあって、それを見ること、感じることができないかって。僕らが今見せられている現実がどういうことなのかってことを、なんとか知覚をもって拡張するっていうか。そういう仕事をしたいなあと思って。

松蔭 この人が目指すのは科学者ですよ。

──平野くんは「大阪3D協会」の名付け親でもあるわけだけど、もう既に4次元に興味は移ってしまってますよね。

平野 4次元ってことをいうなら、科学上で言われている4次元ってのは、高さと横と奥行きプラス時間軸を座標上で加えた4次元ってことでしょ。それなら僕らはもう既に4次元世界にいるわけで別に興味はない。むしろ座標軸上に点を設定する時の4次元って何だろう、もしくは座標軸上ではない4次元に興味がある。

──それはアーティストの域を越えてる。

松蔭 だけどアーティストってのは本来そうじゃなきゃいけないのかも知れない。今までいってるアーテイストが正しいかは誰にもわからないでしょ。それはいつも疑問視していなければならない問題ではあるよね。

──興味の対象は2人とも全然違う?

松蔭 科学とか宇宙に興味持ってる派とヒーローに走る派。俺はウルトラマンみても、宇宙から来たとか全然関係なくて、カッコイイヤツが強いってのに憧れてる。この前、ガールフレンドと話してたんだけど、俺って全然空見てないんだってさ。で、ふと思い出したのがね、ベネチアでね、夜中までセッテイングして疲れて帰る時のことなんだけど。そん時俺は「疲れたー」って下向いてるんだけど、平野さんは空向いてるんだよね。で、「空、見なよ」とか言うんだよ。「星がきれいだ、流れ星だ」とか。俺、見上げた時は流れ星は落ちた後で、「流れ星なんて見たことないんだよなあ」って言ったら、「お前、空とか宇宙とかを見て何かを考えたりしないか」っていうんだよ。俺下ばっかり向いてるしね。こないだ1万円拾ったし、5万円落としたから、最近なおさら下ばっかし向いてんだ。

──宇宙観っていうのはどういうもの?

平野 宇宙って僕ら自身をとりまいているもので、宇宙に出たいっていうより、この宇宙から出てしまいたいって気が強い。僕らは宇宙の一部分ですから、原理的には出られないわけですよね。じゃ、宇宙を脱出するのはどういうことかっていうと自分を超えるってことになってしまう。僕らはその中の仕組みでしか宇宙を認識できない。僕は、そこにやむにやまれぬ要求のようなものがあって、外ヘ出てみたい。それが僕にとっての宇宙。

松蔭 なんかね、しなくていいことをあくせくやって悩むんですよ。寝たくもない女と酔っぱらってやっちまって、その後電話かかってきて、どうしようっていわれたりして。そういうのってズシーンとくるじゃないですか。それで己れを知るっていうか。

──それが宇宙観?

松蔭 そう、俺の字宙観(笑)。なんにもないね(笑)。自分を痛めつけることで重荷を感じるっていうのが、生きてるっていうか、何かと共振してる。生きてる実感が喜びよりも苦しみからの方が多い。今度の個展なんか苦しみですよ、女の子一人部屋によんできて写真撮るって。その後、キスができるわけじゃないし。精神的な苦痛、プラス最近は肉体に興味がある。今さら肉体、そしてテニス。本気ですよ、テニスに関しては。なんだ、宇宙観って?神様は信じてるけど。

──どんな神様?

松蔭 俺の神様。朝起きたりするとさあ、お祈りじゃないけど、少し話をすんの。今日もよろしくって。

平野 松蔭に都合のいい神様。

松蔭 そう。だから、あっけらかんと生きていけるんですよ。

(インタビュー:塚村真美/写真:藤原一徳)

「花形文化通信」NO.42/1992年11月1日/繁昌花形本舗株式会社 発行)