ひょうたんだらけの図録『鯰絵のイマジネーション』

by 丸黄うりほ

①『Co-GIGAKU 鯰しづめ』パンフレット

②国立歴史民俗博物館『黄雀文庫所蔵 鯰絵のイマジネーション』

③鯰の上にのっているのは……ひょうたんです!

④子鯰の着物の柄もひょうたん!

⑤ひょうたん紋に、ひょうたん柄!

⑥鹿島大明神にひれ伏す、子鯰の着物の柄も!

先週木曜日の「ひょうたん日記」で紹介した『Co-GIGAKU 鯰しづめ』(写真①)。私が初めてこの作品のことを知ったのは今年5月。先述したようにNHKの『芸能きわみ堂』という番組で紹介された時でした。

その後、鹿島大明神と香取大明神のことが気になって少し調べていたら、『Co-GIGAKU 鯰しづめ』に出てくる「鯰が暴れると地震が起こるが、ふだんは二神が「要石(かなめいし)」で押さえて防いでいる」という物語は、茨城県の鹿島神宮、千葉県の香取神宮に伝わる伝説がもとになっていることがわかりました。

しかし『Co-GIGAKU 鯰しづめ』では、鯰をおとなしくさせる「要石」が、巨大なひょうたんに変わっています。ここは、脚本を手がけられた桂吉坊さんの創作なのかな?と思っていたのですが……。

その後すぐ、それにも元ネタがあったことがわかりました。6月に大阪府吹田市の国立民族学博物館に行った時、ミュージアムショップで『黄雀文庫所蔵  鯰絵のイマジネーション』という本を見つけたのです。これは2021年に千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館で開催された展覧会の図録でした。

まずは写真②、この本の表紙を見てください。

拡大してよくみると、鯰の上にひょうたんが乗っていますね!(写真③)

そして、擬人化されて着物を着た子鯰がまわりにいっぱいいます。この鯰たちの着物の柄が、ことごとくひょうたん柄なのです!(写真④⑤⑥)

写真⑥などは、まさに鹿島大明神が「要石」で大鯰を押さえているところ。その前にひれ伏している子鯰たちもひょうたん柄の着物を着ています。

一冊に200点以上の図が収録されていて、このほかにもページを開くとあちこちひょうたんだらけ! その絵がいちいち味わい深い。すばらしい……!!

説明文を読んでみると、「鯰絵」というのは安政2年に発生した「安政江戸大地震」の直後から大量に発行され、大流行した摺物で、地震の元凶とされた大鯰をモチーフとして戯画的に描いたものだということがわかりました。

大暴れする鯰を押さえる霊力があるのは「要石」のはずなのですが、この本に収録されている絵には、なぜかひょうたんで押さえているのも多い。これはなぜ?

この本にもはっきりとは書かれていないのですが、どうやらこの時代、江戸では大津絵が大人気だったそうなのです。そして、大津絵には「瓢箪鯰」という有名な絵がありますね。猿がひょうたんで鯰を押さえている図です。どうやら、そこから転用されたのではないかと思われるのです。

大津絵の「瓢箪鯰」に描かれている猿は、猿知恵という意味らしい。頭の悪い人が、ぬるぬるした鯰を、つるつるしたひょうたんで押さえるなどという要領を得ないことをしている絵というのが一般的な解釈。

しかし、大津絵の「瓢箪鯰」の元ネタになっているのは、京都市の妙心寺退蔵院に伝わる禅画「国宝  瓢鮎図」です。この絵に示されている禅的な問いかけでは、「ひょうたんで鯰をつかまえることは可能である」という答えが、必ずしもナンセンスなものとは言い切れない。このように「瓢箪鯰」は、元を辿っていくと、意味がちょっとずつ変化してきているようなのです。

じつは、地震を起こすとされていたのも、もともとは地中にいる龍や虫だったそうです。それが安土桃山時代あたりから大鯰に変わっていったと、藪内佐斗司さんが『Co-GIGAKU 鯰しづめ』のパンフレットにも記しておられました。

地震の元凶にされた鯰にしてみれば濡れ衣でしかありませんが、「安政江戸大地震」の頃の庶民はそんなことはとっくに知っていて、ジョークとして楽しんでいたとのこと。「鯰絵」は、自然災害をも笑いで乗り越えていくという逞しい精神を反映しているとも言えそうです。

「瓢鮎図」や「瓢箪鯰」や「鯰しづめ」のことを知れば知るほど、もっと知りたくなります。そして、ますますひょうたんが、ついでに鯰までもが大好きになってしまいそうです。

(1470日目∞ 7月29日)