セイウチ帽子と陶器セイウチオブジェ(2019年8月)

チチ松村さんロングインタビュー4回目をお届けします。
きのこの不思議に魅せられた80年代、クラゲになりたいとまで思った90年代。そして、今でも食べたことを記録しているというイカには2001年、グッズを集めまくった桃には2002年にハマったそうです。
今回は2007年以降に好きになったもの……セイウチ、セミ、豆。そして、2014年から現在に至るまで絶賛盛り上がり中のサルについて熱く語っていただきました。 (丸黄うりほ)

セイウチにハマったきっかけは相撲?

——インタビュー第3回では、チチさんが今までに好きになったものについて年代順にうかがってきました。きのこ、クラゲ、イカ、桃です。

チチ松村(以下、チチ)  そのあとは、2007年にセイウチが来たんですよね。これは、相撲が関係あります。

——セイウチって動物ですよね? 相撲とどんな関係が?

チチ あるときね、新幹線の新大阪のホームに北の湖がいてたんですよ。もう亡くなったけど、当時、日本相撲協会の理事長だった北の湖ね。その横に、むちゃくちゃでかい相撲取りがいてたんです。この人も今はもう相撲をやめちゃったんですけど、大露羅っていうロシア出身の力士。わー、でかい。この人、新幹線に乗れるんかなと思いました。で、まあ入ったんですけどね。この人は北の湖の付き人をやっていたんです。可愛がってもろてたみたいで。
僕、これいったい誰なんやろうと思って大相撲力士名鑑を買って見て、やっとつきとめた。北の湖部屋の大露羅っていう人やと。それで、相撲を観に行って、実際にまわし姿の大露羅を見たんです。そしたらもうセイウチみたいに大きかった。そっからセイウチにハマりました(笑)。

塚村 オーロラからのセイウチ。実際に相撲を観に行くって、よほど気になったんですね。

チチ 気になったんです。僕はやっぱりね、これなんやろと思ったら、そのことしか考えられへんタイプなんやと思う。だから、らもさんが「おまえそんなんでよう生きてきたな」って言わはった通りでね、普通の人やったら自分の生活をどうしていくかとか、もっと大事なことがあるじゃないですか。そうじゃないことに一生懸命になって、それしか考えられへんようになるんですね。で、とにかくセイウチに似ているなと。あれにキバがあったら。

塚村 どんな想像……。

チチ そこから、セイウチもおもしろいものやなぁと思って、セイウチがいてる水族館巡りをはじめたんですよね。

——そんなきっかけなんですか……。セイウチは今までの好きになり方とはかなり違うパターンですね。きのこは図鑑で見た、クラゲは実物を見た、イカ、桃はおいしかったのがきっかけということでしたけど。

チチ セイウチにハマったのはまあ2年くらいですね。

セミの声を聞くために車を買った

チチ その後、道歩いていてね、鳴いている虫がいるじゃないですか。それがすごい気になって。バッタ、コオロギ、キリギリスとかね。で、鳴く虫の図鑑を手に入れて、録音した声のCDも手に入れて。そしたらね、ただ道を歩いているだけで「いま、あの虫が鳴いているなー」とか分かって。こういうの楽しいんですよ。秋になったらいろいろ聞こえてくるし、秋じゃない季節でも鳴いてるのがいるし。これがどんな声で、どんな形していて……とか分かったらすごい楽しい。そんな鳴く虫がセイウチの後の2年か3年ですね。

——2009年くらいでしょうか。

チチ そしたら、その鳴く虫のなかで、セミ。これは、僕ね、手づかみでとるのがものすごくうまかったんです。網を使わずに、後ろから潜んでつかまえるっていうの。ちっちゃいときから得意やってんけど、大阪にいるセミって種類が限られているんですよ。クマゼミ、ニイニイゼミ、アブラゼミ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシ、ヒグラシ、そのくらいやったらいるけど。よく調べたら日本には30何種類ものセミがいて、名前だけ知っているけど実際に声を聞いたり見たことがないものがあるなぁと思って、そっからセミにのめり込んでいった。
ちょっと高い土地に行かないといないセミがいるんですよ。晴れないと鳴かないとかいうのもたくさんいる。で、今までは自転車でぐるぐるしてたけど、そういうところにすぐに行くためには車がないと行かれへん。そのために車を買ったんです。

塚村 運転免許は?

チチ もってた。仕事でもつこてたし。

——自分の車を買ったのはそのときが初めてですか?

チチ いや、その前もあったけど、しばらく乗ってなかったんですよ。だけど、セミの声を聞きにちょっと離れた山の上とか行くのには車いるなあと思って、まあセミの声のために車を買ったいうのはありますね。

——セミの好きになり方は、音楽家らしいですね。そんなに繊細に虫やセミの声が気になるのは音楽家の耳をされているからだろうなと思います。

チチ どうなんでしょう? そこは分からへんけど。日本人だけみたいやね、セミの声をいいと思うのは。他の国の方はノイズとしか思わへんみたい。実際、セミはあんまり寒いところにはいないですから。南フランスくらいかな、それより緯度の高いところにはいてないから、セミなんて知らない人もいっぱいいるみたい。僕はセミの形も好きなんですよ。

セミグッズコレクション(2019年8月)

大好きな醤油の原料は豆だった

チチ で、2011年に豆にハマったんです。豆はね、食べもんのなかで、いちばん嫌いやったんです。

——えっ? 嫌いだった?

チチ 豆の、噛んだ後に粒子状のものが歯の間に挟まってくる感じが。歯ごたえが嫌やったんです。グリーンピースがピラフなんかに入っていても絶対出してたんですよね。
ところが、三上さんに、豆はちょっとだけ食べるだけですごく体にいいと言われて、一回食べてみよかと思って食べたら。……おいしかったんですよね。

——何を食べはったんですか?

チチ サイゼリヤの、グリーンピースとゆで卵がのってる、ベーコンみたいなんが入ってる、安いやつ。それがめちゃくちゃうまかったんです。グリーンピース、こんなにうまいと思ったことなかった。
で、僕ね、いちばん好きな食べ物は何かというと、いつも言うてたんが、醤油だったんです。

——しょ、しょうゆ?

チチ 醤油ってね、大豆だったんですね。いちばん嫌いな食べ物と好きな食べ物は一緒やったんです。それも自分で分からなかったんです。

——そうか。チチさん、おかき好きですもんね。

チチ 大好き。特に醤油おかき。で、そうかー、豆やったんや原料は。で、もう豆いっぱい集めました。乾燥した豆。

——乾燥した豆ですか?豆グッズではなくて?

チチ 乾燥した豆です。無印の透明の筒みたいなんあるんですよ、それを連結させたものに豆をいっぱい詰めてね。今も、何十種類もの豆をトイレに飾っています(笑)。きれいですよ。

——きれいでしょうね、いろんな色や形があって。

チチ 豆が食べられるようになってよかったなと思いました。

乾燥豆コレクション(2019年8月)

インドでの出会いからサル学へ!

チチ そして2014年です。ま、その前からインド映画がすごい好きやったんですけど。あのインド映画で観る風景に、何か日本人が忘れかけたすごい大切なものを感じたんですよ。それで、これは1回行かなダメだっていうことで、2014年に初めてインドに行きました。後でまた行って結局3回行ったんですけど。
で、初めて行ったインドで、サルに出会った。

——そこでサルが出てきました。

チチ そのとき、2種類のサルに出会ったんです。ひとつは、アカゲザル。これがめちゃくちゃ悪いサルやった。観光客からもの盗む。ペットボトル盗んで、木の上に登って開けようとしたけど開けられへんから、それをバーンって投げるみたいな。わー、このサルは悪いなーと思った。それまでサルというのはいい印象全然なくて、いいと思ったことは一度もなかった。むしろ嫌いなほうやったんです。中学生くらいのときに、サル飼っている家で、サルに虫捕りの網でちょっかい出したら、網を盗られて、引っ張り合いして負けたんです。そんな、網めちゃくちゃにされた思い出とか。あと、箕面で食べもん盗られた思い出もあるし、ひらかたパークのサル山でサルが手招きして、僕が食べてたおかき投げろ言われて投げたこともあるし、サル怖いという思いしかなかったんですけどね。
インドでふたつめに出会ったのがハヌマンラングールっていうサルだった。これね、インド人から「神様なんです」って言われて。インドにはハヌマーンっていうサルの神様がいるんですね。で、「ハヌマンラングールに出会えたら、すごくいいことがあるんだよ」って教えてもらった。
で、悪いことするサルと、いいサルっていうのにふたつ出会って。ああ、僕はサルに出会ったなと思った。そのときは、それだけだったんですけど。

——まずはインドでのサルとの出会いですね。

チチ それから、インド映画音楽のA・R・ラフマーンっていう素晴らしい作曲家がいるんです、僕よりも若いんですけどね。そのコンサートがシンガポールであるっていうので、ラフマーンをすごく好きな方から「コンサート一緒に行きませんか」って誘われた。それは絶対に観たいと思った、A・R・ラフマーンは日本にはなかなか来ないんで。で、コンサートの何日か前にシンガポールに着いたので、シンガポール・ズーに行きたいなと思いました。で、そこへ行ったときに、おもしろいサルがいっぱいいたんです。

——おもしろいサル?

チチ テングザルとか、シロガオサキっていうサルとか、オランウータンとか。いろんな珍しいサルが。インドでサルに出会って、ちょっと「サルってなんやろ」っていうのが先にあって、で、シンガポールに行ったときにいっぱい見て、「すごいおもしろいわー!」ってなった。ついに、サルが僕に近づいてきた(笑)。それで、サルの本を読み出した。それから今まで、ずっとサルです。

——2014年からということは、サルは長いですね。

ゴリラTシャツ(2019年8月)

チチ そうですね。立花隆さんの『サル学の現在』っていう本を読んだんですが、すごいおもしろかったんですよね。サルの研究をされている人が、大変苦労されていて。いちばんおもしろかったのが、サル学の創始者っていわれている人がいまして。今西錦司さんっていう京都大学の方なんですけどね、日本のサル学を作り出した人。その方のインタビューですね。
今西錦司さんはめちゃめちゃおもしろくて。まず日本のサルの研究をされるんですけど、外国ではそんなやり方はやっていないけど、サルに近づくためには一頭一頭名前をつけてやるっていうやり方を編み出した人で。で、日本のサルのあとには、アフリカに行かなあかんってことで、アフリカのチンパンジーやゴリラの研究。それも全部、もともと今西錦司さんがやられたんです。で、後の人が今は引き継いでいる。
今西錦司さんは山登りも好きな人で、めちゃくちゃ影響力のある人で、哲学的なこともすごい考える人なんですけど。
立花隆さんのインタビューは、亡くなる1年前、今西さんが90歳くらいのときのものなんです。今西さんは、ダーウィンの進化論にちょっと反発されていたんですね。今西進化論っていうのがあって、棲み分け理論っていうのを考え出された。で、「それをずーっと考えて、考えて、やってきたけれども、この年になったらもう分からんようになってきた」って言いはったんですよね。で、立花さんが「サル学っていうのは?今までやってきたことはどうなんですか?」って言うたら、「アホなことをしてきた」……って(笑)。

——ええっ、そんな……。

チチ そこが、かっこいいと思ったんですよ。自分の人生、全部かけてやってきたこと。まだまだ後継者、頑張っている人もいるのに。「あんなアホなことしてアホやったわ……」って。関西弁なんですよ。京都の西陣の帯屋の息子さんみたいなんですけど。その自分の人生を全部くつがえすようなことを言って、その年齢になって。死ぬ1年前ですよ。この人、ええなあと思ったんです。好きになったんです。
それから、今西さんの本を読んだんですけど、本当にすごい人なんですね。でも、今西進化論はあまり他の生物学者からは受け入れられへんかったみたい。もう哲学のほうに行ってしまうんで。今西さんみたいな人がいておもしろいな、っていうのを、サル学から知って、今に至る感じですね。

——チチさんが今まで好きになったものについてうかがってきましたが、サルはクラゲに近いでしょうか?哲学的ですよね。

チチ そうですね、いろんなサルがいて、どうやって生きているのか。サルの習性とかが気になります。サルが人間のもとになっているというのをすごい感じますね。

——今日着てらっしゃるTシャツは?

チチ 名古屋の東山動物園のイケメンゴリラです。ゴリラは日本で数少ないんですよー。京都より西にはもういないんです。仙台の、日本でいちばん長生きだったゴリラも先日いなくなって。辛いわー。

塚村 いくつくらい?

チチ 50歳。人間で言うたら90歳くらいでした。

 

※その5に続く。こちらから

※その1のインタビューはこちら

※その2のインタビューはこちら

※その3のインタビューはこちら

※チチさんのコマまわしはこちら

 

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