TO BE METAL OR PUNK、それが問題だ

文・嶽本野ばら

ゴシック系メゾンの代表格といえばパリコレのランウェイに生首の模型を持ったモデルを登場させたり、逆さまの人間をバックパックのように背負う演出で我が道を行くリックオウエンスですが、デザイナーのリック・オウエンスはアメリカ生まれ、バイロン卿やホレス・ウォルポールを源流とするイギリス製のゴシックではなく、アメリカに分派したエドガー・A・ポーの系譜。音楽でいえばスージー&バンシーズなどブリティッシュ・ロックのゴシックとは異なる、ブラック・サバスからマリリン・マンソンにつながるアメリカのゴシック系ロックを根底としています。

「SWITH Vol.38 RICK OWENS特集」表紙画像

リック・オウエンスの作業場の様子やオペラ座で上演された『鷹の井戸』の空間演出を務めた池田亮司と衣装担当のリックとの対談などを収録した「SWITH SWITCH Vol.38 No.4  RICK OWENS特集」(スイッチ・パブリッシング刊)*筆者所有

彼はJ・P・ゴルチエなどに影響を受けたと明かしますが、最もコアとなっているデザイナーは、ラリー・レガスピと明言します。

ラリー・レガスピは70年代、ロック・ミュージシャンに衣装を提供した(宇宙飛行士のコスチュームを被服のモチーフとして採用した人でもある)服飾アーティスト。リック・オウエンスのリスペクトは半端なく、2019a/wはラリー・レガスピに捧げるコレクションを発表、『LEGASP』という本まで作りました。この発売に伴いリックは自身のルーツを詳細に語ることになるのですが、KISSに影響を受けた、その衣装のデザイナーこそがラリー・レガスピだったと、ある取材で応えています。

 

最高の素材と縫製を用いながら、破れ、ほつれ、アシンメトリーでダークなラグジュアリーを作り続けるリックのお洋服は、僕もよく着るのですが、まるで食指を動かされないものも多くある。セカンドラインのダークシャドウは多少安価で、リアルクローズとしての使い勝手が良いせいか、日本ではリックオウエンスより人気がある。けれどもダークシャドウを崇拝するのは、ヤンキーっぽい人達ばかり。このファン層が不思議だったのですが、リックのルーツにKISSがあると解ると、納得出来ます。つまり……ヘビメタの琴線に触れるのですよ。

リック・オウエンスがラリー・レガスピの仕事を編纂した写真集『LEGASPI』

リックは若い頃、ワーグナーにも影響されたと打ち明けます。僕はクラシックをロックと呼応させるのをよくやるのですが、バッハがパンク、モーツァルトがポップス、ベートーヴェンがハードロックなら、ワーグナーはヘビメタです。ダークシャドウのファンをヤンキーと思ってしまうのは、多分、彼らがディヴィッド・シルビアンのJAPANではなくX JAPANのフォロワーだから。そもそもリック・オウエンス本人が長髪にタンクトップのヘビメタさんです。ヘビメタではなくへヴィロックと苦情を言われるかもしれませんが、苦手なんです、僕はKISSもブラックサバスもX JAPANも。だって五月蝿い……。汗臭い……。

とはいえ究極のヘビメタ、ブラックメタルと呼ばれるバーズムには興味ありますよ。過激思想から教会の放火や殺人などの罪過を重ね、刑務所にDTM機材を持ち込み、音源をリリースしまくるヴァルグ・ヴィーケネスのプロジェクトであるバーズムくらいに常識を逸脱してしまうと、安易な審判を控えずにはいられない。 マルキ・ド・サドがゴシックの範疇に入れられることがあるよう、本気の悪魔主義者は、別格扱いにしておかねばなりません。

ヴァルグ・ヴィーケネスって幼少期、トルーキンの『指輪物語』に触れその人格を形成させたらしいのですよね。『指輪物語』への偏愛はゴシックの基本。彼はゴシック小説を執筆しネット公開もしているらしい。

前回「ゴシックの定義は大袈裟ながら、その人の死生観ですらある」と書きましたが、そういう意味でヴァルグ・ヴィーケネスのゴシックは筋が通っています。チャリティコンサートで大衆の人気を買おうとするような人達はゴシックとは言い難い。

アメリカ的ゴシックを展開するリックオウエンスより、僕はそこから独立したガレス・ピューのお洋服の方が断然、好きです。

自分は服に関心がない、求めるのはドラマと宣言するガレス・ピューはロンドン・コレクションで天才と賞賛されつつ、滅茶苦茶なものばかり作るので困られる異端中の異端。メンズのズボンなのにファスナーが後ろだったり……。ここ数年、コレクションを発表しておらず情報が不足ながら、リックオウエンスに戻ったという噂もある。確かに最近のリックオウエンス、端々にガレス・ピューっぽさが見受けられるのですよね。デザインを分業してるのではないかしら? 詳細をご存知の方がいれば教えてください。

甲冑などをモチーフに使うけれどガレス・ピューはゴシックではない。ラバーやスパンディックスを多用するスタイルは、単にボンデージマニアであるのを露呈するのみ。ゴシックからは遠いですが、ヘンタイであるのは間違いない。ガレス・ピューの天才は、ヘンタイとして筋が通っているから生まれるのでしょう。

天才とは才能に非ず、ヘンタイの純度で計るものです。

(05/20/21)

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