エレガンスという名の寿司をあんたに食わせる子供はエンジェルブルー

文・嶽本野ばら

 

J・アンダーソン・ブラックの『ファッションの歴史』という本は服飾学の名著ですが、その序で『VOUGE』のエディターを経てRCA(Royal College of Art)の服飾教授となったマッジ・ガーランドは、被服の目的は身体保護、貞節や身だしなみ、セックスアピールの顕示だが、「性的魅力の誇示だけでなく、人間が最も強くアピールへの欲求を抱くのは、権力と富の力の表現」と補足します。

モーニングは昼の正装、夕刻から着てはならぬというマナー、またはルールとは異一線を画す『ドレス・コード?:着る人たちのゲーム』展が提示しようとするコードは、服飾からこの権力と富の力の表現の変容に焦点をあて、読み解こうとするものでしょう。

ステイタスとしてお洋服が機能したのは、ナルミヤのエンジェルブルーまでだと思います。80年代に沸騰するブランド崇拝は、2000年に入り子供の領域まで侵入する。ナルミヤを着ていないと学校でイジメられるというのが問題になったりしました。しかし、2010年にブランドは凋落し撤退します。流行がファストファッションに移行した。エンジェルブルーは2011年、イオンの自社ブランドとして、お手頃価格の子供服になった。

 

@ Dogwoof

 

僕は著作に被服を登場させる際、ブランドと書かずメゾンとします。『ヴィヴィアン・ウエストウッド最強のエレガンス』はヴィヴィアン(1941年生まれ)へのインタビューで半生を振り返る映画ですが、彼女が、スタッフに悪いけど私はお金儲けに興味はない――と告げる場面が印象的です。これは彼女特有のアイロニーではない。ブランドとしてのヴィヴィアン・ウエストウッドではなく(それは会社を継続させることが目的のものだ)、中古レコードの販売からスタートし、今もキングスロードにあるワールズエンドという名の小さなショップ、工房(メゾン)で行う活動こそが、自分にとってのヴィヴィアン・ウエストウッドだと彼女はいいたいのです。ヴィヴィアンは人一倍、名誉欲をもち商売に長けた人です。その特性をカリカチュアとして用いてきた。彼女はボロボロのガーゼ素材の服に法外な価格を付け売る才能を持っていた。でも現在のヴィヴィアン・ウエストウッドは、利潤を出すシステムでしかない。それが彼女を嘔吐させる。

ワールズエンドに日本人スタッフがいた頃、よく聴かされました。工房ではラジオを流しながら働くが、ヴィヴィアンはラジオが嫌いだから、来る連絡が入ると慌ててその時だけ消すとか、アトリエにある余った布を勝手に持ち出し、古物商に売り小遣いを稼ぐスタッフがいるだとか……

@ Dogwoof

 

スーパーブランドで独立性を保つのは現在、シャネルとエルメスくらいしかない。

ディオールもジバンシーもヴィトン傘下にあり、商業成績をあげられないならデザイナーはすぐに首を挿げ替えられる。キム・ジョーンズがディオールに抜擢されたのはシュプリームをヴィトンとコラボさせ再生させた手腕を買われただけで、クチュールを評価されたのではない。彼はラグジュアリーには向かない。才能は確かだがベクトルが異なる。MILK BOYとコラボ(2007年)するような筋金入りのストリート系なのです。

ヴィヴィアン・ウスエトウッドはブランド存続のために様々なライセンス商品を許していますが、未だ何処の傘下にも属していません。映画でヴィヴィアンは、会社が大きくなったが故に自分でコントロールできない商品が作られている現実をみて、これは誰の会社なの?――憤る。しかしもはや、手直しすら彼女にはする権限がない。自分の名を冠した商品であるというのに!

売りたくない相手には売らない。僕は高級ブティックはそれくらいでよいと思う。その不遜なコードをクリアすることこそがラグジュアリーだろう。ヴィトンのバッグでなくとも荷物は入る。丈夫さで選ぶならアディダスのナイロンリュックでよいのです。

あんたに食わす寿司なんてねぇ――。気概ある職人は今でも偏屈ですよ。ドレスコードがステイタスから剥離してしまったのは、経済至上主義に拠り、ブランドとメゾンが切り離されたからだ。1854年、トランク職人としてヌーヴ・デ・カプシーヌに最初のアトリエを持った創業者のルイ・ヴィトンは、世界中のオンラインショップで自分の鞄が買えることをどう思うだろう?

僕がロリータに拘わってきたのは敷居が高いファッションだからです。僕等はバカではない。頭がヘンだと見做されるのを承知でそれを着る。購買力ではなく精神力のドレスコードを尊重する。かつてのMILK本店なんて最初は誰もが店の前を行ったり来たり、ドアノブに手すら掛けられなかった。入る瞬間、好き過ぎて吐きそうにすらなる。今でもなる。リスペクトできないコードなど必要はない。それは単にインデックスですよ。

(4/3/19)

 

@ Dogwoof

監督:ローナ・タッカー 出演: ヴィヴィアン・ウエストウッド、アンドレアス・クロンターラー、ケイト・モス、ナオミ・キャンベル、カリーヌ・ロワトフェルド、アンドレ・レオン・タリー
2018/イギリス/英語/カラー/5.1ch/ビスタ/84分/字幕翻訳:古田由紀子
配給:KADOKAWA 後援:ブリティッシュ・カウンシル
2018年 サンダンス映画祭 正式出品