花形文化通信の頃の僕

文・嶽本野ばら

89年に創刊のフリーペーパー『花形文化通信』に僕が関わり出したのは92年辺りからだと思います。しかし気後れしつつ業務をこなしていました。何故なら執筆陣がオタクばかりだったからです。

『3ちゃんロック』なるミニコミを出す安田謙一、『VOW』の常連として頭角を顕し『月刊耳カキ』を発行した路上看板観察家の吉村智樹、その兄貴分的存在の鮫肌文殊、既にヲタ芸を完成させライブハウスに出没する変な客として演者よりも著名、ノンジャンルのオタクとしてインディーズの先導者であった保山ひャン(保山宗明玉)などなど。

花形文化通信VOL.0(創刊準備号)

「花形文化通信」の創刊準備号=1989(平成元)年4月1日発行

その頃はまだコミック世界の住人を指し、マニアと呼ばれることが多かったのですが、究極のスカムとして上り詰めたJK3人組のスーパーボールがタムロしていたクラブがNERDS、オタクを英語表記しようとしたら妥当なものがなく近いのがNERDSだったエピソードから、90年代初頭より徐々にオタクが広義に使われ始めた経緯が浮かびます。

今でこそお洋服オタクかな?と思いますが、当時の僕はどの分野に特化しているでもなかったので疎外感を持たずにはいられませんでした(だからエッセイも『それいぬ』のようなものしか書けなかった)。

ジョン・ガリアーノ、アレキサンダー・マックイーンなどを輩出したロンドンコレクションは1984年から開始された歴史の浅いイベントですが、パリやミラノと大きく異なるのは英国ファッション協会(1983年発足)が主宰、会場として公共の場を利用するなどソーシャルなコレクションとして機能してきたことです。従い、若手が乏しい資金で参加することもやれる。パリコレはオートクチュールから出発したので、今でもサンディカという組合が仕切り、厳しい制約が課せられます。資格を得たとて最低、1千万円の資金がないと物理的にコレクションは開けない。どちらがいいという議論はおき、資金やコネクションに捉われないロンドンコレクションには、それ故、前衛の被服が登場する機会が多くなる。マックイーンなんて失業保険でショーを開催していましたし。

第1回(84-85aw)には日本人として鳥丸軍雪、第2回(85ss)にはコシノミチコが参加しています。ドリス・ヴァン・ノッテンらアントワープの6人衆が合同ショーを開催して注目を浴びた(88-89aw)のもロンドンコレクションです。参加せずとも80年代のロンドンの熱気はクリエイターを魅了しました。鮮烈にパリコレデビューしたコムデギャルソンにしろ、ヴィヴィアン・ウエストウッドとマルコム・マクラーレンが仕掛けたパンクムーブメントの落とし児であるのは確かです(コムデギャルソンのパリコレは82年。ヴィヴィアンが初のランウェイコレクションをしたのは81年なので、まだロンドンコレクションはなかった)。パリコレに出ていたヴィヴィアンは88-89awロンドンコレクションに凱旋参加しています。

リックオウエンスの項で記しましたが、僕はそのメゾンにいたガレス・ピューのお洋服がとても好きです。彼も05年にイギリスでデビューした後、パリに発表の場を移しましたが15-16awよりロンドンコレクションにリターンします。この人のお洋服、スゴく変なんです。Tシャツのプリントや裏地などに、隙あらばブリジット・ライリーのような幾何学模様を用いるし、シルク混のラグジュアリーな2枚仕立のカットソーが、外側の布を裾から捲っていくと単に筒状の布になってしまったりする。折り紙好き? でもインタビューでは、自分のテーマは常に風船です! 訳の解らないことを答えている。そして彼は天才である。しかし着られる服を作ろうとしないと評されると「僕、服を作るのには興味ないんだよね」解釈不能のことを述べる。売れないと意味ないですよね? 問われるとビジネスに関心がないというし、では何故こんなに高価なのか? 訊かれると「自分でミシン踏んでるから手間が掛かる」。もう、ああいえばこういう――NERDS――オタクの典型です。

シルク15%モダール85%のジオメトリックな人物がプリントされたGareth Pughのロングカットソー。Rick Owensと同じ工場で生産されているので品質は最高級(筆者所有)。

シルク15%モダール85%のジオメトリックな人物がプリントされたGareth Pughのロングカットソー。Rick Owensと同じ工場で生産されているので品質は最高級(筆者所有)。

だけどこういう人が出てくるからロンドンコレクションは面白い。LVMHとケリングがモードの覇権争いをしている最中、シモーン・ロシャのようにときめく才能が伸び伸びと作りたいお洋服を作っている。

オタクはステイタス、誰もがオタクを名乗るようになって久しいですが、パンクが屑であるようにオタクは何処までいってもNERDS――ダメな奴ですよ。しかしその気質を活かし研究者となるなら人の役にも立つでせう。ガレス・ピューのお洋服に触れると、形とは何か?をギリギリまで追求するストイシズムに身が震えます。

燕尾服のフォルムをオープンショルダーさせ甲冑をイメージしたジャケットとジオメトリックな人物が描かれたTシャツ。立体裁断、平面裁断をボーダレスに取り入れるGareth Pughの被服は造形と力学の関係を示唆するオブジェクトのようでもある(共にGareth Pugh.筆者所有)。

燕尾服のフォルムをオープンショルダーさせ甲冑をイメージしたジャケットとジオメトリックな人物が描かれたTシャツ。立体裁断、平面裁断をボーダレスに取り入れるGareth Pughの被服は造形と力学の関係を示唆するオブジェクトのようでもある(共にGareth Pugh.筆者所有)。

否、贔屓し過ぎか? 2019ssのスパイダーマンが扇を持ってるみたいな全身タイツ、只のラバーフェチとしか思えん。2007ssの『暗殺教室』の殺せんせーみたいなマスクをつけ、ボディコンシャスでM字開脚するモデル、脱力し過ぎて怒る気もせなんだわ。ヴィヴィアンとガリアーノは絶賛しているらしい。そりゃそうだ。僕はロリータオタクであると共、ロリータ研究に一生を投じます。『帰ってきたそれいぬ』はその為に書いています。

(29/10/2021)