第1回のインタビューでは、ヒカシューの最新アルバム『なりやまず』のエストニアでの制作エピソードを中心にお話を聞きました。今回も引き続き、ヒカシューの音づくりについてうかがっていきます。『なりやまず』では音だけでなく詩までも即興であること、普通ではない楽器演奏方法のことなど、唯一無二のヒカシュー・サウンドの謎が少しずつ明らかに! オリジナルレーベル「マキガミレコーズ」と、そのレコーディング拠点ニューヨークについても話題は及びます。(丸黄うりほ)

熱海「起雲閣」にて(2021年3月14日)

音も詩も即興。『転々』から始まった独自の録音スタイル

――第1回目に引き続き、エストニアで録音されたヒカシューの最新アルバム『なりやまず』の制作エピソードをうかがっていきたいと思います。

巻上公一(以下、巻上) アルバムの後半に収録されている「あらゆる知恵から」、「黒いパンの甘さたるや」、「もいちど会いたい」、「どこまでも途中」の4曲は、すべてその場での即興です。詩もその場で浮かんだもの。ちょっとだけスケッチはしておいたけど、そのことばを見ながら、どうしようかなって考えながら作りました。

――音だけでなく、詩まで即興だったのですか?

巻上 そうです。帰国してから吉祥寺の「スターパインズカフェ」でライブ録音した「モールメイラ(苦い)」の詩も、演奏前に一度歌ってみたものと本番とは、少し言葉を変えていたかもしれません。仮の詩を作っていっても、やっているうちに歌い方とか考え方とかで変えちゃいますね。

――それでアルバムが1枚できてしまうヒカシューって、本当にすさまじいバンドですね……!

巻上 (笑)そのやり方はね、いまのメンバーになってから始めたんです。

『転々』(2006年)というアルバムがあります。それが現メンバーでの最初のレコーディングで、ヒカシューとしては13年ぶりに出したものでした。ニューヨークで録音しましたが、清水さん(清水一登 k.b.)がその時来れなくなったんですよ。奥さまが病気で手術されるということでね。それで、その時は曲は既に作ってありました。それをレコーディングする予定でしたが、清水さんがいないんじゃどうしようってなって。

一応スタジオも借りてあった。じゃあ全部即興で作ってみようかってなって、歌詞も何も書かないで勝手に歌いながら録ったんです(笑)。だから、『転々』はすべてが即興なんです。そのときたまたまできた。なんかマジックが起こった。曲順もスタジオで録った流れのままです。

ヒカシュー『転々』 MAKIGAMI RECORDS, 2006

――今回、エストニアにもそのマジックが来たのでしょうか? 『転々』も今回も客観的にみれば逆境だったと思うんですが、それをチャンスに変えてしまった。

巻上 スタジオに行って驚いたのは、ピアノがなかったことです。そしてキーボードもいいものがありませんでした。マイクもライブでよく使うシュアーの58しかなくて、通常あるはずのノイマンのマイクがなくて弱りました。ドラムだけがちゃんとしていた。それと同時に録音することになれていないエンジニアでした。それでもかなりがんばってくれました。いろんなことがうまく機能していなかったのですが、ぼくたちは想像力で補って演奏しました。

それなのに、後で聴いてみると、かなり面白かったので、まさに魔法のようなことがおこったとしかいいようがありません。

歌うように奏でるテルミン、口琴、コルネット、尺八

――『転々』の頃にヒカシューはいまのメンバーになり、もう15年になりますよね。即興演奏ってずっと同じメンバーでやると普通は手グセが出るというか、どの曲も似てる感じになりがちな気がするんですが、どうしてヒカシューはそうならないのでしょうか。楽器の種類が多いせいでしょうか?

巻上 そうですね、楽器はみんなあれこれやりますからね。僕もいろいろ変えてるんですよ。テルミンは清水さんが入ってからやるようになりました。清水さんはピアノがすごく上手で、シンセサイザーも弾きますが、僕は彼にピアノをたくさん弾いてもらいたいと思って、じゃあ違う電子楽器を入れようかなと。

――巻上さんの担当楽器はテルミンと口琴と。

巻上 あと、コルネットですね。コルネットは以前はそんなに吹いてなかった、野本さん(野本和浩)がサックスだったからね。でも、『転々』の頃から結構吹くようになった。

――トランペット吹いてらっしゃったこともありませんか?

巻上 トランペット吹いてたこともあるけど、コルネットの方が多いです。これ、最近直したんですよ、ぼろぼろだったから。

これね、ヒノテルモデルなんです。日野皓正さんに見せたらさ、「ええっ? おれのモデル?」って驚いてらしたよ。ヒノテルが一時期コルネット吹いてることあったのね、そのときのヤマハので。

――テルミンは何をお使いですか?

巻上 モーグのイーサウェーブです。

――『なりやまず』にも巻上さんの演奏がたくさん入っているんですが、巻上さんパートって楽器なんですけどなぜかヴォーカルのように聞こえます。

巻上 ああ、そう?

――前にライブで巻上さんがコルネットを吹いてらっしゃるのを聴いて、「ああ巻上さんの音だねー」ってライブ友達と言ってたんですよ。「巻上さんは何を弾いても歌っているように聞こえるね」って。で、今回のアルバムでもそれをすごく感じました。

巻上 よかった。そういうつもりだから(笑)

――やっぱり。口琴の音と巻上さんのボイスパフォーマンスもちょっと似ていると前から思っています。びよんびよんびよん。

巻上 まあ、最近は口琴をかなり意識的に入れているけど、1枚目のアルバムから入っているからね。

――口琴、『ヒカシュー』(1980年)にも入ってましたっけ?

巻上 うん、「炎天下」の間奏に入ってる。あれは僕が弾いているんじゃないけど、そのころから口琴入れてるよと思って。

――「炎天下」の口琴は誰の演奏ですか?

巻上 たぶん、「プヨプヨ」でシタール弾いている若林忠宏かと思います。

口琴の音はシンセサイザーとも近いんですよね。口琴って、口のなかの大きさでフィルターをかける。フィルターっていうのは、波形の一定部分の音域をカットするものです。同じような効果なんですよ。それに、自然倍音でできているので古い歌に近いかもしれない。口琴は言葉のような発話もできる。暗号のように人に伝えられるんですよ、共通の体系もっていればわかる。で、他の人にはわからないようにもできる。なので、逢い引きの場所教えたり(笑)、そんなこともできる楽器です。

――巻上さんは、あらゆる楽器を声のように使う。逆に声を楽器のように使う。

巻上 そうですね。最近は尺八も。

――『なりやまず』に収録されている「もう一度会いたい」は、尺八がすごく効いていますね。

巻上 ほかに篳篥もやってます。リードは伶楽舎の友達にもらって、プラスチックの篳篥を買いました。篳篥はいいの買っちゃうと管理とかも難しいからね。

塚村編集長(以下、塚村) 篳篥のリードに使われているヨシの保護が叫ばれていますね。

巻上 そうそう。ヨシがなくなってしまうってきいて、署名運動にも参加したよ。あと、オーボエもやります。

塚村 さっき机の上に、オーボエの本があるのを見ました(笑)、『うまくなろう、オーボエ』。

巻上 その本はもらったの。オーボエ奏者の茂木大輔さんって方で、ドイツにオーケストラに昔いらして、山下洋輔の本にもよく出てくる人なんだけど。茂木さんにオーボエの吹きかたを教わった。楽器は教わるとすぐできるんだね。でも、他の楽器は誰にも教わってないの。尺八は「誰にでも吹ける尺八」DVD付きの尺八を買ったけど、まだDVD見てないんだよ。でも吹けたからね。

――巻上さんってヴォーカリストなのに、それだけいろんな楽器をやってみるっていうのも変わっているし。それがすぐ吹けちゃうっていうのもすごすぎる。

巻上 いやいや(笑)、あと、このバリトンサックスもね。亡くなった野本さんのバリトンサックスを修理して、いま吹ける状態になった。いつ使えるかわからないけど、あまりにも重くてね。歌いながら途中に演奏するってのはできないな。結構修理には金かかったけど、コルネットのようにはいかないね。

――巻上さんはずいぶんいろんな声を出されるけど、それでもまだ足りなくて楽器を使われるのかなと思ったりもします。

巻上 (笑)足らないんだろうね。もっといろんな音が浮かぶ。

僕のはきっとヴォーカリストがやる楽器なんだろうね。尺八も、結局は尺八らしい音を出してないので、リゾネーターとして使っている。空気を入れて、そこに渦巻きを反響させる。トルコのネイの吹き方とか、アルメニアの楽器ドゥドゥックみたいな音の出し方なので、普通、尺八の演奏家はしないやり方だと思います。

――この尺八の音はすごく印象的で、背筋がぞくっとします。この楽器って、こんな音が出るんだと思いました。

巻上 たぶん尺八の演奏家が聴いたら怒りますよ。僕、尺八やっている友達が多いんだけど秘密にしてる(笑)。「巻上さん尺八やってます?」って聞かれたら、あっ、しまったと思ったりして(笑)

――楽器の演奏法まで普通じゃないんですね。とにかく他のものに似てないのがすごいです。『なりやまず』は、印象的なフレーズから聴いたことがない音まで、現在のヒカシューの技術と勢いが1枚につまっていますね。本当に面白いアルバムなので、もっともっと多くの人に聴いてほしいです。

『なりやまず』HIKASHU ヒカシュー(MAKIGAMI RECORDS, 2020年12月23日)/CDはこちらほか。配信はこちらなど。もちろんHIKASHU music storeでも。

「マキガミレコーズ」と制作拠点ニューヨーク?

――ところで、『なりやまず』は、巻上さん運営の「マキガミレコーズ」からのリリースですね。レーベルをやろうと思われたきっかけは?

巻上 自分でやったほうが結局自分の権利になる。レコード会社から出すとレコード会社のものになっちゃうから、全部やろうと思いました。いまは原価も安くなったでしょ、だからできるの。

――設立されたのはいつですか?

巻上 マキガミサンタチの第一弾アルバム『トンパル』(2005年)を出したときからです。

マキガミサンタチをなぜ作ったのかというと、野本さんがアル中になっちゃって弾けなくなって、でもそのときリトアニアに呼ばれていたんですよ。それで、僕と三田さん、坂出さんの3人で行くことになったんだけど、バンド名が浮かばなくてね。フライヤーにマキガミサンタチって書かれてたから、あ、それでいいやと思って。

――マキガミサンタチは、巻上さんのソロともヒカシューとも違う。

巻上 そう。ヒカシュー内の別ユニットですね。『トンパル』はCDを出す練習のつもりで作ったんですよ。この「マキガミスタジオ」で録り始めたのもその頃からですね。そこから始まって、その次はニューヨークに行って『転々』を録ることになる。

――『転々』も「マキガミレコーズ」からのリリースですね。

巻上 そうです。それ以後はずっとニューヨーク録音になるのかな。

塚村 ニューヨークっていうのは何か理由があるんですか?

巻上 あるんですよ。やっぱりみんな50歳すぎてたから、モチベーション、高揚感が必要。年とってくると雑用が多くなってきてなんか忙しいし、だから切り放そうということで、ニューヨークに行けば違うんじゃないかと思った。それが見事成功したね。

一緒に出かけて一週間ぐらいいるわけだから。それで録音は二日ぐらいで終わらせる。音を作ったあとは一緒にものを見に行ったりして、結構楽しい。

――ニューヨークに知り合いがいるとか、いいエンジニアがいることもあるのでは?

巻上 そうですね、そのちょっと前からニューヨークには毎年行ってたんです。僕のソロアルバム『殺しのブルース』(1992年)をニューヨークで録った時に、延べ70人くらいのミュージシャンを使ったので、その時点で知り合いがすごく増えたんですよ。特にジョン・ゾーンとはすごく仲が良いので、よく一緒にいますね。いろいろ面倒みてくれるんですよ。

それと、リチャード・フォアマンという劇作家が、毎年1月から4月くらいの間に新作をやっていたので、それを見に行って、ついでにソロライブをやったりもしてた。それで定期的に行くようになったので、ニューヨークに拠点みたいなのはあったんですよね。スタジオもライブの場所も見つけてあったから、じゃあヒカシューでもやれるなと思った。

最初は「カンポースタジオ」というところでした。京都の観峰っていう書道の協会があるんですよ、そこがもっているニューヨーク支部にスタジオがあった。エンジニアは日本人のKenjiさんという方でね、ミックスダウンでもう1回行ったりして、そこに泊まったりもしていました。ボンド・ストリートのいいところだったのに、再開発でなくなっちゃったんですけどね。デビッド・バーンやローリー・アンダーソンも使っていました。ニューヨークが異常な再開発ブームになっちゃって。なくなって残念ですね。

そのあと、マーク・ウルセリというエンジニアと知り合って、彼がメインでやっている「イーストサイド・サウンド・レコーディングスタジオ」が拠点になりました。そこはルー・リードがやったりしている。とてもいいスタジオなんですよ。

塚村 そりゃ、モチベーションも上がりますよね。

巻上 上がるでしょう。ジョン・ゾーンもいつもそこで録っているんですよ。なにがいいかというと、そこでは「せーの」で録れる。オーバーダブをほとんどしないやり方なので、曲が決まったら「じゃあやりましょう」っていって、1回か2回やって終わりです。

――ほぼ一発録りなんですね。

巻上 そうです。まあ、あとで歌詞変えたくなってうちのスタジオで変えたりもするんですけど。それで、そこのスタジオと同じマイクを買ったんです。ラトビアのマイクでJZというメーカーのものです。差し替えられるように同じマイク。やはりマイクが変わると音質が変わっちゃうんです。

――一発録りに慣れているから、今回のエストニア録音も自然にできた。

巻上 そうですね、そういうスタイルにしたんです、今のメンバーになってからは。だから曲順も決めなかったりして、どんどんひどくなってきた(笑)。即興性があまりにも上がってきて、どんな曲でもできるようになってきた(笑)。

*その3に続く

 その1はこちら

 

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●マキガミサンタチ小田原初ライブ
4月18日(日)@good music and life. cafe ももすけ
member:巻上公一[オーボエ,ロショック,iPAD],三田超人[クロマチックハーモニカ,iPAD],坂出雅海[古楽器,iPAD]
開場 15:00/開演16:00
予約3000円/当日3500円
https://www.facebook.com/events/443714436856911/

●マンスリーヒカシュー
「マンスリーヒカシュー2021 エターナルエコー 脱皮する」
4月20日(火)@スターパインズカフェ
member:巻上公一[vo,theremin,cor],三田超人[g],坂出雅海[b],佐藤正治[Ds],清水一登[p,key]
開場 19:00 / 開演 19:30
配信開始 19:20 / 演奏開始 19:30
前売 ¥4,000+1drink / 当日 ¥4,500+1drink / 配信 ¥2,500
https://mandala.gr.jp/SPC/schedule/20210420/