国民的ヒット曲『おしりかじり虫』や人気アニメ『キルミーベイベー』の音楽をはじめ、数多くのゲームやテレビ番組の音楽、CMソングなど、誰もが知らないうちに聴いたことがある楽曲をたくさん世に送り出してきた松前公高さん。音楽好きにはシンセサイザー・マエストロとしても知られ、シンセ小僧たちに限りなく尊敬されているミュージシャンでもあります。そんな松前さんが、今年7月にディスクユニオンから101曲入りの2枚組CD『あなたはキツネ BEST+40 TRACKS』を、さらに8月に2枚組CD『松前公高 WORKS 1989–2019』を発表。まさに松前サウンドの集大成ともいうべきボリュームと内容で、その音楽の面白さに改めてノックアウトされたという方も多いのでは。意識的に聴いたことがなかったという人も、今こそ松前さんの音楽にじっくりと耳を傾けるチャンス!というわけで、この2つのプロジェクトを中心にお話をうかがいました。(丸黄うりほ)

京浜兄弟社の各アーティストシリーズ第一弾!は松前サウンド

——まず、『あなたはキツネ BEST+40 TRACKS』と『松前公高 WORKS 1989–2019』が、立て続けに出ることになったきっかけから教えてください。

松前公高さん(以下、松前) 2015年に、京浜兄弟社の10枚組ボックスセット『21世紀の京浜兄弟者』がディスクユニオンから出たんです。僕はそれ自体のいきさつは知らなかったんだけど。10枚組なんてそんなに音源あるんかなと思っていたんですが、京浜兄弟社というアーティスト集団のものだったので、いろんなところから集めてきて……。基本的には『誓い空しく』っていうアルバムとカセットの『Snack-O-Tracks』『空しき誓い』『クリスマステープ』などと、シングル盤、あとはライブテイクや個人の作品などからかき集めて10枚組にしたわけです。そのなかに僕のソロ作品とかカセットで出してたやつとか、過去に出した『あなたはキツネ』からも収録したんですね。

もともとの『あなたはキツネ』というアルバムはどういうものかというと……。90年代後半くらいにたまたま昔のテープや作品を掘り出してたら、テープがからみついて聞けなくなったりとか、カセットデッキもいいのがなくなってきて安いデッキしかなくて、メタルテープに対応していなかったりとか、ちょっとこれはやばいなあということで、カセットテープをちゃんとオーディオデータ、デジタルデータにしておこうと思ったんですね。でも、せっかく作業するならただ単にしてもつまらない。で、ちょうどそのころCDプレスがだいぶ安くなっていたし、それなら自主制作でCDを作ろう、過去の作品をまとめようと思った。

僕は自分にルールを課す方がやりやすいので、最初に宣言しちゃったんです、1年で4枚、3カ月ごとに1枚ずつ出すって。それで、10代の頃、大学生からプロになるまで、プロになってすぐの頃、プロになってだいぶ経ってからと、4シーズンに分けて4枚組をリリースしていくことに決めて、『あなたはキツネ』というアルバムシリーズを出したんですね。完全に自主制作です。

——この時は楽曲を作った年代順に収録して、順にリリースしたんですか?

松前 いや、最初に出すのがいちばん若い頃のだとクオリティ低いわけですよ(笑)。だから、逆にしました。ただ、1、2、3、4はその順番にしたいんで、「4」から発売した……いや違うな。3、4、2、1の順に出しましたね。「3」から出したのは、その頃のものが僕としては面白かったので。プロになる前後ぐらいの20代後半くらいの作品ですね。

——自主制作の『あなたはキツネ』を出した時、松前さんはおいくつだったんですか?

松前 33歳くらいですね。だから「4」はそのくらいの時期、「3」が20代後半、「2」が大学生、「1」が中学時代から高校、大学初期も入ってます、まあ10代ですね。

限定で出してほぼ売り切れた状態になってましたので、『21世紀の京浜兄弟者』の話が来た時はそこから何曲かを収録してもらいました。その10枚組はさすがに限定だったんですが、『誓い空しく』と『Snack-O-Tracks』はその後2枚組で発売したんです。すると、さらに京浜兄弟社関係の音源をシリーズ化するという流れになって。

それで、今回の僕のCD発売は、各アーティストシリーズということでは第一弾になります。ディスクユニオンが「松前さん、キツネ4枚からのベスト盤どうですか?」と言ってくれて。で、「あと、仕事の作品集も出しましょう」と。

——なるほど。まず『21世紀の京浜兄弟者』があって、その流れでディスクユニオンから出た話だったんですね。

松前 続いて僕も在籍していたハイポジの初期の作品も出たし、横川理彦のアルバムも4枚組で出ました。

——これからもぞくぞくと出るんでしょうか?

松前 またこれから告知があるんじゃないですかね。

『あなたはキツネ BEST+40 TRACKS』ボーナストラック40曲!?

——『あなたはキツネ BEST+40 TRACKS』は2枚組ですが、これは最初から?

松前 収録する曲をいろいろと選んでいたら100分を超えてしまって。で、2枚組にしてもらいました。

——曲数は全部で101曲も入っています。

松前 もともとは99曲入りのアルバムを作りたくて。というのはCDのトラック番号の表示が99までなので。99曲入りのは『ピコピコカケラ村のヒトビト』と、あとそれ以前にも1回作ったことがあります。アルバムで、全部メドレーになってて、どこで次の曲に変わったん?とかわからんやつあるじゃないですか、そういうの僕大好きで。これもそういうふうにしようということで、ほぼ全曲つなぎです。

ライナーにも書いてあるように「1」が『あなたはキツネ 1』の曲で、若い頃に作った曲なんですよ。で、1~4の数字が付いていないのは、当時収録しきれなかったものもあるんだけど、「4」を出した以降に遊びで、仕事と関係なしに作った音楽です。

——「1」も結構入ってますね。

松前 でも、どうしても「3」「4」が多いですけどね、クオリティ的に。ただそればかりにしちゃうとベストの意味がないのでね。

今回はベスト盤で、曲の単位としては抜き出してきているんだけど、それらをまたつなぎ直してるのね。前回の『あなたはキツネ』もある程度メドレーにしたんですけどね、それらを抜き出してもう一度つなぎ直したんで、曲間のコラージュは全部新しくなっているんですよ。曲と曲をつなぐときに単純につなぐんじゃなくて、途中にテープコラージュの音をいっぱい入れてるんで、それは全部新しいものです。なので、ちょっと聞こえ方が違うとか、そういうふうに言われたりもしましたね。

——アルバムにするときに手を加えているんですね。

松前 ものすごい加えています。音質も、当時よりも今は技術が発達しているんで、多少でもよくなる。知り合いのエンジニアの人にマスタリングでやるような作業を事前にやってもらって、クオリティをあげてもらった。あと「1」から「4」で音質もかなり違うんで、統一して聞けるように、そのへんもちゃんと合うような形に考えてもらいました。

以前の『あなたはキツネ』より音は良くなっています。そのまんま流して聴いてもらって、いつどの曲やってんのかわからんみたいなのが、いちばんいいのかなと。

あと、よく再発ものとかでボーナストラックってあるじゃないですか。ライブ版とかシングルのB面が入ってきたりとか。そんなんでいつも買わされてたんで、それのパロディとして、プラス40トラックにしました(笑)。

——『あなたはキツネ』以外の追加トラックが、なんと40曲。それも最後にかたまって収録されているんじゃなくて、全体に紛れ込んでいるんですね。アルバムの構成についてお聞きしたところで、続いて聴きどころについておうかがいしたいと思います。

コラージュでぐじゃぐじゃなジャンルをつなげて混乱させる

松前 聴きどころを話す前に、そもそも僕の音楽がどういう音楽なのかっていうことを説明しておきましょうか。

——そうでしたね。一般的に知られているのは、松前さんといえば「おしりかじり虫」を作った人とか、「キルミーベイベー」の主題歌とか。あ、あと「神戸空港の音楽」とか?

松前 いや、それは誰も知らん(笑)。それより、セガのゲームミュージックのS.S.T.BANDもやってて、そっちで知っている人も多い。

僕のいろんな面をいろんな場所で知っている人がいるから、僕の音楽がどんな感じって言ったら、人それぞれどこで知ったかによってすごい違うと思うんですよね。そのどれもが自分だし。それをこの作品で形にしたという感じですね。

——そもそもどんな音楽がお好きだったんですか?

松前 もともといろんな音楽が好きなんですね。ひねくれたポップスも好きだし、テクノポップ、ジャーマンロックのダークなやつ、まあ当然ニューウェーブとかも聞いたし、で、まあプログレが一番好きだったり。その一方でAORみたいなのも好きだし、それはさすがに自分でやる音楽ではないと思いますけども。普通に歌ものも好きだし。

で、自分のなかで悩んでいたわけです。自分は何がやりたいのか、全部好きだからね。たいがいは、このアーティストはこういう傾向とか、いつもそういう作風だったりするじゃないですか。そういうのに憧れたんだけど、自分はどれもやりたくて、いろんなことやっていたわけです。じゃ、それが、一人の個性として、アルバムとして大丈夫なのかと。もちろん音色とかに個性は出てはいるだろうけど、ジャンル的な言い方をしてしまうと、そういう言い方をする必要はないのかもしれないけどあえて言うと、ジャンル的にぐちゃぐちゃすぎると。

それを、曲をコラージュしたり波形編集をすることによって、まあ昔はテープを切ってやっていたわけですけども、いまは波形編集で簡単にできるので、ぐじゃぐじゃなジャンルをつなげて混乱させようと。コラージュでつなぐことによって異なるジャンルを混ぜ合わせるのもありなんじゃないかと。そういうような音楽ですね。

——「一人の個性として大丈夫か」て、おっしゃったんですけど、松前さんの音楽はものすごく個性的だと私は思っているんですが。

松前 そうですか?

——EXPOの時代から私は松前さんのファンで、京浜兄弟社の『誓い空しく』も超のつく愛聴盤で、めちゃくちゃ聴き込んでいるんです。で、京浜の音楽を聴いた時に、いちばん京浜的というか、京浜兄弟社の個性かなと感じるのは松前さんの音かもしれないなと。もちろんいろいろな個性があるなかで、みんとり(岡村みどり)さんの音と、松前さんの音が強く印象に残るんですよね。

松前 コンスタンスタワーズの中心は岸野(雄一)で、岸野がやりたいことを僕とみんとりさんで実現してきたんで、まあそのレコーディングとかデータを作る部分を僕がやっていたからね。

——このアルバムを聴いて、さらにその思いを強くしました。ああ、まさに京浜兄弟社の音だなと。クオリティ高いのに、どこかを脱臼させて、失敗、エラー、台無しにするという京浜イズムが、全面にいきわたっている。

松前 それは、もともと僕が自分の中にもっていたものなんでしょう。それを導入して、洗練させたのがEXPOだと思うし。

——私は最初、90年代に岸野さんからその言葉を聞いたんです。「台無し感覚」っておっしゃったんですが。

松前 それは京浜兄弟社の多くの人にあると思います。「かっこいいねー」じゃなくて「この曲ひどいねー」っていう、そういうのが楽しみ(笑)。僕が好きな音楽、デア・プランとかレジデンツ、レコメン系のアーティストやフランク・ザッパもそうだけど、台無し感というか、なんでわざわざこんな変にしてんのかなとか、そういうのあるじゃないですか。ま、そういうのに影響を受けているのかもしれないですね。

——そうですね、いま名前が出た、デア・プランとか。アタタック。

松前 そう、あとフランスのZNRなんかも謎のバランスっていうか、すごい美しいピアノ曲にシンセがブ〜〜っと入ってきたりして(笑)、なんでこれ入ってるんだろうと。そういうのが好きなんですね。

——あと、トッド・ラングレンも。

松前 うん。ルールをうまくはずす人が好きなのかもしれないですね。普通に聞いてて次にサビが来るとか、ここで転調だろうとか、歌謡曲とかでよくある形式的な、形式がわかりきっているようなもの、そんな音楽の心地いいところって、ある程度予定調和で、ある程度裏切られる、そのバランスだと思うんだけど。わかりきっていたら全然面白くないし、裏切りすぎていたら実験音楽、前衛音楽と一般的にいわれるようなものになってしまうのかもしれない。その配合具合が、普通よりも変なことが多いバランスが好きな人と気が合ったんでしょうね。

だから、その感覚はもともと僕がもっていたものでもあるけれど、まわりのみんなとしゃべっているときも、いつもそんな話をしていた。モンドミュージックとかもね、ストレンジ系といわれるくらいだから。みんなに共通する趣味であり感覚だった。

——あと、レジデンツ。岸野さんがこのCDのライナーにも『コマーシャル・アルバム』のことを書いてらっしゃいますね。

松前 やはりあれは最初に衝撃受けましたよね。曲数の多さ。極端に短いとか。まさにあれを CDでやったのが99トラック入りっていう考え方だし。

——松前さんをはじめ京浜兄弟社の楽曲って前衛になりすぎないし、でも普通のポップミュージックではないし。そのバランスがすごいと思います。私は、ティム・バートンの映画音楽を長く担当しているダニー・エルフマンにも近い感覚があるような気がしているんですけど。ティム・バートン映画は初期の『ピーウィーズ・プレイハウス』の頃はマニア向けなイメージがあったけど、いまや大メジャーですよね。

なので、松前さんの音楽も世界的に見るとスタンスはメジャーだろう、そして、このCDは絶対に売れるべきだと思っているんですけど!

松前 ははは(笑)、いや売れるにはそのバランス配合がもうちょっと……。

——でも、今のお話に出た音楽が好きな人は、ぜひ聴いてみてほしいですね。

※その2に続く

 

松前公高『あなたはキツネ BEST+40 TRACKS』

詳しくはディスクユニオンオンラインショップへ

 

松前公高『松前公高 WORKS 1989–2019』

詳しくはディスクユニオンオンラインショップへ