イッセイミヤケ

文・嶽本野ばら

今年、三宅一生が死去したことは大きな衝撃でした。彼が日本的なるもの――一枚の布が被服となる概念――を打ち出しパリコレに参加した頃、僕はまだ子供でしたが、初期のコムデギャルソンのコレクションなどを改めて見直すと、川久保玲すらイッセイミヤケに感化されていたことを思い知らされます。

敬服するのは彼が早い時期から、若手の育成に意欲的だったことです。DCブームを盛り上げたI.S.は、ISSEY SPORTSの略、当初はイッセイのセカンドラインみたいなものだったのですが、人気が出るとすぐに切り離し、メゾンを津森千里に全面的に委任。その津森千里とて数年後に自らのメゾン、ツモリチサトを起こし、桑原直にI.S.を任せました。桑原直が就任して以降は、もうI.S.がISSEY SPORTSの略というのを知らない人の方が多かった。ズッカの小野塚秋良も、ファイナルホームの津村耕佑も、三宅デザイン事務所の出身ですし、書いていてはキリがない程、多くの才能をイッセイミヤケは輩出しています(ヴィクトリアンメイデンのayumi.さんもイッセイミヤケ、ツモリチサトを経てロリータの世界に……)。イッセイミヤケ自体は、2000年より滝沢直己、以降、藤原大、宮前義之、現在は近藤悟史がウィメンズのデザイナーを務めます。

ISSEY MIYAKE 2022ss Collectionのカタログ。2019年に4代目ISSEY MIYAKEのデザイナーに就任した近藤悟之のファーストコレクション。冒頭には「根源的なものはいつも新しい。」――『A Sense of Joy』と題された文章が記されている(筆者所有)

ISSEY MIYAKE 2022ss Collectionのカタログ。2019年に4代目ISSEY MIYAKEのデザイナーに就任した近藤悟史のファーストコレクション。冒頭には「根源的なものはいつも新しい。」――『A Sense of Joy』と題された文章が記されている(筆者所有)

僕は多くのメゾンを傘下に収めていくLVMHに就いて、実績を上げなければ次々、デザイナーをすげ替えていくと非難めいたことを書いてきましたが、LVMHに所属していれば若くとも実力でスーパーメゾンを任されるチャンスが与えられるし、眺めている限り適材適所の人事を行なってもいるので、実はそんなに腹を立ててはいないのです。お洋服の世界は家族経営が多く、特に日本では今もそれが慣習化されている。

その点に於いて三宅一生は大きな器を持ったデザイナーだったと讃えたいのです。プリーツプリーズ――繊維から新しい被服を創造するというストイックなアルチザンとしての姿勢にも、頭が下がりますしね。

三宅一生を想うと、どうしてもモデルの山口小夜子さんの姿が頭をよぎります。最初は1971年のやまもと寛斎のショーへの抜擢でしたが、1973年にイッセイミヤケのモデルとしてパリコレに出たことが彼女を世界的なトップモデルに押し上げました。やがてイヴサンローラン、クロードモンタナ等のショーに出ることになる彼女は、しかし、イッセイミヤケのショーにも参加し続け、黒髪のおかっぱ、透き通る白い肌、無表情――かつてなかった東洋人モデルとしてのアイデンティティを世界に示しました。恐らくイッセイミヤケと山口小夜子の存在を、番いのように刷り込まれているのは僕だけではありますまい。

2015年、東京現代美術館で開催された『山口小夜子 未来を着る人』図録。表紙の写真は横須賀功光が撮影した『イッセイミヤケ「馬の手綱」を着た小夜子』。図録の中で中西俊夫(Plastics)は「僕に1977年セックス・ピストルズの『勝手にしやがれ!』をパリで買ってきてくれたのは小夜子だった」と文章を寄せている(筆者所有)

2015年、東京現代美術館で開催された『山口小夜子 未来を着る人』図録。表紙の写真は横須賀功光が撮影した『イッセイミヤケ「馬の手綱」を着た小夜子』。図録の中で中西俊夫は「僕に1977年セックス・ピストルズの『勝手にしやがれ!』をパリで買ってきてくれたのは小夜子だった」と文章を寄せている(筆者所有)

2006年刊 国産伊勢海老と黒鮑のスペシャルカレーライス(サラダ、コーヒー付き)は現在(2022年10月)12,000円

2006年刊。国産伊勢海老と黒鮑のスペシャルカレーライス(サラダ、コーヒー付き)は現在(2022年10月)12,000円

実は僕が『パピネス』という小説に伊勢海老とアワビがトッピングされた資生堂パーラーの一万五百円のスペシャルカレーを登場させたのは小夜子さんがきっかけ。資生堂の人と小夜子さんと雑談していた時、資生堂の人ですら食べたことがないというのに、小夜子さんが「あら、私、食べたことあるわよ」と笑った。そこで僕と資生堂の人と小夜子さんで後日、資生堂パーラーにカレーを食べに行く会を催すことになった。結構、よく笑う人で、切長の眼の奥の瞳をくりくり輝かせながら、家ではずっとヘヴィメタルばかり聴いているとか、とんでもない私生活を暴露してくれていました。

三宅一生は着る者の国籍も体躯もボーダレスにしたといわれます。でも飽くまで結果、そうなっただけなのじゃないかと、最近、とみに思います。今、注目しているモデルにセネガル出身のマリック・ボディアン、2020年にはディオール、ルイヴィトン、エルメスなど23ものメゾンのランウェイを歩いた大人気の男性モデルがいるのですが、彼に今期、アレキサンダーマックイーンのデザイナー、サラ・バートンは、ワンショルダーのデコラティブなドレスを着せ、街を歩く姿をインスタグラムに投稿しました。身長は186センチ、とことん黒い肌に短髪のナイスガイ。スゴく凛々しいモデルさん。でも似合っていてカッコいい。

サラ・バートンは寸法を調整し、同じドレスを女性モデルにも着せます。ジェンダーレス、LGBTへの理解、そんな流行りの主張と無関係なのは、ドレスでも大股で歩くマリック・ボディアンを観れば一目瞭然でしょう。デザイナーという人種は単純で、カッコいいが全て。「何故、男性にドレスを着せるのですか?」「似合いそうだから……」としかきっとサラ・バートンは応えない。性も年齢も関係なく、服が映えるならモデルに起用するし、そこにポリティカルな主張なぞないのです。三宅一生が小夜子さんを起用したのも綺麗だったからで、小夜子さんもイッセイの服をどうすれば素敵に観せられるかしか考えずランウェイを歩いていたことでしょう。

ここ数年、メンズとウィメンズ合同のショーをするメゾンが増え、世間はこれをジェンダー問題へのアプローチと語ったりしますが、単に予算を削減したいだけなんですよ。リテラシーの高さなぞ美の前では瑣末に過ぎない。伊勢海老とアワビは、カレーのトッピングに使われても、やはり伊勢海老とアワビとして美味しいのと同じです。

(13/10/2022)