フィジカルドロップ by俵屋KATO

文・嶽本野ばら

前回、ヴィクトリアンメイデンなどと共に関西発信のロリータブランドとして、加藤訓仁子が立ち上げたメタモルフォーゼタンドゥフィーユはシーンを盛り上げてきた――と記したので、メタモルフォーゼに触れておかねばと思ったのですが、実は余り僕はこのメゾンをよく知りません。お店には何度も行っているし、お買い物をしたこともある、『ロリヰタ。』という単行本に収録した短編『ハネ』では主人公にメタモルフォーゼを着せているのですが、余り詳しくない。多分、加藤さんとは話をしたことすら、ない気がします(ロリータ業界は狭いのに不思議なことだ)。

資料に寄れば加藤さんは、1993年、大阪モード学園の在学中、メタモルフォーゼ名義(メタモルフォーゼタンドゥフィーユとなるのは2000年)で自作のお洋服の委託販売をセレクトショップで開始、97年にアトリエ設立、98年、大阪・南船場に直営店をオープンさせます。姫袖のブラウスやシャーリング加工が施されたジャンパースカート、王冠、十字架、百合などのモチーフが使われた王道のロリータ系アイテムを多く発表しましたが、反面、リストバンドやボンテージパンツといったパンクの要素の強いアイテムもありました。ロリータは何時しか細分化し、甘ロリ、クラロリ、白ロリ、黒ロリ……様々な流派に分かれましたが、メタモルフォーゼは全てを設立当初から取り込んでいたハイブリッド系メゾンであった気がします。

加藤さんはメタモルフォーゼを離れ、2010年よりフィジカルドロップ(俵屋KATO)というプライベートレーベルを開始しました。お店は自由が丘にある。一人でパターンを引いて、一人で工場にも発注を掛けている様子です。

ポリシーは“ロリータファッションを日常着に”――。メタモルフォーゼの頃と比べると、フリル全開、デコラティブでありつつも締め付けを極力廃し、ゆったりと着られるドレスが主軸となっています。丈も長め。シャーリングはメタモルフォーゼ時代から加藤さんの得意技でしたが、それを活かし、殆どのものがバスト、ウエスト共に、最大110cmまで対応します。これって、リンネル女子のサイズ感じゃん!

恐らく2006 年に発売された、加藤さんがデザイナー時代のMetamorphose themps de filleのジャンパースカート。バックにシャーリング加工が施されている。デザインと共にバラエティにとんだオリジナル柄が特徴的(筆者所有)

恐らく2006 年に発売された、加藤さんがデザイナー時代のMetamorphose themps de filleのジャンパースカート。バックにシャーリング加工が施されている。デザインと共にバラエティにとんだオリジナル柄が特徴的(筆者所有)

実はロリータ業界が現在抱える大きな悩みは顧客の高齢化。2000年にロリータデビューした15歳は今年、37歳になっている訳で、生涯現役ロリータを貫く気概は失せておらずとも、もう膝丈スカートを穿くのに厳しさを感じている。ヘッドドレスは40歳を越えようが還暦を迎えようがロリ魂さえあればつけられますが、膝丈スカートに関しては或る年齢を過ぎると自制してしまう。そしてロリータは基本、重装備。体力がなくなると、遠ざかってしまうスタイルでもある。

加藤さん自身がロリータなので、このロリータ高齢化問題を捨ておけなかったのだと思います。そしてミドルエイジになっても着られるロリ服という未知の領域を一人、開拓するべく立ち上がったのでしょう。

或る日の加藤さんのツイッターより引用――。『誰だって年取るし、ロリータだって同じだと思うけど、昔にしがみついたり、理想のロリータ像を演じたり……ていうのは自分には合わなかっただけ』。最後に、『モッシュ頑張ります』と、書いてある。嗚呼、この人、未だに激しいライヴに参戦してモッシュとかやってる? ロリ服着て……。

Physical Dropの王冠プリントサコッシュ(筆者所有)。Physical Dropのアイテムは俵屋KATOのオンライン、自由が丘の店舗、並びにロリータ系セレクトショップATELIER PIERROTなどで取り扱いがある

Physical Dropの王冠プリントサコッシュ(筆者所有)。Physical Dropのアイテムは俵屋KATOのオンライン、自由が丘の店舗、並びにロリータ系セレクトショップATELIER PIERROTなどで取り扱いがある

2022-23awのコムデギャルソンのショーを観て、僕は泣いてしまった。随分と前から過去の手法のアーガイヴをやっている川久保玲ですが、静寂の中、ゆっくりと現れ去っていく、かつて作り出した前衛のフォルムの集大成ともとれるショーは、まるで遺言のように僕の眼には映りました。本当は何年も前に引退するつもりだったのではないかしらん。

でも今、コムデギャルソンのデザイナーを離れてしまうと、秀逸な後継者がいようともメゾンは神通力をなくし崩壊してしまう。ビジネスも創作の一環だといった川久保玲は、自身のメゾンを自身の都合で去ることが出来ない。普通の服を作りたいと思ったとて、背中や腰に円筒状のものがくっついた変な服を発表し続けなければならない。

自分の着たいロリ服しか作らない。何がロリータとして正解かなんてことは重要ではない。メタモルフォーゼという冠にもフィジカルドロップという冠にも、権威を与えない。ロリータである私の作るものは多分、ロリータなのだろうから――という加藤さんのデザイナーとしての独立性を知れば、川久保玲は激しく嫉妬するのではないかとすら考えてしまいます。加藤さんって、ツイッターに自分のご飯の写真――くら寿司が多い――とか上げておられる。何だ、この自由な感じ。イメージを情報で操作するのを昔よりも皆が激しく競い合う中、これ程に高踏であれるとは……。

僕はメタモルフォーゼの頃より今のフィジカルドロップの加藤さんのお洋服の方が断然、好きだと思う。大体、ロリータが若い人のものという決まりはない。そのうちババロリなんてカテゴリが出来るかも。でもそれは悪口じゃない。老いることに価値を見出すことは可能だろう。人生の荒波を超え、皺が増え、髪が白くなってこそ似合うロリータのスタイルもある筈です。

とりあえず僕は要介護になったら、リトルフォービッグの紙オムツ、木馬ちゃんしか穿きません。よろしくお願いします。

(04/08/2022)