I’m home ! Jane Marple

文・嶽本野ばら

オーストリアンレースドミトリーブラウスとT/Cヘリンボーンドミトリースカート(2019年・ジェーンマープルA/W*著者私物)

 

暫く遠退いていたのですが、最近またジェーンマープルにハマっています。
アガサ・クリスティの小説に登場する趣味で探偵をやるお婆さん——ミス・マープルから拝借した名を持つメゾンは、会社の名前もセント・メアリー・ミード——、ミス・マープルが棲む架空の村になっています。MILKで経験を積んだデザイナーの村野めぐみさんが1985年に立ち上げました。
古くからロリータに圧倒的支持を受けるメゾンなのですが、実はMILKもジェーンマープルも“ロリータ”とカテゴライズすると気を悪くされる。どういうこと? 思われるかもしれませんが、例えばロリータのお洋服しか載っていないファッション誌とはMILKもジェーンも交流を持たないし、ガーリーは良しですが、ロリータ・ファッションとして紹介されると違いますといわれてしまう。

一番の理由はロリータという単語がロリータ・コンプレックスを想起させるものだったからでしょう。顧客をロリコン男性から守る配慮もあったと思います。
そもそもヒラヒラ服が何故、ロリータと呼ばれるようになったのか? ジェーンを含むDCブランドが隆盛を極めた80年代から90年代、日本の服飾界には海外とは異なる独自の潮流が顕れた。過剰な少女趣味。表現する用語が見当たらなかったので、誰かが深い考えもなく子供っぽいというニュアンスをそれに置き換えてみた。イメージはナボコフの『ロリータ』ではなくキューブリックの映画『ロリータ』でもなく、その映画のポスターと推測出来ます。あの赤いハート型のサングラスをして赤いキャンディを舐めてる女のコの絵はカッコ可愛くてお洒落じゃないですか。命名した人はポスターしか知らなかったのではないかな(観ていたらまるでそぐわないは明らかだろうし)?
名前なんてそういうものです。海百合は植物でなく棘皮動物ですが、特に問題はない。
しかし不穏当な呼び方(よく僕も海外の人にどうしてロリータ・コンプレックスとヒラヒラ服が結びつくかを訊ねられて困る)であるが故に、呼ばれるメゾンは困惑せざるを得ない。ジェーンにせよ、昔、取材で村野さんにお逢いした折、若い女のコの服だと限定したくはないとおっしゃっていたし、あそこはヒラヒラしか置いていないと先入観を持たれると困るのでしょう(実際、ミス・マープルのような田舎のお婆さんがジェーンのお洋服を着ていれば、とても可愛いと僕は思う)。

それを踏まえて敢えていうのですが、ロリータの原点はジェーンマープルです。

ゴシック&ロリータ(ゴスロリ)と呼ばれる2000年前後からブレイクするインディーズブランドの殆どは、ジェーンを着て育った世代のデザイナーに拠って生まれました。ヨウジヤマモトでもコムデギャルソンでもなく、ヴィヴィアンウエストウッドでもなく、ジェーンマープルのロマンチシズムを身体に染み渡らせた者達が、そこを目標にお洋服作りの現場に飛び込んだのです。彼等にとって“ロリータ”はナボコフともロリコンとも無関係、それは“ジェーン的”と同義だった。
更にいうならば80年代に始まる日本のDCの動向の雛形はジェーンマープルだった。若い人達にいうと驚かれますが、80年代はオゾンコミュニティもヒステリックグラマーもロリータだったのです。その時代やはりヒラヒラして一世を風靡したVIVA YOUのデザイナーであった中野裕通さんは、90年代から登場するガーリーという定義に対し「要はロリータのことでしょ」、その言葉じゃマズいから言い換えただけ、をズバリ指摘なさっておられます。
僕の記憶違いでなければドロワーズを最初に出したメゾンはジェーンの筈。飽くまでもブリテッシュ(ヴィクトリア朝に英国の貴婦人達の間で広まった)志向だからですが。
ファッションには流行があるので、大抵のメゾンは傾向を変化させていきます。アパレル氷河期、ジェーンもまた、コンサバティブに接近しました。しかし今またジェーンマープルは本来に戻り、バージョンアップを企てているように僕には映ります。

別珍ハート襟ジャケット、ブラウス、王冠のアクセサリー(年代不明・ジェーンマープル*著者私物)

数年振りにラフォーレ原宿のジェーンマープルに行くと「お久しぶりですね」、東京に居を移して初めて訪れた時の担当さんが微笑んでくれた。「ジェーンに復帰しようと思うんだ」応えて吊りのプリーツの入ったスカートを選んだ僕はメンバーズカードを作って貰う。升にJの文字のスタンプが捺される。包装を待つ間、ファイルに収められた次回のサンプル写真とシートを観せられる。空白期間などないかのよう、訪れると行われていた一連のことがまた行われる。
何か重たい鎖から解き放されたような心の快調を意識する。ジェーンマープルが調子よければ僕も調子がよいだろう。ジェーンマープルさん、これからもよろしくお願いします。

2019 AUTUMN & WINTER 02 OUR LIFE IS OUR ART (ジェーンマープルのリテラチャー*著者私物)

(12/05/2019)