アカデミア美術館の螺旋階段(2001年撮影, ヴェネツィア)

「ヴェネツィア・アカデミア美術館の螺旋階段」

文・写真・図 下坂浩和

今回ご紹介するアカデミア美術館の螺旋階段は、ひとめ見て「これはうつくしい階段だ!」と思った階段です。前回のパーリャ橋の階段と同じ2001年のヴェネツィアでのことです。この美術館を見に行ったのは、「うつくしい階段6」で取り上げた建築家カルロ・スカルパが内装改修に関わったと作品リストに載っていたからでした。ただ、主要作品ではなくスカルパ作品としての写真もほとんど公表されていないので、行ってみてもどの部分の改修に関わったのか、はっきりとはわかりません。そんなスカルパ探しの途中で偶然この階段を見つけて、ヴェネツィアの建築ガイドブックに写真が載っていた階段だ、と気づいて調べなおしたら、アンドレア・パラーディオ(1508-1580年)の設計だったのです。

パラーディオは後期ルネサンスを代表する建築家で、1530年代〜1570年代にヴェネツィアを含む北イタリアのヴェネト地方で活躍しました。彼は、後にパラーディオ様式と呼ばれるスタイル――正面が左右対称で4本または6本の列柱上に三角破風をいただく外観が特徴――を確立し、その後の西洋建築に大きな影響を与えました。それは、建築史家のジェームス・アッカーマン(1919-2016年)が、『パッラーディオの建築』(原題 “Palladio” 1976年改訂版)の中で、「史上、彼はもっとも模倣された建築家であり、英米の建築術の発展に及ぼした彼の影響の大きさは、ルネサンスの全建築家が束になってかかってもかなわないほどである。(中森義宗訳)」と記しているくらいです。サンマルコ広場から海を隔てた向かい側に建っているサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会は彼が設計した代表作ですが、ヴェネツィアの代表的な風景のひとつなので、見覚えのある方も多いと思います。

ところで現在のアカデミア美術館の建物は、もとはカリタ修道院として1561年に建設が開始されました。1596年に隣接地との敷地境界に関する紛争が原因で工事が中止され、しかも1630年の火災でそれまでに出来上がっていた部分も一部崩壊してしまいました。それでもこの階段がパラーディオの設計によるもの、とされているのは、彼が記した『建築四書』という建築図面集に描かれているからです。

また、ドイツの文豪ゲーテがこの図面集を見ていて、実際にカリタ修道院を訪れた際に、「実際でき上っているのはほんの十分の一もないくらいだけれども、これまで見たこともないような設計の完全さと工事の正確さとを示していた。(相良守峯訳)」と『イタリア紀行』の中で絶賛しています。

アカデミア美術館の螺旋階段(2001年撮影, ヴェネツィア)

この階段は、決して豪華絢爛というわけではなく、どちらかといえばシンプルなものですが、私がこの階段がうつくしいと思ったのには理由があります。古代ローマの建築家ウィトルウィウスは建築の三要素は「強・用・美」と唱えていて、これはそのまま階段の三要素といってよいと思うのですが、アカデミア美術館の螺旋階段の場合、まず「強」(構造)が秀逸です。

この段板は石を切り出してつくられたもので、石造というのは基本的に積み上げてつくる組積造ですが、この螺旋階段には中心に心棒がなく、下の段の端が上の段に接してはいますが、この部分で支えられているようには見えません。石の段板がまわりの壁の中に差し込まれて支えられているのです。何センチくらい差し込まれているのかは見えないのでわかりませんが、段板が落ちないように壁の重みで押さえているのです。現在のように構造計算が確立される以前のものなので、経験と実験にもとづいてつくられたのでしょう。壁をつくる時に、途中に段板を挟みながらレンガを積み上げたと思われますが、周到に計画された工事だったに違いありません。

次は「用」(機能)ですが、この階段は見るからに緩やかで上り下りしやすそうです。ただし、現在は一般来館者の通行が認められていなくて、私も上り下りしたことはありません。そして「美」に関しては、細い手すりの滑らかな曲線や東向きの窓の配置などがその要素になっていて、この螺旋階段は三要素が揃った素晴らしい階段といえるのです。

2001年に訪れた際には、2階の廊下側の扉が開いていたので美術館のスタッフが上り下りするのを見ることはできましたが、ロープの結界があったので、中には入れませんでした。しかもこの時はスカルパ探しに熱中していたせいで、じっくり時間をかけて見ることができなくて、その後ヴェネツィアに行くたびにもう一度見てみたい、とアカデミア美術館を再訪しているのですが、何度行っても階段室の扉は閉ざされて、見られない状態が続いていました。

それが、コロナ禍の移動制限が緩和された2022年9月、やっと再見することができました。久しぶりのヨーロッパ訪問の時期にちょうど、ガラス作家三嶋りつ惠さんの個展がアカデミア美術館で開催されており、螺旋階段とその隣のパラーディオ設計の応接室が展示に使われていたのです。階段の中心に吊るされた三嶋さんの作品も素晴らしく、おまけに1階では階段室の中に入ることもできて、開館直後に他の観客が来る前に寸法を実測することもできました。

アカデミア美術館の応接室,  2022年撮影

アカデミア美術館の螺旋階段,  2022年撮影

アカデミア美術館の螺旋階段,  2022年撮影(以上3枚いずれも三嶋りつ惠個展「RITSUE MISHIMA ‒ GLASS WORKS」)

下から見上げると、下の方の段板は裏面が粗野な仕上げのままなのに気づきます。最初は下の方は段の内側に沿って壁で塞がれていたのでしょうか。また、一番下の5段分は石の段板の上に新しそうな木の階段を載せて嵩上げしてあります。これはパラーディオの時代よりも高くなった外の廊下の床の高さと出入り口の高さを揃えるためのようです。

この螺旋階段は蹴上寸法が145ミリで1周26段、2周して2階に上がるのですが、実はこの螺旋は円形ではなく楕円形なのです。それが本にも書いてあることは後で知りましたが、最初に見たときには気づかないくらいでした。実際に測ってみると長軸が外径5.5メートル、内径2.6メートルで、短軸が外径4.5メートル、内径1.6メートルの楕円形です。

アカデミア美術館の階段詳細

真円の螺旋階段ならば踏み板はどれも同じ形で作ることができますが、楕円の場合は、少しずつ異なる形の踏み板を用意しなければなりません。何故そんな手間のかかることをしたのか、理解できずにいたのですが、改めて観察して謎が解けました。

螺旋階段は半径が小さく曲率が大きいと、内側の踏面寸法が小さくなり、また、内側と外側の踏面の寸法差が大きくなるため、内回りと外回りとで上り下りのしやすさが違ってしまいます。逆に半径が大きく曲率が小さいほど、内側と外側の差が少なく、どちらを通っても上り下りしやすい階段をつくることができます。螺旋形状を楕円にして、曲率の小さい部分を段々にして、大きい部分を踊り場にすれば、螺旋全体の半径を大きくしなくても上り下りしやすい螺旋階段がつくれるというわけです。

アカデミア美術館の螺旋階段, 2022年撮影(三嶋りつ惠個展「RITSUE MISHIMA ‒ GLASS WORKS」準備中)

アカデミア美術館の螺旋階段は、廊下側の入り口が楕円の片側の先端にあって、逆側は外光の入る窓が開いています。どちら側もおよそ2段分の広さの踊り場になっていますが、この寸法もこの階段がうつくしく見える要因になっています。踊り場としてはやや小さめですが、これ以上大きな踊り場だと螺旋状の手すりの曲線が水平部分で不連続になってしまうからです。初めて見たときには踊り場の存在に気づかなかったくらい巧妙にデザインされています。

先の『建築四書』には「階段と、そのさまざまな形式について、また、段の数および寸法について」の章があり、円形階段、楕円形階段、正方形階段を比較した図版が描かれていて、「楕円形階段は、ひじょうに優雅で、見た目も美しい。(中略)私は、ヴェネツィアのカリター修道院で、中央部の空いた階段をつくったが、これは驚くほど具合よくできている。(桐敷真次郎訳)」との記載があります。この小さな階段はパラーディオの存命中にできあがっていて、自信作であったことがうかがえます。

400年以上前に、上り下りのしやすさと見た目のうつくしさを兼ね備えた階段が組積造の技術を駆使してつくられて、それを現代でも同じようにうつくしいと感じることができることに改めて驚き、ルネサンス建築の偉大さを再認識しました。

(2024年1月23日)

  • 下坂浩和(建築家・日建設計) 1965年大阪生まれ。1990年ワシントン大学留学の後、1991年神戸大学大学院修了と同時に日建設計に入社。担当した主な建物は「W 大阪」(2020年)、「六甲中学校・高等学校本館」(2013年)、「龍谷ミュージアム」(2010年)、「宇治市源氏物語ミュージアム」(1998年)ほか。