それは子門真人、買い取りで印税ゼロを知る世代論

by 嶽本野ばら

ラフ・シモンズが最近、面白いです。

2020s/sは星条旗に黒ペンキが塗られたようなシャツに「STONE (D) AMERICA」(STONEだと石を投げつけるだが、STONEDだと俗語としてラリるの意をもつ)の文言。2016年に就任したカルバンクラインのデザイナーを、価格帯が高く売れにくいとの理由で2018年に退任させられたことへの激昂とも取れるコレクションを発表しました。

最初、インテリアデザイナーだったラフはマルタンマルジェラに衝撃を受け、独学で服飾を学ぶ。アントワープ王立芸術学院への入学を希望しますが、ファッション学科のリンダ・ロッパより「うちでは君に教えるべきことがない」といわれ、1995年に自らのメゾン、ラフシモンズを始動させます。
パリコレには97-98a/wよりメンズプレタポルテとして参加。2003年からはジルサンダーを手掛けますが2012a/wで退任、同時にクリスチャンディオールに引き抜かれます。

ディオールのデザイナーになるということはオートクチュールも手掛けるわけで、当時、抜擢は大きな衝撃を与えました。プレタポルテ、それもメンズのデザイナーにディオールのオートクチュールが任せられるのか?

映画『ディオールと私』は、その初コレクションを追うドキュメントで、プレタのデザイナーに対し抵抗感をもつメゾンのスタッフの証言など、興味深いエピソードが詰まっています。ショーまでに与えられた時間は8週間だった——というのが本当なのかは怪しいですが……。

僕はあまりラフシモンズのお洋服には詳しくないのですが、ラフと僕は同い年なんですよ。68年生まれで誕生日も14日しか違わない。更にいうと2007-08a/wまでディオールオムのデザイナーだったエディ・スリマンも同い年なんです。世代論なぞ意味がないと思っていますが、この二人のクリエイションをみると、やっぱ同世代と感じることが多い。
エディはディオールを辞めた後、元々趣味だった写真を本格的にやると宣言しますが、2006年、VISIONAIREより発行された写真集ではコートニー・ラブを被写体にしています。僕等より上でも下でもコートニー・ラブといえばカート・コバーンの嫁の認識でしょうが、68年組にすればコートニー・ラブはHOLEのギター兼ヴォーカル、グランジの姫なのですよ。カート・コバーンも67年生まれですからね、コートニーに感化されまくっているのです。カートを食い物にした毒婦みたく世間はいいますが、カートがコートニーを求めたんですよ。ニルヴァーナで世界的なスターになろうと、カートにとってコートニーはずっと憧れの人だった。この感覚は同世代でないとなかなか理解して貰えないと思います。

《PORTRAIT OF A PERFORMER : Courtney Love by Hedi Slimane》A VISIONAIRE ™ BOOKZINE ©2006 VISIONAIRE PUBLISHING.LLC.

 

世代論は無意味ですが、そのバックボーンは一考に値します。ファッションから離れますが、中井英夫は1922年生まれで三島由紀夫は1925年、澁澤龍彦は1928年生まれです。三人が終戦時、何歳だったかを計算してみる。中井22歳、三島20歳、澁澤は17歳。
それぞれ二、三歳しか違わない。しかし終戦を既に大人として迎えたか、大人になるタイミングで迎えたかは、後の人生に全く異なる影響をもたらすでしょう。澁澤にすれば戦争は少年期のことだし、三つしか離れてないとはいえ、一応は兵役についた三島が何故イデオロギーをもってして割腹しなければならなかったか、真意を推し量るがかなわなかった筈中井英夫は三島への追悼文として、三島が自死で戦争経験を清算するしかなかったのは、自分とは異なるタイムライン上に彼のそれがあったからだと了解する旨を記しています。

80年代後半にカルバンクラインやダナキャランが台頭してきた頃、僕等68年組はパリやミラノは古い、オートクチュールは既に死に体。これからはNYコレクションだぜという気風の渦中にいました。もしかするとラフ・シモンズが怒ったのは単に解雇されたからではなく、かつてカルバンクラインは最先端だったじゃねぇか!の失望からくるものなのかもしれませんし、ミニマリズムと称されるそのデザインの原点もNYコレクションに求められるかもしれません。

『ディオールと私』でラフは、コレクションの会場を空き家の豪邸に決める。でも壁の色が気に入らない。そこでラフは思い付く。そうだ、壁という壁を生花で埋め尽くせ。
全ての柱と壁が生きた花で覆われた邸宅の室内——。刹那の映像ですら胸が苦しく、涙が零れる光景でした。この陶酔は世代も時代も国境も、どんなバックボーンの差があれど無関係に、人の心の奥を揺るがせるでしょう。

世界の一割くらいがそういうものならば素晴らしいと僕は、思う。一割程度だから探すのが大変だけど、一割の確率なら悪くはない。ラフ、今度はトーキングヘッズのツアーTシャツのモチーフでコラボを発表したんだって。やっぱ68年組だねぇ。
ニューウェイヴの匂いがぷんぷんすらぁ。

(10/1/19)