メタバーキンってどうよ?

文・嶽本野ばら

1月14日、様々な素材や柄にカスタムしたデジタル上のバーキンの二次創作(?)をしネットで発表、商売をしているアーティストがいて、止めて欲しいと申し出たが「否、芸術なので私的所有権の侵害ではない」と言い張るので仕方なく、商標権侵害を理由に、エルメスが提訴したというニュースが入ってきました。

訴えられたのはメイソン・ロスチャイルドなるアーティスト。報じられるまで彼の作品を知りませんでしたので、これがアートの範囲か否かを述べることはしませんが、彼がそれをメタバーキンズ(MetaBirkins)と名付けたことには多少の胡散臭さを感じます。

権威への挑発なら、メタエルメスの方が解り良いでしょうし、サンプリングアートの可能性を追求する狙いがあるとしたら、『これはパイプではない(Ceci n’est pas une pipe』のルネ・マグリットを模し『これはバーキンではない(Ceci n’est pas une Birkin)』にした方が洒落ている。どうやら彼は「ウォーホルだってキャンベルスープをシルクスクリーンにしたじゃないか。だから同じだよ」と反論しているそうですが、僕としてはこの主張が最も引っ掛かります。前衛を標榜する者が「~さんもやってたから」と言い訳してどうする? 芸術家としての気概が不足しているのではないでしょうか。

かつて『それいぬ』でエルメスは悪趣味と悪口を書いた手前、僕はエルメスに近付かないことにしています。でも、つい、エルメスを所有してしまったのですよ、鞄やスカーフではなくアスコットタイですけどね。最近の僕のブームはアスコットタイをリボン結び(ラヴァリエール)することです。一見、昭和の芸人みたいになりますが、基本、僕は正装が好きなのです。だから蝶ネクタイも好き。大抵のメゾンは、普段、蝶ネクタイをする人なぞ稀、結び方を知らないからと既に蝶タイの形になっていてホックなどで着脱するものしか出さない。エディ・スリアマンにしろディオールオムの頃から蝶ネクタイを多数、出してきましたが、手結びのものはないのですよね。子供じゃあるまいしタイって自分で結ぶから素敵なんですよ。エルメスは未だ手結びの蝶タイやアスコットタイを廃さない稀有なメゾンです。

HERMESのアスコットタイをする筆者 PHOT by KYO NAKAMURA

HERMÈSのアスコットタイをする筆者=2021年秋、ギャラリーマロニエ(京都・河原町)で開催された「中村趫展 幻の50年」で=PHOT by KYO NAKAMURA

特に白のアスコットタイなんて、コスプレ商品紛いのいい加減なものばかり。きちんとしたものを探すとエルメスくらいしか出てこない。僕が見付けたのはマルジェラがデザイナーだった時期のものでした。エルメスだけどマルジェラだから赦そう、こうして僕はエルメスに手を染めてしまった。

エルメスは1997年にいきなし、まだ新進であったマルタン・マルジェラをプレタポルテのデザイナーとして抜擢、彼がモード界から身をひく2003年まで起用しました。しかし、何処まで関わっていたのでしょうね? 想像するに多少、アイデアを出すくらいしかしていなかったんじゃないでしょうか?

HERMÈSの歴史をマンガで描いた竹宮惠子の「エルメスの道」

HERMÈSの歴史をマンガで描いた竹宮惠子の「エルメスの道」。HERMESの公式な唯一の社史といわれている。

だってエルメスは本当のセレブを顧客に持つ、オーダーメイドが主軸のメゾン。庶民の気を惹く必要を持たない。1837年に馬具メーカーとして貴族や王様の御用達になり、皆が車に乗る時代になったので馬具の受注が減り、仕方ないので余興で製作、王様達から狐狩りとかやる時に巻いてるとカッコいいと人気だった蹄鉄柄のスカーフに力を入れてみることにした。革加工の技術を活かそうと鞄も作ってみたら、思ったより人気がでてしまった。一番最初のバッグ、1892年発売のオータクロアは、鞍を保管しておく為に作った袋をリメイクしたもの。何処までいってもエルメスは、馬具メーカーとしての姿勢を崩さない。というか隙あらば馬具に回帰しようとする。今でも馬具の注文、受け付けておられます。馬具メーカーだから、白いアスコットタイも当たり前のように作る。

従い、モードへの関心は薄いのです。マルジェラを起用したのは、どうせお洋服をやるなら、変なデザイナーを雇うのが面白いんじゃね?という判断、週に2回くらい来て一寸会議に出ればいい、殆どうちの職人がやるんで……と頼んだのではと邪推します。後を継いだゴルチェも1989年からメンズを担当するヴェロニク・ニシャニアンもそんな程度のことしかしてない気がする。深く関わろうとすれば「君、鞍は作れる?」と黙らされる。LVMH傘下への誘いも断りあくまで同族経営を貫くエルメス。東西問わずいい仕事をする職人は頑固が信条なのでしょう。

ジェーン・バーキンから今の時代、動物の革を使うなど野蛮、バーキンから私の名前を外して!と怒られても無視したエルメス。私達は馬具メーカー。馬の耳に念仏――と言ったとか言わないとか。ロスチャイルドも鞍の二次創作だったら訴えられなかっただろうに。マルジェラが辞めたのは案外、馬具の魅力に取り憑かれたからだったりして。鍛冶屋として一人前になったら認めると告げられ、マルジェラが懸命に蹄鉄を打つ姿――うー、克己的な、余りに克己的な……。心意気に胸を打たれます。頑張れ、マルジェラ!

(2/21/2022)

中村趫写真展 Kyo Nakamura Photographs『写真遊戯』京都・神楽岡 午睡書架にて3月27日まで開催中。