水玉かドットかの問題

文・嶽本野ばら

90年代後半のロリータ氷河期、ロリータは女子も男子も嫌いなファッションナンバーワン。雑誌でロリータと紹介されるとメゾンが怒って貸し出しをしてくれなくなった頃、唯一、エミリーテンプルキュートだけはOKでした。子供服のシャーリーテンプルが、その少しお姉さんラインとしてエミリーテンプル、更にお姉さん(『マリア様がみてる』ふうにいえばお婆ちゃん?)のブランドとして派生させたのがエミリーテンプルキュートだったのでお赦し下さっていたのでしょう。

ターゲットを年齢層で区切るのはサイズ展開の都合上(当初、シャーリーは100㎝~130cm、エミリーは140cm~160cm。キュートはそれを卒業したティーン用)。だからロリータな僕達は着用可能であれば無理矢理にシャーリーを着た。そして鞄や小物ならば小さくとも使えるのでシャーリーのものを愛用しました(今もしている)。

シャーリーテンプルは1974年、柳川れいさんが立ち上げました。彼女は大川ひとみさんのMILKの黎明期におけるパートナーでもあります。文化服装学院に入学後、コシノ・ジュンコに師事。ビギでデザイナーをしていた経歴もある。1986年発行の『いつも心に少女。シャーリーテンプル物語』には、文化服装学園時代の朋友達――バツの松田瑠樹、アトリエ・サブの田中三郎、トキオクマガイの熊谷登喜夫らとの対談が載っていて、彼女が絢爛な才能の世代の中心にいたことを伺わせます。

表紙と扉のイラストはペーター佐藤。『いつも心に少女。シャーリーテンプル物語』たかのてるみ+T・P・O編 商業界・刊1986年発行(筆者所有)

表紙と扉のイラストはペーター佐藤。『いつも心に少女。シャーリーテンプル物語』たかのてるみ+T・P・O編 商業界・刊1986年発行(筆者所有)

Tenpura、Futonのように海外でも通じる日本語、Kawaii――を被服に持ち込み80年代のDCブームの指針となったのは、柳川さんのシャーリーテンプルであったといってもいい。少なくともシャーリーテンプルはロリータの源泉。これより以前にロリータの歴史を遡るのは不可能です。

今年の8月、大阪のアメリカ村にシャーリーテンプルの路面店がグランドオープンしました。もう柳川さんはおられないし、シャーリーテンプルという会社自体がなくなって久しいのですが、店内に貼られたピンク&ホワイトのストライプの壁紙、ギンガムチェックを多様したお洋服や、母子手帳ケースという名目にしているが買う人の殆どがそんな用途で使わないであろうピンク地に白いドット(ベルト部分はハートモチーフ)の小物などを閲覧していると、シャーリーの魂が損なわれることなく今も継承されていることを確認出来ます。

Shirley Temple 2017 Autumn Collectionカタログ(筆者所有)

Shirley Temple 2017 Autumn Collectionカタログ(筆者所有)

赤地に白ドットの哺乳瓶ケースもある。これも絶対、哺乳瓶を入れない。合うサイズのペットボトルのフォルダーにするに決まっています。だって、僕はほぼ同じものを昔に買ってペットボトルを入れていたもの。

しかし、ドットとストライプのアイコンってフィフティーズですよね。さすればロリータは当初、黄金期のアメリカにインスパイアされた? 多分、そうです。シャーリーテンプルというブランド名は1930年代、一世を風靡したアメリカの名子役から取られている。当時のシャーリーちゃんのブロマイドなどを観ると、ドットやストライプ柄のドレスを着ていることが多い。

『Shirley Temple Little Darling Collection』20 th Century Fox

『Shirley Temple Little Darling Collection』20 th Century Fox

とはいえ、シャーリーテンプルはカントリーとは一線を画し、ヨーロピアン趣味を貫いてきました。MILKにしろジェーンマープルにしろ同様。キャットストリートに出来たクリームソーダ(1974年)はロカビリー調の古着を扱いセンセーションを巻き起こしましたが、仕入れはアメリカではなくイギリスで行っていたらしい。ですからシャーリーテンプルが導入したフィフティーズも、ヨーロッパを経由――のファクターを有すると推察出来ます。ラモーンズなどアメリカのシーンを受けセックスピストルズがイギリスでパンクを完成させた経緯とダブります。

Shirley Temple 2021 Autumn CollectionのDM(筆者所有)

Shirley Temple 2021 Autumn CollectionのDM(筆者所有)

あのね、シャーリーの店員さんって、ドットを水玉って呼ぶんですよ。コムデギャルソンの店員さんは口が裂けてもドット模様を水玉とはいわない。初期メンバーで現在、メロディバスケットを担当している栗原茂美さんもドットを水玉って呼ぶ。ファッションの世界はめまぐるしく推移しますので、未来、シャーリーテンプルが、ロリータとはかけ離れたラインを発表するメゾンになる可能性は充分にあります。それでも、シャーリーが水玉を水玉と呼ぶ限り、シャーリーは何処まで行こうとロリータのオリジナルだと思うのです。シャーリーテンプルがシャーリーテンプルでなくなる時が来るなら、ターゲットやデザインでなく、店員さんが水玉を水玉と呼ばぬ接客応対の改訂がなされる時です。

ジョルジュ・ヴィトンが生んだルイヴィトンのモノグラムは、様々なバリエーションを登場させましたが、オリジナルのモノグラムがぞんざいにされることはありません。モチーフとしてパーフェクトだからです。同様、シャーリーのドットやストライプも可愛さのパーフェクトであるが故、形骸化せずパターンとして繰り返されるでしょう。それは究極の水玉でありストライプだからです。

(1/12/21)