死が個人の体験でしか在らぬようにゴスもまた……

文・嶽本野ばら

2021-22a/wはゴシックを打ち出すメゾンが多いです。ジバンシィはミニマルなシルエットでゴシックを、バレンシアガはジーンズなどカジュアルなアイテムにゴシックをミクスチャーするというふう。最も顕著だったのはエディ・スリマンのセリーヌオム。

ロワール渓谷の古城、シャンボール城を舞台にして製作された約13分のフィルムには、王子様的な白い立ち襟や、ストーンで飾り立てた、まるで中世の騎士の兜のような黒いフェイスマスクを着用したアンドロギニュス的なモデルが、エディの象徴であるスキニーのボトムを履き、回廊を歩く姿が映されます。バレンシアガでも甲冑はモチーフとしてフィーチャーされますし、2021-22a/wはアーマーが重要なキーワードになっている。

セリーヌに就任してから、良くも悪くも「エディ・スリマンはエディ・スリマン」といわれてきましたが、今回でようやくエディ版のセリーヌが完成した模様。絶賛の嵐が巻き起こっています。

騎士の甲冑を模すというのは解りやすいトレンドですが、ゴシック——に関してはフォルムがある訳でなし、黒が多い——ということくらいしか顕著な判別材料がない。加えてこれまでゴシックといえば、非対称のデコラティブや退廃の印象で使用がなされてきたのに対し、今回は多くのメゾンがテーラードとして、キレイめゴシックを提案しているので、縁のない人は「次の秋冬はゴシック!」といわれてもチンプンカンプンでせう。しかしそれは仕方ないことなのですよ。

ゴシックは建築様式としては高い尖塔がある……など狭義の固定がやれますが、ゴシック趣味、ゴシック志向は18世紀末〜19世紀初頭にかけて流行した、ゴシック様式のお城や教会の雰囲気に触発された小説に代表される一種のロマン派の動向で、それが本場イギリスならメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』になり、フランスではガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』になり、アメリカに渡ればエドガー・A・ポー『アッシャー家の崩壊』の世界観へと連絡していくのですから。

更に20世紀になるとバウハウスなどポストパンクの系譜、ブラックサバスなどへヴィメタルのトリガーとして機能します。入れようと思えばパティ・スミスだってゴシックです。だから各人、影響を受けたカルチャーでゴシックの認識は微妙、または大幅にズレる。エディ・スリマンなんかはグラムロックこそがゴシックなのでしょうね。だからゴシックをやろうとするとモデルを両性具有の美少年ばっかにしてしまう。

日本には流行に関わらず立ち上げから延々とゴシックを追及するメゾン、アリスアウアアがあります。

1997年より定番として人気の蜘蛛の巣のようなNET(ネット)を用いたalice auaaのワンピース。写真は2013-14a/w の“Arague”correctionより。©alice auaa

1997年より定番として人気の蜘蛛の巣のようなNET(ネット)を用いたalice auaaのワンピース。写真は2013-14a/w の“Arague”correctionより。

1995年、船越保孝が立ち上げたこのメゾンは、腐食、拘束など独自な闇をモチーフとし、それを被服に定着させる。定番となった独自開発の布に蜘蛛の巣のような糸が絡まり着衣の経過と共に朽ちていく過程を享受させるボディコンシャスのカットソーやスパッツ、或いは長い袖の拘束着や聖職者の法衣を連想させるワンピース、エロティックなコルセットなどを発表し続けるアリスアウアアは、初めてデパートに出店した際も、フロアの何処にショップがあるのか不明、扉を開かないと中の様子が解らないというとんでもなく遮断的な空間を構成し、皆の度胆を抜きました。

2000年代初頭は不本意ながらゴシックロリータと紹介されるのを了としていましたが、現在は決別し、未踏のゴシックモードの道を単身、突き進んでいます。

アリスアウアアはデビュー当時、大阪コレクション新鋭としてビューティビーストなどと共、関西新世代の牽引役も果たしましたが、それらのメゾンがブレイク後、休止、転換を余儀なくされる中、コンスタントな継続を貫いてきた骨太のメゾンでもあります。顧客を極度に限定するにも関わらず、この服飾氷河期を生き抜いてきた努力は大抵ではなかったでしょう。船越保孝のゴシック偏愛の強度に敬意をはらわずにはいられません。

2021s/sのテーマはButterfly。既にテーラードとゴシックの融合がみられるがこのメゾンは初期からこの試みを取り入れてきた。黒い蝶は死と共に再生のシンボル。幻想を誘発する黒蝶に船越の秘めたメッセージがあるように思える。写真はalice auaa 2021s/s correctionより。

2021s/sのテーマはButterfly。既にテーラードとゴシックの融合がみられるがこのメゾンは初期からこの試みを取り入れてきた。黒い蝶は死と共に再生のシンボル。幻想を誘発する黒蝶に船越の秘めたメッセージがあるように思える。写真はalice auaa 2021s/s correctionより。

昔、ガールズゴシックロックの祖とも称されるケイティ・J・ガーサイドのクィーンアドリーナの『Drink me』が廃盤でどう手を尽くしても手に入らなかった時、メールでそれを告げると船越さんが「持ってます」と、送ってきてくれました。

僕達は何がゴシックかを議論するのでなく、何をゴシックと定義するかで相手を測れるのではないでしょうか。ゴシックには死のイメージが付き纏う。つまりゴシックの定義は大袈裟ながら、その人の死生観ですらある気がするのです。パリコレに左右されないコレクションをアリスアウアアは2021-22a/wも発表するでしょう。ゴシックの代表格、アメリカ生まれのリック・オウエンスもキレイめなど気に留めず2021-22a/wは中近東のムスリマみたいなコレクションでしたしね。

▲alice auaa 2014-15a/w correction“The Grave of a Beast”

(04/01/21)

alice auaa official WEB SITEこちら