【インタビュー】音楽学者 柿沼敏江 その3/6

京都芸術センターで。(2025年6月16日)
1970年の大阪万博で現代音楽に目覚め(前回インタビュー参照)、1980年代のアメリカで研究テーマをアメリカの現代音楽・実験音楽に定めたという音楽学者の柿沼敏江さん。今回から2回にわたって、研究の中心に位置する作曲家、ハリー・パーチについてお話しいただきます。独自の音律(43微分音階)による楽曲と、それを演奏するための創作楽器で知られるパーチとの出会いとは。(丸黄うりほ)
ハリー・パーチ研究のきっかけは「そこに楽器があったから」
——柿沼先生が、アメリカ実験音楽・現代音楽のなかでも、特にハリー・パーチの研究に力を注がれることになったきっかけは何だったのでしょうか?
柿沼敏江さん(以下、柿沼) アメリカのサンディエゴで私が留学していた当時、ハリー・パーチのオリジナル楽器は全部サンディエゴにあったんです。私が留学した大学ではなく、サンディエゴ州立大学に全部あったんです。それで、私の大学の指導教員に相談しました「私はアメリカ実験音楽の研究がしたい。パーチをやりたいです」と。
そしたら、「いや、パーチはやめた方がいいよ。ジョン・ケージかチャールズ・アイヴズにしなさい」って言われたんです。彼らにとってハリー・パーチはあまりに身近な存在すぎて、研究対象にするような作曲家ではないと思っていたみたいで。「ハリー・パーチはそんなに有名じゃないし、もう亡くなっていてね。今はまだ楽器はあるけれども、楽器がなくなったら演奏もできなくなっちゃうし、そのうち忘れられる作曲家だから。あなたのためを思って言うけれど、ケージにした方がいいよ」って言われました。

ハリー・パーチ 1964年(撮影者不明)Courtesy of the Harry Partch Estate. Jonathan Szanto, Archivist and Curator.
——先生が留学されていたのは、カリフォルニア大学サンディエゴ校の音楽学部でしたね。そこでハリー・パーチ研究で博士号を取得されるわけですが、最初は反対されたんですね?
柿沼 ええ。「じゃあ、ちょっと考えます」って一週間考えて。一週間後に「私やっぱりパーチやりたいです」と言いました。ジョン・ケージは、日本でもすごく有名だったし、論文も書かれていたので、今さら私が研究しても…という気持ちもありました。
「パーチは知られてない。もうじき忘れられてしまって、楽器も壊れてしまうんであれば、私が今のうちに調査して、ちゃんと記録しておいた方がいいんじゃないですか?」なんて生意気なことを言ったら、「ああ、そうですか。じゃあいいでしょう」って、許してくれました。それで、パーチのお弟子さんがサンディエゴ州立大学にいらっしゃったので、「その先生を紹介してあげよう」ということになり、会いに行ったんです。
——パーチにお弟子さんがいたんですか?
柿沼 はい。実際には弟子というより、パーチの右腕となって活動していたダンリー・ミッチェルさんという打楽器奏者で、サンディエゴ州立大学の教授でした。楽器は全部大学にあったので、通って楽器の奏法を習ったり、説明を聞いたり、資料を見せていただいたりしました。

サンディエゴ州立大学のパーチの楽器の部屋での練習風景。ハーモニック・カノンを演奏するダンリー・ミッチェル(撮影:柿沼敏江)

パーチ・アンサンブルのメンバーによる練習風景。サンディエゴ州立大学のパーチの楽器の部屋で(撮影:柿沼敏江)
——指導の先生からやめた方がいいよと言われたのに、ハリー・パーチの研究をすることに決められたのは、柿沼先生がパーチの音楽や楽器に心惹かれるものがあったからですよね?
柿沼 そこに楽器があるのに、そのお宝を、何も手をつけずに黙って見ているのはもったいないじゃないですか。
パーチのことは本当に研究されていなかったし、日本でも知られてない。それから、これは今になって思うことですが、やはり70年大阪万博の鉄鋼館でバシェの音響彫刻を見たことが影響していると思います。創作楽器という今までにないタイプの楽器があることを私は万博で知ったわけですが、そのことが心に残っていて、新しい楽器を研究することに対して、非常に前向きになれたんじゃないかと。ですから、音楽が魅力的というよりも、創作楽器に惹かれたところが大きいように思います。バシェの楽器は全部金属ですが、パーチの楽器は木で出来ています。ひょうたんも竹も使っています。パーチは日本のことがすごく好きで、竹は日本産の孟宗竹も使っていました。
——日本が好きだったんですね。
柿沼 日本の能や歌舞伎にとても興味を持っていて、日本に行きたいからと助成金の申請までしていました。ただ第二次世界大戦が始まったので、来られなかったようなんです。
——先生がサンディエゴでパーチの楽器をご覧になった時は、全部が揃っていたんですか?
柿沼 はい、ほとんど。もう壊れて音が出なくなっていた楽器もありましたけれど。
——パーチは何種類ぐらいの楽器を作ってるんですか?
柿沼 使った楽器は 82種類です。壊れてしまった楽器や、他の人が作った楽器や、民族楽器、西洋楽器も含めて、使った楽器の数ですが。そのうち、自分で作った楽器が46種類ありました。
パーチが独自の音階による創作楽器を作ったのは「声」を生かすため
——音楽家がわざわざ新しい楽器を作るということは、既成の楽器と違う音を出す必要があって、その楽器を作るのだと思います。ハリー・パーチは、手間をかけて何種類もの楽器を作った。自分の音楽のために、そこから手がけたのですね。
柿沼 パーチも最初はクラシックを学んでいたんですよ。南カリフォルニア大学のピアノ科に入学して、コンサートピアニストを目指して、ロサンゼルスでも結構有名な先生についていたみたいですけど、一方で、どうも違うなと思っていたようです。それで大学を辞めちゃうんですね。その後、図書館で働いていたとき、図書館にある資料を調べながら、平均律ではない音律があることを知って、古代ギリシャの音律の研究に向かっていくんです。助成金を申請してイギリスに留学しました。
そのころ、いろんな音律を出せるように自分でギターを改造したりしていたようですが、どうもうまくいかない。イギリスで、古代ギリシャの楽器や音律を研究している人に会いに行き、レプリカの楽器を見せてもらって、最初に、ギリシャのキタラという楽器を作りました。

壺に描かれたキタラ(紀元前520年頃)Vulci Museum
ほかにも、古代ギリシャの悲劇にも興味を持っていたので、アイルランドの詩人、ウィリアム・バトラー・イェイツにも会いに行って、『エディプス王』という作品の構想を練りました。
そんなふうにイギリスやアイルランドなどで調査や研究を進めて、アメリカに戻ってきたら、大恐慌で仕事がない状態だったんです。それで定職につけずにホーボーになった……。だから、ホーボー作曲家などと言われているわけですけど。
——帰ってきたら、アメリカが大恐慌だったと。1929年ですよね。
柿沼 パーチは1933年にカーネギー・コーポレーションの助成金を得てイギリスに渡り、翌1934年に帰ってきましたが、1929年の大恐慌の影響がさらに広がっていたため仕事がなく、ホーボーたちの群れの中に入っていざるを得なかったということでしょう。
——ホーボーというのは、鉄道に無賃乗車をしたり、追い立てられたりしながらも、アメリカ中を渡り歩いて仕事をしていた移動労働者だそうですね。パーチは、そんな恵まれない時代にも楽器を作っていたのですか?
柿沼 その時代は、楽器作りではなく、ホーボーをしながらホーボー仲間がしゃべっている声に興味を持って、それを書き留めてるんです。
——声ですか。
柿沼 そう。アメリカ英語独特の発音があって、例えば「Good morning」と言ったらアクセントやイントネーションがカーブのように入るので、それが特徴だと気がついて。パーチはそれをメロディとして書き留めているんです。人の言葉を微分音の音律で、音楽に生かしていこう、そのためには楽器が必要だということで、平均律ではなく純正律の楽器を作るということになっていくわけです。
——古代ギリシャの音律とは別の、パーチ独自の音律がそこから出てくるわけですか?
柿沼 パーチの音律は古代ギリシャの音律にも関係があるのですが、それをさらに発展させて独自の音律を考案するに至るのです。最初から決まっていたわけではなく、いろいろ試行錯誤を重ねて1オクターブ43音の純正律の音階を確立することになります。
平均律では音階は等分になっていて、1オクターブを機械的に12に分けているわけですから、自然の音律には適っていません。ですから、それで歌えと言っても、うまく歌えないわけです。これは歌う人が一番よく知っています。アカペラの合唱が美しく響くというのは、純正律で響くからきれいに響くわけです。
パーチは声を大事にして、音楽の基本は声だという考え方を持っていたので、そのために楽器が必要だったというわけです。
木や竹、ひょうたんを使って作られたパーチの楽器
——それにしても、パーチはたくさんの楽器を作りましたよね。
柿沼 そうなんです。そして、やっぱりその素材として、金属より木、竹が好きだったんですよね。
——パーチはなぜ木や竹、ひょうたんを使ったんでしょうか?
柿沼 好みだと思いますよ。ルー・ハリソンはパーチと仲が良くて、同じように純正律を使って作曲をしましたが、彼はインドネシアのガムランに惹かれて、金属で楽器を作りました。それも好みでしょうね、なぜと聞かれても、私もよくわかりません。
——そのことについてパーチは何も言っていないんですか?
柿沼 あまりはっきりしたことは言っていないですね。ハープを作ったらどうか、と誰かが言ったら、「いや、僕はハープは嫌いだ」と言ったという話がありますが、最初に作ったキタラはハープのような楽器です。その辺の好みというのはよく分かりません。金属もまったく使っていないわけではありませんが、多くは木と竹ですね。木や竹の弾けるような音が好きだったのでしょう。どんな楽器があるかは、ハリー・パーチのホームページに詳しいです。
——ハリー・パーチのホームページを見ると、「His Instruments」という項目にたくさんの楽器の写真と解説が上がっていますね。どれも、まるで彫刻のような、とても魅力的な形をしています。ここには26種類が上がっていて、さきほど先生が教えてくださった46種類には足らない。なので、パーチの楽器の全部が揃っているのではないと思いますが、代表的なものは上がっていると考えていいのでしょうか。クロメロディオン、ブローボーイ、アダプテッド・ヴィオラ、アダプテッド・ギター、キタラ、ハーモニック・カノン、コト、クライコード、ダイヤモンド・マリンバ、クアドランギュラリス・リベルスム、ベース・マリンバ、マリンバ・エロイカ、バンブー・マリンバ(ブー)I, II、クラウドチェンバー・ボウルズ、スポイルズ・オブ・ウォー、マツダ・マリンバ、ザイモジル、ユーカル・ブロッサム、ゴードツリー&コーン・ゴング……。
柿沼 そうですね。たとえば、この写真がパーチのキタラです。普通のギリシャのキタラは小さい楽器なんですが、これはすごく大きい。しかもね、弦がタテに張ってあるんです。お琴の爪みたいなのをつけて音を鳴らすんですが、弾くのはとても難しい。

ハリー・パーチ制作のキタラI(撮影:柿沼敏江)

ハリー・パーチ制作の 新キタラⅠ(撮影:柿沼敏江)
パーチの代表的な楽器の一つに、ダイヤモンド・マリンバがありますが、これはすごくいい音がします。ペルナンブコという南米産の木を使った鍵盤が、ダイヤモンド型に並べられています。これが全部純正律の43音音階で並んでいます。面白いのは、並んでいる鍵盤を斜め方向に演奏していくと、純正律で響く和音ができるんです。

ハリー・パーチのダイヤモンド・マリンバ(撮影:柿沼敏江)
——面白いですね。鍵盤の下の共鳴部分は竹でできているんですね。
柿沼 これもこだわって作っています。ペルナンブコの木と竹のカップリングが大事で、鍵盤の木がよく響く、共鳴筒の竹の長さがあるわけです。ピッチに合わせた長さにしないとうまく響かないので、そういうことも調整して、竹の長さは決められています。ほかに、ベース・マリンバという、もっと大きな楽器もあります。台の上に人間が乗って叩くマリンバです。
——台に乗って叩く?大きい楽器なんですね!
柿沼 そう。左右に機敏に動きながら演奏するんです。これは全部木で、一つの鍵盤が幅15cmくらい、長さは長いもので130cmくらい。下に付けられている共鳴筒は一番長いものは高さ130cmくらいあります。

ベース・マリンバ。後ろの台に乗って演奏する(撮影:柿沼敏江)

ベース・マリンバの鍵盤。分数で音律が記されている(撮影:柿沼敏江)
——全体だとワンルームマンションの一室くらいはありそうですね。
柿沼 持ち運びが大変だから、日本にはとても呼べない。サンディエゴの学校には、卒業生でもあるパーチのお弟子さんが作った、この楽器のレプリカがあって、教室の片隅に置かれていました。
——私は今までにハリー・パーチの楽器の実物を見たことがありません。現代音楽のコンサートに行っても、たいていは普通の楽器の演奏しか聴けなくて、たとえばルー・ハリソンの曲はコンサートで聴いたことがありますが、ハリー・パーチの曲は日本で演奏される機会がない。レコードやCDでしか聴くことができません。
柿沼 楽器の問題があるので、日本で演奏を直接聴くのは難しいですね。一度、呼ぼうとしたんですけど、うまくいかなくて、結局ダメになっちゃったんです。
——楽器を全部揃えて演奏しないといけないものなんでしょうか?
柿沼 小編成の曲もありますし、ギターだけの曲もあります。イギリスにギターだけで演奏している人がいて、5年ほど前ですが、日本でレクチャーやコンサートを開きました。
——あっ、今思い出しました。私も京都で、柿沼先生のナビゲーションでコンサートを聴きました。クリス・レニエさんという方ですね。
柿沼 そうです。でも、本格的なコンサートとなると、楽器を移動するのが難しい。私もニューヨークまで聴きに行ったことがありますが……。
——ベース・マリンバの大きさですと、アメリカ国内であっても移動が大変ですよね。
柿沼 だから、あちこちでレプリカが作られるようになったんです。ドイツでも作っています。ケルンの「アンサンブル・ムジークファブリーク」は、そのレプリカでワールドツアーを行い、ニューヨークでも公演しました。(Ansemble Musikbabrikサイト>パーチの楽器の過去記事へ)

Ansemble MusikbabrikのCDハリー・パーチ《怒りの妄想》。Cover of the CD released by Wergo using a photo by Wonge Bergmann
——日本でも独自にレプリカを作るしかないんでしょうか。木や竹などの素材はあります。
柿沼 そうですね。日本で演るなら、運ぶより作った方が早いって言われますね。
——作る……。そういえば、パーチの楽器には、ひょうたんでできた楽器もありますよね?
柿沼 はい、集めてみました。パーチのひょうたん楽器、たくさんありますよ!
*続く



