I’m Gothic & Lolita but not GOSLOLI

文・嶽本野ばら

エドガー・A・ポーなどによりアメリカで独自の発展を遂げたゴシックをアメリカン・ゴシックとするなら、本場イギリスのゴシックの系譜はブリティッシュ・ゴシックとして構わないかもしれません(前回を参照)。

一般に使用されるゴスロリという言葉は、ゴシック・ロリータの略ですが、僕はこの略語を殆ど使いません。何故なら一般に“ゴスロリの範疇にロリータが含まれる”と思われているからです。正確には2000年前後、70年代後半に萌芽を持つロリータにゴシックの要素をミックスしたゴシック・ロリータが登場する――なのです(カラス族の流れを汲む原宿の参宮橋の上に集まる通称、ハシ族が筆頭だった)。そしてモアメームモアティエにしろh.NAOTOにしろ、ゴシック・ロリータと呼ばれるメゾンの多くは、バイロン卿、及びスージー&ザ・バンシーズというブリティッシュのゴシックではなく、ブラック・サバスに端を発するアメリカ系ゴシック・ロックに影響を受けています。

そもそもロリータは1985年に登場した村野めぐみのジェーンマープルで、雛形を完成させます。村野さんは自身のルーツをブリティッシュ・トラッドと断言しておられる。

テーラードやタータンチェックをファンタジックに捉えた結果、ジェーンマープルの可愛いが生まれた。公式の場でジェーンマープルをロリータと括ると怒られるのですが(ガーリーはいいらしい)、ジェーンマープルはゴシック・ロリータではない。黒い別珍素材でシルクハットやマントを作ろうが、断じてゴシックではないのです。

ブリティッシュ・ゴシックの眷属としてのロリータ(仮にブリティッシュ・ゴシック・ロリータとしてみる)を敢えて挙げるなら、やはり80年代に登場した林和子のクードゥピエしかありません。アメリカ村に路面店があったと聞きますが、僕は知らない。僕が知っているのはプランタンなんばに出店していたこと。現在はバレエ服のメゾンとなっていますが、短期間ながらあったロリータとしてのクードゥピエは、今も熱心なファンを持ちます。ジェーンマープルのファンの中にはクードゥピエのファンもいた。ジェーンマープルもピンクハウスも両方好きな人もいた。でもピンクハウスのファンでクードゥピエのファンという人はいなかった――といえば、どのような路線であったのか、想像をつけ易いかもしれません。

バレエ服のメゾンになったCoup-de-piedの林和子による『バレエライフ』(文化出版局)。チュチュなどが自作出来る型紙が付いたハウツー本。80年代のCoup-de-piedでもモチーフとしてバレエは多用されていた。*筆者所有

バレエ服のメゾンになったCoup-de-piedの林和子による『バレエライフ』(文化出版局)。チュチュなどが自作できる型紙が付いたハウツー本。80年代のCoup-de-piedでもモチーフとしてバレエは多用されていた。*筆者所有

楠本まきの『KISSxxxx』の主人公、かめのちゃんが着ているお洋服がクードゥピエです。クードゥピエの詳細なプロフィールはほぼ出回りませんので、ブリティッシュ・ゴシック・ロリータを知ろうとするなら、楠本まきの『耽美生活百科』をお読みになるのが一番でせう。耽美が高じ、現在イギリス在住の彼女はその中で、イギー・ポップを取り上げるけれど、ブラック・サバスがイギリスのバンドでありながらアメリカン・ゴシックロックの礎となったように、イギーもアメリカのアーティストながらデヴィッド・ボウイのアプローチを受けるなど、アメリカ以上にイギリスに絶大な影響を与えました。

1988年に連載が開始された楠本まきの『KISSxxxx』。ブリティッシュ・ゴシック・ロリータを信奉する者のバイブル的コミック。

1988年に連載が開始された楠本まきの『KISSxxxx』。ブリティッシュ・ゴシック・ロリータを信奉する者のバイブル的コミック。

《gotico》野蛮を意味する――が《gothic》の語源となるのと同じ理由で、イギー・ポップは自身が意図せずとも、イギリスにおいてゴシックと受けとられたのです。

クードゥピエを一言で言い表すなら、僕はオスカー・ワイルドのようであると応えるでしょう。僧服のような厳格のフォルムの上着を持っておりますが、さりげなくAライン。襟は丸くて袖口はギャザーを寄せたバンドカフス仕様。僕が一生着続ける数少ないワードローブです。黒いロココとでも申しましょうか?

耽美主義のワイルドはイギリスでの名声がアメリカまで轟いたので、自分はアメリカで受けると思い、アメリカに移り住む。しかし彼の鋭利と頽廃を併せ持つ美の意識はアメリカでは理解されなかった。仕方なく新天地をフランスに求めるものの、フランスは彼の服装が気に入らなかった。ワイルドは今でいうところのヴィジュアル系のような出で立ちをしていたので、敬遠された。ワイルドにしてみれば、お前の国、ロココの本場じゃん!俺、思い切りロココなのに……と訳が解らない。失意の中、ワイルドはパリで死ぬのですが、死後、彼が再評価されるのは何故か、ドイツでのことでした。

『GOTHIC & LOLITA BIBLE』創刊号(バウハウス刊)はインディペンデントのロリータ系メゾンの台頭を受け『KERA!』別冊として発行された。GOTHIC & LOLITAなのでゴシックのメゾン、alice auaaも紹介されている。*筆者所有

『GOTHIC & LOLITA BIBLE』創刊号(バウハウス刊)はインディペンデントのロリータ系メゾンの台頭を受け『KERA!』別冊として発行された。GOTHIC & LOLITAなのでゴシックのメゾン、alice auaaも紹介されている。*筆者所有

ゴシック・ロリータという語が認知されたのは2000年に発売の『ケラ!』増刊号のタイトルからですが、実はこれ『ゴシック&ロリータバイブル』で、『ゴシック・ロリータバイブル』ではないのです。僕は創刊号から関わりましたが、その前に由緒あるSM雑誌に連載を持っていました。『S&Mスナイパー』、これも『SMスナイパー』ではない。ゴスロリ同様、SMというカテゴリーは、部外者が作ったものです。「SMに興味ある?」訊かれても困る。S(サディズム)&M(マゾヒズム)は性癖ながらSMはプレイ。くだらない蘊蓄ですが、ロリータに一生を捧げた人間のこだわりとして、多少、心に留め置いて頂けるとありがたいです。

(06/06/21)

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