ロココでなくともロリータである

文・嶽本野ばら

ヴィクトリアンメイデンが新しいデザイナーを迎え、6月15日より再スタート。今、ロリータ界はこの話題で持ち切りです。

ヴィクトリアンメイデンは、1999年に中村真理(現在は、ジュリエットエジェスティーヌとして活動)が立ち上げたロリータ系メゾン。ゴブラン織りなど豪華な生地を使うことも多く、97年にアトリエをオープンさせた加藤訓仁子のメタモルフォーゼタンドゥフィーユなどと共に、関西発信のロリータブランドとして、シーンを盛り上げてきました。黒尽くめのいわゆるゴシックロリータとは異なり、クラシカルでエレガントなラインを設立当初より発表していましたが、一躍、世間の注目を浴びたのは、バンパイアが眠っていそうな漆黒の棺——木製で人が入れる本格的なもの——を受注生産ながら拵えた時。中村真理は「家具です」と当時、言い張っていましたが、明らかに棺以外の何物でもありませんでした(笑)。

映画『クリスマス・キャロル』に登場しそうなシルクハットをリリースしたりもしましたので、ヴィクトリアンメイデンをゴシックロリータと定義する方もおられるでしょう。しかし飽くまでその名が示す通り、ヴィクトリアンメイデンは、英国のヴィクトリア朝の文化をインスピレーションの源とし、それをロリータに取り入れたメゾンでした。そういえば僕は中村真理から、前輪が異常に大きくて後輪が小さい自転車を手に入れるにはどうすればいいか?と訊ねられたことがある。ペニーファージング。これもヴィクトリア朝に出現し流行したアイテムです。早い段階で中村が去り、彼女が作ったイメージを踏襲する形でヴィクトリアンメイデンは、後にメアリーマグダレンのデザイナーとなる田中利絵子を迎えるなどして継続しますが、2018年、一旦、閉鎖を発表。結局、なくなることはなかったのですが、25周年なこともあり、今回、大胆なリニューアルを試みることにしたみたいです。

ヴィクトリア朝時代の乙女のように優美と神秘 孤高のまなざしに秘められた情熱——Victorian maidenのwebサイトのコンセプトページの為にayumi.が描き下ろした薔薇の天秤

ヴィクトリア朝時代の乙女のように優美と神秘 孤高のまなざしに秘められた情熱——Victorian maidenのwebサイトのコンセプトページの為にayumi.が描き下ろした薔薇の天秤

新デザイナーはこの業界で多くのキャリアを積んできたayumi.さん。かなりの実力派です。これを聴いた時、ヴィクトリアンメイデン、勝負に出たか!と思いました。2015年、マルタンマルジェラがジョン・ガリアーノをクリエイティブディレクターに抜擢、2021年、プラダがラフ・シモンズを迎えたような衝撃。ディオールを再生させ、引退、後に古巣のサンローランでデザイナーに復帰、現在はセリーヌを指揮するエディ・スリマンが、セリーヌのロゴを変更し、2019年ssで初コレクションを披露した時は、賛否両論、往年のセリーヌの顧客からは「こんなのセリーヌじゃない!」とかなりバッシングを受けたそうですが、変化を求めセリーヌはエディを起用した訳ですし、新生セリーヌが嫌なら、着なきゃいいだけのことですよね。

ayumi.に拠るVictorian maidenのスタイル画の一葉。こんなものを入手出来たのは、『お姫様と名建築』のイラストレーターとして一緒に仕事をしたからです

ayumi.に拠るVictorian maidenのスタイル画の一葉。こんなものを入手出来たのは、『お姫様と名建築』のイラストレーターとして一緒に仕事をしたからです

恐らくayumi.さんのヴィクトリアンメイデンは、中村真理のものとも田中利絵子のものとも異なるものとなるでしょう。とはいえ、もうギャルはいないし、ユニクロに対抗出来る幅広い層に向けたブランドに方向転換しようと再生したセシルマクビーのようにならないのも確実です。伝統を重んじるが故に今までと同じことは繰り返さない——老舗メゾンに抜擢されるデザイナー達は必ずいいます。シャネルを再生させたカール・ラガーフェルドですら、こういっている。「ゲーテの言葉のように、シャネルのスタイルを進化させたかったのです」。

ロリータに就いて多く著述することから、僕はその精神を説く作家と崇められることもありますが、逆にアイツのロリータ論、ウザい、何様? 嫌悪されることもある。でもそれでいいのです。別に僕がロリータを作ったのではないのですもの。只、自身もロリータだから、自らのロリータ道を語っているだけ。全く相容れぬロリータ道を貫き、ロリータをしている人を非難する気は毛頭ないし、間違っていると喧嘩をふっかけるつもりもありません。

ロココブーケティアロングドレスの為のスタイル画を特別に公開。 このシリーズはリニューアル前のVICTORIAN MAIDENの人気作。 ayumi.が復活させるドレスの仕上がりはファンならずとも注目だろう

ロココブーケロングドレスの為のスタイル画を特別に公開。
このシリーズはリニューアル前のVICTORIAN MAIDENの人気作。
ayumi.が復活させるドレスの仕上がりはファンならずとも注目だろう

大体、ロリータはロココな精神を持たねばならぬ——というのも、僕の意見ではなく、『下妻物語』に出てくる桃子の意見なのですよ。だって、ロココがロリータの必要条件なら、ヴィクトリア朝を根幹に持つヴィクトリアンメイデンはロリータに非ず——僕はこのメゾンを否定せねばいけない。

ロリータの正解の流儀はどれかではなく、自分にとっての正しいロリータを考えることが、ロリータ道を極めることなのでしょう。大袈裟と失笑されるかもしれませんが、何となく買って何となく着られるものではないのがロリータ。ブルージーンズは、ま、これなら何処に行くにも無難だしと穿けますが、頭、ボサボサだし、被っておけば、ま、いいか——と、被れるボンネットなぞ存在しない。

ロリーナリボンワンピース。シフォンを贅沢に使った新生Victorian maidenのエレガントなラインには、既存のロリータというスタイルを進化させようとする気概が感じられる

ロリーナリボンワンピース。シフォンを贅沢に使った新生Victorian maidenのエレガントなラインには、既存のロリータというスタイルを進化させようとする気概が感じられる

本物の神様を定める議論ではなく、どうすれば自分は神様に対し堂々としていられるかが大事なのと同じです。しかし、『不思議の国のアリス』をモチーフにした新生ヴィクトリアンメイデンの蒼いロリーナリボンワンピース、フリルは控えめだけど可愛いなぁ。これ、ayumi.さんが就任する前から制作が進行していたアイテムだったのですが、よりアリス感を出す為に微調整、シルエットも多少大人びた印象だからアリスの姉という設定に変更、だからロリーナらしい。「ドジソンの言葉のように、アリスのスタイルを進化させたかったのです」——とayumi.さんがいったか否かはさておき、アリスなくしてロリータは非ず。これだけは真理ですね。

(22/06/2022)

【Victorian maiden】

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