「図書の家」岸田志野さん(画面左)、小西優里さん(右上)、卯月もよさん(右下)。

【インタビュー】「図書の家」小西優里さん、卯月もよさん、岸田志野さん その4/6

少女漫画ラボラトリー「図書の家」の代表的なコンテンツの一つに、“バレエ漫画”があります。インタビュー4回目は、かつて日本の少女たちにバレエがどのように受容され、憧れの対象となり、少女漫画の1ジャンルとして定着していったのか。バレエ漫画の最初期から、大ヒットした牧美也子「マキの口笛」、エポックとなった山岸凉子「アラベスク」に至る、バレエ漫画ヒストリーを中心にお話をうかがいました。(丸黄うりほ)

バレエは、男性作家が考える「女の子が憧れるもの」だった?

——「図書の家」さんの代表的なワークの一つに、バレエ漫画というジャンルがありますね。

卯月もよさん(以下、卯月) はい、「図書の家」のウェブサイト開設当時から「バレエ漫画リスト」を作っています。2000年以前はレンタルブログサービスなどはなくて、みなさん、テキストでHTMLタグを打ったり、市販の作成ソフトを使ったりして、ホームページを手づくりしてたんですけど、熱心な漫画ファンたちが作家さんのファンページを次々開いてました。その中には詳細な作品リストを作っている方もいて。それで私たちもサイトに萩尾望都作品リストを入れようと思ったんですが、萩尾先生の作品リストを作っているサイトがすでにいくつかあったんですよ。

小西優里さん(以下、小西)  それで、初期の萩尾作品では登場人物がよく踊っているし、萩尾先生もバレエがお好きでバレエ漫画作品もあるので、バレエに着目したコンテンツを作ろう、と。

卯月 それと同時に少女漫画全体でのバレエ漫画リストも作ることにしたんです。ネット上でバレエ漫画を紹介しているページはけっこうあったんですけど、まとまったリストはなかったので、あちこちからの情報を集めてみたら、けっこう量のあるリストができてしまって。これはもう、ほぼ網羅したのでは?と一瞬思ったんですけど、じつは全くそんなことはなくて! とんでもなく数が多いということが、やがてわかって。ちょっと「しまったな」と(笑)、思うくらいの数があったんですよねぇ……。

——バレエ漫画というものが、日本の少女漫画に登場し始めたのは、いつなんでしょうか? その始まりのあたりから、教えていただけたらと思うのですが。

小西 それは、京都国際マンガミュージアム『バレエ・マンガ〜永遠なる美しさ〜』(2013年)の図録にまとめられています。図書の家がこの展示のために作成した日本のバレエ史とバレエ漫画の歴史を対比できる年表も収録されてます。

京都国際マンガミュージアム 編『バレエ・マンガ ~永遠なる美しさ~』太田出版,2013年より「バレエ・マンガと日本のバレエ受容の主なできごと年表」の1−2ページ。年表は巻末に全10ページにわたって掲載。

——この年表は1900年(明治33年)から始まっていますね。

小西 明治大正はまだ漫画作品がないのでバレエ史ですね。この「バレエ・マンガ」展には舞踊研究家の芳賀直子さんのバレエ監修が入っていて、漫画だけでなく日本のバレエ受容の流れがわかるようにもなっていて、本当に画期的でした。

それでバレエ漫画の項目が出てくるのは……1926年(大正15年)の『少女の友』10月号に、高畠華宵が描いたトゥ・シューズで踊るバレリーナの絵が出てきます。抒情画ですね。

その次にコマ漫画が1937年(昭和12年)に登場します。「タップとガム」(辰井じゆん作, 『少女画報』臨時増刊)は、8コマの漫画なんですけど、タップダンスが扱われているので、リストに拾っているんですよ。今私たちが思う漫画形式ではなくてコマ漫画なんですが、そういうもののなかに踊りやバレエを扱ったものがあることから、バレエってどういうふうに受容されていったんだろうかというところを拾い上げていっているわけなんですけど。

で、1951年(昭和26年)に、『少女』っていう少女雑誌(参考:明治大学 米沢嘉博記念図書館「少女マンガはどこからきたの? web展」展示コーナー, コーナー1◆少女マンガ誌の変遷, 3戦後の月刊少女誌2)に石田英助先生の「にゃん子のアメリカ旅行」が載ったんですね。

石田英助「まんが絵物語 にゃん子のアメリカ旅行」『少女』1951年3月号より。「まんが絵物語」とあるが、規則的にコマ割りされていて吹き出しもある。

これは猫の女の子がバレエをする話。これが私たちが見た中でいちばん早いと思われる、ストーリーの流れがあるバレエ漫画です。でも、あくまでこれは私たちが見たものの中でたまたまあったもので……。

卯月 かなり見ましたけどね(笑)。

小西 かなり見たけど、もちろん全部ではないし(笑)。このとき私たちが見た雑誌の一覧がここ(図書の家サイトへ)にありますが。まあ、でもだいたいこの時代から女の子が読むものにバレリーナ的なものが出てきたんじゃないでしょうか。

卯月 戦後ですね。

岸田 戦後になってそういう文化が入ってきた。

——バレエへの興味も、アメリカ文化と一緒に入ってきたんですね。

岸田 アメリカとかヨーロッパのね。

小西 次に早いのは1953年(昭和28年)、『少女』に連載の「バレーのノンコ」(小林わろう 絵、玉川一郎 作)ですね。これもコマの横に説明的にテキストが入っている形式でシリアスな作品ではないけれど、バレエが好きな少女の話です。

卯月 ノンコちゃんは、バレエやりたいな~っていろいろ考えてる子でしたね。

小西 で、次はもう手塚治虫先生なんです。手塚先生の「ナスビ女王」は、主役の3人の少女の一人がバレリーナ志望で、彼女が登場するパートがバレエやバレリーナが出てくる話なんです。バレエのシーンがとても可愛くて。3人のうちで彼女に人気が集中したと手塚先生本人が後書きで書いていますね。

手塚治虫「ナスビ女王」手塚治虫文庫全集 Kindle版

——手塚先生の「ナスビ女王」が1954年(昭和29年)。

小西 「ナスビ女王」は「バレーのノンコ」と同じ『少女』に掲載(1954年5月号〜55年7月号)なんですが、もう次に続くバレエ漫画の型がここにあります。早いですよね。やはり手塚先生が何においても本当に早い。

この頃の貸本では山内竜臣先生が『赤い靴』と『火の鳥』というバレエ漫画集シリーズ(トモブック社)を2作描いています。わたなべまさこ先生も『嘆きのバレリーナ』(若木書房)という作品がありますね。山内先生の「赤い靴」は童話的な内容ですが、「火の鳥」や「嘆きのバレリーナ」は主人公のお母さんがバレリーナです。「火の鳥」は主人公もバレエ団の新進バレリーナで、生き別れた母と再会する物語ですね。

山内竜臣『火の鳥』トモブック社, 1955年, 「図書の家」所蔵

「赤い靴」といえば、1950年(昭和25年)に日本公開されたイギリス映画があるのですが、日本のバレエ受容には、この映画の影響が本当に大きかったようです。モイラ・シアラー主演のバレエ映画ですね。

卯月 『総特集 水野英子』でも水野先生がお話しされていましたけど、戦後のそのくらいの時代に海外のバレエ公演がテレビで放送されたり、来日公演が行われたりとかがあって、一気に日本でバレエというものが認知されてきた。

岸田 だんだん認知はされているんだけれども身近とはまだ言えないというような距離感。この時代の少女雑誌のグラビアには、少女スターがバレエの衣装でポーズをとっているものがよくあるんです。バレエが実際のところどういうものかはよくわかってないんだけれども、戦後すぐの物のない時代に、まずファッションとして少女の心をぐっとつかんだんですね。

——このくらいから少女がバレエに憧れるカルチャーが出てきたってことなんですね。

卯月 大半の人はもちろん生のバレエの舞台なんて見たりできないけど、だからこそ憧れた……というのもあったんじゃないでしょうか。

岸田 やはりコスチュームが可愛いから。あんなキラキラひらひら、他にないですものね。お姫様みたいなティアラをつけたりとか。

卯月 それで昭和30年代貸本の時代にバレエ漫画がめちゃくちゃ多い。

小西 この時代にものすごくバレエが描かれているんですよね。貸本時代は男性作家さんがほとんどです。だから女の子向け漫画にはバレエを出しとけばいいよねって感じがちょっとありますよね(笑)。ギャングが出てきて、ドンパチして、車でばーっと行ってしまうようなストーリーのなかに、バレエを習っている女の子がいて、お父さんがギャング団の事件に巻き込まれて……みたいな。

——話の筋とは違っても、バレエをアイテムとして出しておく感じでしょうか?

小西 主人公の家はお金持ちだったけれど貧乏になってしまい、夜逃げをしなきゃいけなくなって習っていたバレエをやめなきゃいけない、とか。

卯月 当時の少女向け漫画の定番のひとつというか。でもその時代に高橋真琴先生や、女性では牧美也子先生やわたなべまさこ先生が登場して大きく変わるんですよ。

小西 牧先生は貸本のデビュー作(『母恋ワルツ』東光堂出版,1957年)も、同じ年『少女』で雑誌デビューした作品「白いバレエぐつ」もバレエものでした。

岸田 このあたりから、今見ても可愛いものがぐっと増えますね。

卯月 やはり女性作家は自分の憧れも込めて、衣装のデザインやアクセサリー、ドレスの裾がなびくところとか、それにヘアスタイルや小物まで凝って描きますからね、少女読者の心を奪ったでしょうね。

圧倒的にお洋服が可愛かった、牧美也子「マキの口笛」

——バレエ漫画を語る上で重要な、最初のヒット作というと……?

小西 牧美也子先生の「マキの口笛」が大ヒットしました。主人公のマキはバレリーナをめざしていて、お母さんも元バレリーナという設定でした。

——「幾多の苦難を乗り越えバレエを通して自立していく少女の物語。本格バレエ漫画の名作、46年ぶりに完全版として復活」と復刻版(『マキの口笛 完全復刻版』小学館クリエイティブ, 2006年)の解説に書かれていますね。

牧美也子『マキの口笛 完全復刻版』小学館クリエイティブ, 2006年,「図書の家」所蔵

小西 この「マキの口笛」が『りぼん』で連載されていたのは……。

卯月 1960年(昭和35年)の9月から63年の4月まで。2年半ですね。

小西 私たちはリアルタイムの読者ではないんですが、すごいヒットだったと聞いています。本当にきれいな絵で、毎回カラーページがあって。だから、牧先生みたいな絵を描きなさいって当時の漫画家の先生方はみなさん、編集さんから言われていたらしいです。

——この絵を見ると、その後の少女漫画につながるクルクルに巻いた髪とか、ものすごく大きな瞳とか、お花がいっぱいの画面とか、もうアイテムはそろっていますよね。

卯月 お洋服もね、だんぜん可愛いじゃないですか。このころの男性作家が描いていた女の子はお着替えもしないし、お洋服、あんまり可愛くないんですよ。

小西 そう、残念ながら可愛くないんですよ(笑)。

岸田 だから「マキの口笛」では、読者の女の子がこの絵に憧れて、こういう服が着たいとおねだりしたりとか。

——ファッションとしても憧れる。

小西 編集部もそうしたニーズを把握していて、主人公のマキちゃんの着ているお洋服のプレゼントが毎回あったりしたんです。

岸田 当時、牧美也子先生と同じく大人気だったのが、わたなべまさこ先生。もうこの頃はバレエ漫画をお描きになっていませんが、わたなべ先生も外国のかおりがするおしゃれなファッションが素敵でした。

牧 美也子/わたなべ まさこ/北島 洋子/谷 ゆき子 著, 倉持 佳代子・図書の家 編「かわいい!少女マンガ・ファッションブック〜昭和少女にモードを教えた4人の作家」 立東舎,2020 Kindle版

小西 水野英子先生は『星のたてごと』(1960〜62年)の時代ですね。ファンタジー世界のコスチュームが注目を集めました。

卯月 そうそう。水野先生もすでに活躍してましたよね。

——牧先生、わたなべ先生、水野先生は同世代になるのですか?

小西 わたなべ先生が年齢的には上で、水野先生は10歳年下、牧先生がその間ですね。

岸田 水野先生は10代でデビューしておられますからね。

小西 水野先生も早くからバレエ漫画を描かれていて、後年はバレエの演目自体をたくさん作品にされていますし、漫画家になってから実際に自分でもバレエのお稽古をなさっていました。

山岸凉子「アラベスク」からバレエ漫画は大きく変化した

——牧美也子先生のバレエ漫画は、少女漫画としてのひとつの完成形なんですね。

小西 そうですね。そして少女漫画におけるエポックメイキングなバレエ漫画というと、なんといっても山岸凉子先生の「アラベスク」になりますね。

山岸凉子「アラベスク(完全版)I第1部1」KADOKAWA Kindle版

岸田 「アラベスク」の連載は1971年から75年ですね。

小西 山岸先生から、バレエ漫画は本当に変わったんですよ。

岸田 「アラベスク」は旧ソビエト連邦のバレエ団が舞台になっていて。「アラベスク」で初めて、バレエというのが見た目に美しいというだけではなくて、長い歴史のある完成された芸術であり、世界のトップクラスのバレエダンサーたちが、その表現のために裏では血を吐くような努力をしているんだ、というようなことが語られるんです。ただ衣装が可愛いから素敵だというような習い事レベルから、一気にリアリティのある本格的なバレエマンガが登場したんです。

小西 リアルなバレエダンサーの身体を描くために、山岸先生がそれまでの絵柄を変えたのは有名な話ですね。

充実していた2013年の「バレエ・マンガ 〜永遠なる美しさ〜」展

——この図録の表紙は山岸凉子先生のイラストですね。

京都国際マンガミュージアム編『バレエ・マンガ ~永遠なる美しさ~』太田出版, 2013

小西 そうです。「アラベスク」の第2部(『花とゆめ』1974〜75年)の時の扉絵です。本当に美しいですね。この「バレエ・マンガ」展は、京都国際マンガミュージアムが企画したものです。研究員の倉持佳代子さんが、学生時代に図書の家の「バレエ漫画リスト」を見てくださっていて、展示の準備段階で図書の家にも声を掛けてくださいました。監修はヤマダトモコさんです。詳細は当時のイベントで語られているので興味の向かれた方は参照してみてください(「展示開催の経緯について」図書の家サイトへ)。

卯月 出展作家は、山岸先生のほかに、牧美也子、北島洋子、上原きみ子、有吉京子、萩尾望都、槇村さとる、水沢めぐみ、水野英子、それから男性作家では高橋真琴、曽田正人、魔夜峰央の各先生方12名でした。

——この図録を見ると、本当にさまざまなバレエ漫画が、たくさんの先生方によってこれまでに描かれてきたのがよくわかりますね。

小西 バレエ漫画といえば有吉京子先生の「SWAN」だ、という方も多いですよね。

有吉京子「SWAN  愛蔵版1」平凡社, 2007 Kindle版 

卯月 曽田正人先生が青年漫画誌に本格バレエ漫画「昴」(2000~02年、2007~11年)を発表されたのは衝撃的でしたね!

曽田正人「昴(1)」ビッグコミックス Kindle版

小西 学年誌で10年以上続いた上原きみ子先生の「まりちゃんシリーズ」(1980〜91年)も人気が高い作品でした。

上原きみこ「ハーイ!まりちゃん(1) 」てんとう虫コミックス Kindle版

卯月 その前の時代に学年誌で長年バレエ漫画を描いていた谷ゆき子先生も、実は特別枠として展示されてたんですよね。

——図書の家にとっても大変重要な、谷ゆき子先生がそこで登場するんですね(笑)。

卯月 そうなんです!(笑)

——では、次回は、谷ゆき子先生の“超展開バレエマンガ”ついて、たっぷりお話いただきます。

(その5に続く)

その1はこちら

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