日本中で増え続け、植物を食べ尽くし、生態系に大きな被害を及ぼしている鹿。今まで私たちの祖先が残してきた日本固有の自然は、一度失われてしまうと二度と取り戻せないと多田さんは強調します。第3回に続いて、今回も危機に瀕している日本の自然についてのお話です。(丸黄うりほ)

自宅の前で(2021年3月15日)

人々の暮らしの変化が鹿を増やしてしまった

——いま、鹿は日本中の里山で増える一方なんですね。増えすぎてとにかく大変なことになっている。鹿に天敵はいないのでしょうか?

多田多恵子さん(以下、多田) そうなんです。どうしてこんなに鹿が増えてしまったかというと、一つは天敵の不在ですね。もともと日本にはオオカミがいたんですけど、明治時代に絶滅しているんですよ。

日本の古い信仰が打ち壊されて、山の神様だったオオカミが有害獣になってしまったために、狩猟がさかんに行われた。また、外国からジステンバーウイルスが入ってきた。その両方によってオオカミはいなくなりました。

——天敵のオオカミが絶滅してしまった……。

多田 それでも、オオカミがいなくなってしばらくは狩猟文化がまだ残っていたので、山の人たちは鹿とか猪とか熊を捕っていたわけです。それに、昔の人々は勤勉だったので、雑木林の下草をきれいに刈って、落葉や下枝を生活に利用していた。そういう生活が明治時代までは維持されていたんですね。

ところが、山自体がだんだんと使われなくなってきた。とくにひどいのはごく近年の、人口の都市流出と集中の影響です。いまだいたい80代になっておられる山村に住んでいる方たちが子どもだった頃までは、段々畑をつくって、山の上まで耕していました。それがいま、人手がなくなって放置されているんです。そして、そこが鹿のエサ場になってしまった。

もともと日本は森の国です。森というのは本当はいろんな木が茂ってる状態で、鹿にとってはいいエサ場ではないんです。その森で暮らしていける、面積あたりの個体数が限られているんですね。けれども、廃村になった所、畑だった所、田んぼだった所には雑草が生い茂ってしまって、格好のエサ場になっちゃったんですね。そういう所がだんだん増えていった。

それから、これは戦後の話ですが、杉の植林もエサ場になりました。山の木を切って植林をしましたが、植林されたばかりの土地は草が生えるので、鹿のエサ場になったんです。

そんなふうに鹿のエサ場が増えて、廃村が増えて、さらにハンターが高齢化しました。食肉用に鹿を捕る人がいなくなり、オオカミの代わりをしていた人間までがいなくなった。

それがさらに東日本だと、大震災のあと放射能の影響で牧場や放牧地が使われなくなり、放置されて、そこが鹿のエサ場になりました。奥羽山脈のあたりですね。放射能の影響で肉が食べられなくなって、鹿猟がされなくなり、ダブルパンチです。

——日本の農村の変化が、環境を変えてしまった。そして鹿のエサ場が増えていった……。

多田 この写真を見てください。7月の屋久島でもこうなんですよ。

屋久島, 2017年7月(撮影:多田多恵子)

塚村編集長(塚村) 屋久島が?こんなことになっているんですか!

多田 そうなんです。もともとオオカミがいなかった屋久島でも鹿が増えているんです。ここもやはり、人間の生活の変化がもたらした結果です。人間が自然と関わってきた暮らし方が、この何十年かで大きく変化したことが、鹿の増加につながっている。

鹿はかわいい生き物だしね、駆除するとか狩猟するとか行ったらかわいそうだって思うでしょうけれど、こういう状態になってしまうと、結局は鹿も飢えて死ぬんです。そういうことにしてしまったのは、人間です。

葉っぱがなくなると、葉っぱを食べてる虫もいなくなり、鳥もいなくなる。木の実を食べるリスだって、森に生きている、植物も動物も、鹿も生きていけなくなっちゃう。だから全体に大きく影響する。

屋久島では、鹿が昼間からいっぱいいて、すごいですよ。標高の高い所はそれほどでもないですけど、低い所はかなりひどい。地域によっても少し差はありますけど、西部林道のあたりは特に鹿が多いですね。写真で鹿が写っているのは、その西部林道のものです。屋久島でいちばん有名な登山道沿いの花之江河湿原のあたりも鹿の食害が著しくなっています。

屋久島, 2017年7月(撮影:多田多恵子)

——屋久島ってユネスコの世界遺産だし、しっかりと守られてると思ってました。

多田 そんなことない。林の下なんてツルツルですよ。若木が育っていない。そして、本当にこわいのは、この写真ですよ。

屋久島, 2017年7月(撮影:多田多恵子)

——えっ?これは、どういうことでしょうか?

多田 すこし場所は離れていますが、これも屋久島西部の森を上から見下ろした写真です。下草がなくなっていても、上から見てもわかんないってことですよ。

——はい。上から見たら全然わからないですね……。

多田 だから、みんな屋久島に来て、「鹿がかわいい」とか、「屋久島って森の国だ、すごいなあ」とだけ言って帰っていくんですけど、ここで何が起こっているか全然気がつかないんです。本当にこわいですよ。

コケむした林なんかもそうだけど、地面になんにも生えてない林って、まるで苔庭みたいなすっきりした風景に見える。何も知らない人が見たとき、こういうのが森だと思ってしまう。そういう人がどんどん増えていくと、下草のない森を見てもなにも感じなくなるんです。

たとえば、春日山原生林を映したトレッキングの番組なんかで、森がすごい状態になってしまっているのに、それも鹿が増えすぎてこうなってしまったのに、それにまったく触れることなく、かろうじて生き残ってる花を映してさ、なんとかの花が咲いています、ってアナウンサーが読んだりしている。そんなことではいかん。

南アルプスあたりだと、高山帯まで鹿が上がってきてるから、高山植物の群生もなくなっちゃってるよ。中央アルプスの辺もだめですね。甲斐駒とか。

塚村・丸黄 高山植物もなくなっている!?

多田 壊れちゃったら、もう二度と元に戻らないです。南アルプス国立公園で鹿の被害が多くなっていることについては、環境省が警告を出しているんですよ。

知らないということが、いちばんいけない

——そういえば、いま思い出しましたが、二年ほど前に京都の愛宕山に登ったんです。そのとき、鹿の群れに出会ったんですが、本当にびっくりするほどいっぱいいました。体の大きさや毛の色は奈良公園の鹿とよく似ているんですが、顔つきが全然違っているのに驚きました。奈良公園の鹿は人に慣れていて警戒心がなく、優しい顔をしているけど、愛宕山で見かけた鹿たちは違う。人間を見たらざざーっと群れながら走って逃げていきました。

多田 目つき悪いでしょ(笑)

——そうなんです。野良猫と飼い猫の違いみたいな感じで、すごい顔つきをしていました。しかも、多田さんのお話を聞いてから思い当たったんですが、愛宕山もかなり荒れていたと思います。古くて、半分放置されたようになっている無人の寺があって、手入れをする人がいないから荒れているのかなと思っていたんですが、あれは鹿のせいだったかのもしれません。

多田 京都もひどいと聞いてますよ。京都大学の芦生研究林がひどいことになってるらしい。私は行ったことがないんですけど、十数年前は笹をかき分けていったのが、いまは下草が何もなかったって聞きました。

塚村 芦生には十年くらい前に行ったのですが、あちこちの木にテープが巻いてあって、鹿の調査をしているという話でした。

——もしかしたら、瓢箪崩山が荒れていたのも鹿のせいかもしれない……。

多田 それはどこですか?

——京都の大原にある低山で、登山客に人気のあるような山じゃないんですが。ひょうたんという名前に惹かれて、ついこのあいだ登ったんです。そのときに引率してくれた人が、何年か前にも同じルートで登っていたらしいんですが、前回来たときと風景がぜんぜん違っていると言っていました。岩が流れてしまっているんです。大きな木がひっくりかえっていたり。そのときは、数年前に関西を直撃した台風のせいじゃないかと話していたんですが。

京都府左京区・瓢箪崩山, 2021年1月(撮影:丸黄うりほ)

多田 そういうときは、同じ場所で写真を撮ってみてください。そういう記録があると、前はこうなのに、今はこうなんですよって言えますからね。

——写真撮影が記録になる。

多田 岩手県の早池峰山でも、知り合いになったレンジャーが同じようなことを言ってたんですが、特になにもないときの林の写真って、みんなあまり撮ってないんですよ。人が写ってる記念写真でもいいからあるとわかるんですけどね。比較写真がないと伝わりにくいので。とにかく始まっちゃったら急速なんです。鹿については環境省のパンフレットが出ていて、ものすごくいっぱい書いてるんですけどね。

いま、獲らなければならない理由(わけ)‐共に生きるために‐(令和3年)環境省 pdf

環境マンガ「♪現代日本のイノシシ・シカ大問題♪」(平成23年)環境省 pdf

さらに詳しく知りたい方はこちら(環境省 HP) http://www.env.go.jp/nature/choju/index.html

——でも、一般の人によく伝わっているとは言えないですよね。

塚村 私たちはどうしたらいいんでしょうか?

多田 一つには人に知ってもらわなきゃ。知らないということがいちばんいけない。それから、鹿を守るためにも人間の責任で頭数をコントロールしなきゃいけない。それも、早急に手を打たないと間に合わない。貴重な植生の所はネットで囲って鹿が入らないようにしてるとはいえ、その場しのぎでしかないから。

あと、一般人で協力できるのは、鹿のジビエをしっかり食べるとかね。それでも、鹿は野生動物なので臭みがあるから結構大変なんですけどね。

私は南アルプスで食べたんです。ごちそう出してくれましたよ。一頭ごとに証明書がついていて、ライフル一発で仕留めて、仕留めた時点と血抜き開始時点が3分しか経っていなかった。それだと臭みがない。でも、山の中で捕るものだし、なかなかふだんはプロ集団の猟師さんがいないわけだしね。罠でとった鹿の場合は、煮込みとかにしちゃえばおいしくいただける。

——鹿肉はおいしいけれど、食肉処理とか流通のシステムが整っているとはいえないんですね。

多田 あとね、コロナ禍の時代になってしまったけれど、このことが暮らし方を全体的に見直すチャンスにならないかなと私は思っています。一極集中ではなくて昔みたいに分散して、自然の豊かな土地で人が暮らす。もともと暮らしていた土地を放棄してしまったことが、鹿が増えてしまう原因なので、そういうところに移り住む。仕事にもよりますが、テレワークで仕事ができるわけですから。

荒れた土地に、またたく間に広がる外来種

——植物の世界だけに限っても、野草の群落に外来種が入ってくることで生態系が変わってしまうことがあるのですよね。

塚村 サクラソウの群落が維持されていたのに、環境が変わって消えちゃうかもしれないって、先生の本にも書いてありましたが……。

『したたかな植物たち(春夏篇/秋冬編)』(ちくま文庫)

多田 サクラソウの群落が維持されていたのは、定期的に洪水が起こっていたからなんですよね。河川を整備することで洪水が起こらなくなると、洪水に依存していた植物は、もっと背の高い、ほかの植物が茂ってくると滅びちゃうわけですよね。特にサクラソウの場合は、オオブタクサが茂って、その陰になるとやられちゃうわけ。

たくさんの物資が海外から入ってくるようになると、植物の世界にも外来種がどんどん入ってきた。でも、もともとそこに生えている日本の植物たちがスクラムを組んで生きているような場所には、外来種はすぐには入り込めないんですね。

だけど、山の中でも林道工事をして、崖を削ると、何にもない土地ができるでしょう。すると、そこを足かがりにして外から来た植物が生えてきます。それどころか、吹き付け植物とかっていって、人間がタネをまいたりしちゃうんですね。それがまた生態系を変えてしまう。結局、人間が新しい場所をどんどんとつくってしまって……。

日本はもともとは森の国、という話をしましたが、乾いた荒れ地みたいな土地はほとんどなかったわけです。だから、そういう環境に適応してきた日本の植物ってすごく少ないんですね。そこに、もともと荒れた環境に生えてきたような雑草がタイヤにくっついて入ってくると、「やったぜー!」って広がっちゃう。そういう場所が、一面外来種の原っぱになっちゃうんです。

都市のまわりとか、埋め立て地とか、道路工事をするたびに、どんどん外来種が増えちゃいますよね。

——本当に生態系はデリケートなバランスで成り立っているものなんですね。だけど、それも知らないとなかなか気がつかない。荒れた土地に広がる外来種の原っぱを見ても、草が元気に生えてるなぁ、きれいな花が咲いているなぁ、なんて呑気に思ってしまう。私たちにはもっと知識が必要ですね。

多田 そうですね。知識はやはり必要だと思います。

(その5に続く)

*前回(その3)はこちら

*その1はこちら

*その2はこちら

NHK 「趣味どきっ!」道草さんぽ

2021年10月6日 – 2021年11月24日

【放送】毎週水曜日 午後 9:30~9:55 Eテレ

【再放送】翌週火曜日 午後3:34~3:59 総合

【再放送】翌週水曜日 午前11:30~11:55 Eテレ

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