ボロは来ちゃダメ  錦は市場、エディのものよか丈夫だぜ

by 嶽本野ばら

著者所有のディオールムッシュ(リユース)

 

流行ってしまうと困るし余り教えたくないのですが、ヴィンテージの、エディ・スリマンがディオールオムとしてメンズラインを一新する前のディオールのメンズ、ディオールムッシュ(Christian Dior MONSIEUR)を蒐集しています。

創始者のクリスチャン・ディオールはデザイナーとしては遅咲きで、30歳で業界に入り、41歳で自身のブティックを持った。
ドロップショルダーとシェイプさせた細いウエスト、ロングのフレアカートのカローラ(花冠)ラインと呼ばれるフォルムを提示した彼のデビューコレクション(1947年)は、コルセットからの解放以後、第二次世界大戦までの女子も質素で実用的な服であるべしとされてきたモラルを打ち破り、女子なんだから優雅に可愛く行かなくちゃね!という戦後の新しい思想をドレスに持ち込みました。

でもそれは絶賛と同時に、マリ・アントワネットの頃の貴族たちの馬鹿げたモードに時計の針を戻す愚行として激しい非難も浴びます。どうして一着のスカートに10メートルもの布が必要なのだ?
そんなこといったってやっぱ、ヒラヒラしたいんですよ。
批判をよそに、アメリカではニュールックと称されることとなるディオールのお洋服はモードの主流となっていきます。
ディオールは各シーズン毎にどんどんと新しいシルエットを開発していきます。ジグザグライン、チューリップライン、Hライン、Aライン……。彼の失敗は余りに頻繁にラインを変えすぎたことだ、という人すらいるくらいです。

しかし更に革命的だったのは、ライセンスという方法をお洋服の世界に初めて(1949年)持ち込んだことです。
僕の集めるディオールムッシュもライセンスの産物で、このラインはディオールの死後、ロンドンとニューヨークの店を任されていたマルク・ボアンが1970年に開始したのですが、詳細は調べてもよく解らない。
古着で出てくるもの中にはアメリカ製もあれば、不明のものもある。1964年にライセンス契約を結んだカネボウ(鐘紡)が81年にコスメなどと一緒にムッシュも合併させたので、日本製もある。輸入したものに日本タグが付けられることもある。どれがオリジナルでどれがライセンスなのかの識別のつかない場合が多い。

エディ・スリマンが再生させるまでのディオールのメンズなぞ、高級デパートにあるオッサンのスーツという認識しか皆、なかったですしね。だけど、スゴくいいんです。
カシミアのコートとか、シルク100パーセントのセットアップだとか、今のラグジュアリーブランドではあり得ないような贅沢な素材のものばかり。それでいて着てみると、昔のものなのにフォルムの古さを全く感じさせない。偶に絶望的にダサい型もあるのですが、まぁそれはそれで品があると許せます。

前回、フォルムの変容がモードにとっては主題だと述べましたが、完全なフォルムというものもまたお洋服には存在するのを、ディオールムッシュは教えてくれます。
変容に拘ったディオールを冠したメンズがそれであるのはシニカルですけれども……。

今度はオウムガイでなく、道路を思い浮かべませう。歩いていると真っ直ぐと思われた道も、グーグルアースで俯瞰すると曲りくねっているのが解りますね。
僕たちが道を歩いている人だとすれば、デザイナーは俯瞰している人です。だからAを通過してBの地点に行く時に、最短距離を選んだとしてもショートカットしたに過ぎず、道が飽くまで曲線であるのを知っており、それをシルエット、または輪郭として提示するのが可能なのです。何故、一年先に求められる形が解るか? 超能力が備わってる訳ではなく、俯瞰してるから観えるのです。

モードは変容そのものを行為とする——と難解に書きましたが、道——次は道路よか登山を思い浮かべて欲しい——をルートに置き換えてください。麓から頂上までというのは同じなれど、どのルートをどの方法で攻略するのかが山登りではテーマでしょ。
落ちた肩からビルドアウトショルダーに至るルートがあるとして、デザイナーはそこをどの手段で移動するかを考えるのです。ルートは模倣できるけれど、どうやって……まではパクれない。フォルムの著作権やオリジナリティをモードが軽んじるのはそういう理由からです。

ディオールムッシュは、金持ちのオッサンが買ってたから山田とか礒部とか、大抵、裏にネーム刺繍がある。従い高値を付けられない。この前なんてラムレザーのジャンパー、3000円で買っちゃった!
フランスにはいい仕立てのお洋服を孫の代まで伝える習慣がある。チープシックの真髄というのはこういうこと。ファストファッションはチープシックではないのです。

(7/19/19)

ディオール・オム/エディ・スリマン 2006年春夏  京都服飾文化研究財団所蔵、畠山崇撮影

*エディ・スリマン「ディオール・オム」スーツは、京都国立近代美術館「ドレス・コード―着る人たちのゲーム」展に出展中。10月14日まで。展覧会についてはこちら