【インタビュー】内橋和久 ギタリスト、ダクソフォン奏者 その4/6

11月にアルバム『Singing Daxophone』を発表した、ギタリスト/ダクソフォン奏者の内橋和久さん。内橋さんは、現在ベルリンと東京に拠点をおき、世界的な演奏活動をされています。そんな内橋さんにぜひ聞いてみたかったのが、ダクソフォンの「世界事情」。ドイツ人のハンス・ライヒェル氏が作り上げたこの楽器の、さまざまな国での受け入れられ方、認知度、演奏家、後継者、教育などはどんな状況なのでしょうか。(丸黄うりほ)

「花形文化通信」事務所近くで(2021年11月3日)

ダクソフォン演奏家はカナダ、アメリカ、フランスにもいます

——内橋さんはベルリンと東京に拠点を持たれ、ダクソフォン奏者として、またギタリストとして、世界中のミュージシャンとともに演奏活動をされています。ということで、ぜひ世界のダクソフォン事情をうかがいたいと思っていました。たとえば、ライヒェルさんの祖国のドイツに、内橋さんのようなダクソフォン演奏家は、どのくらいいらっしゃるんですか?

内橋和久さん(以下、内橋) 最近はベルリンにも何人かいます。みんな、楽器は自分でそれぞれ勝手に作っているんですよ。

——ドイツ以外の、ほかの国にも演奏家はいらっしゃいますか?

内橋 カナダには僕より先に始めてた人がいます。ダクソフォンをやっているのは、だいたいギタリストの友人ばかりなんですけど、この人もギタリストで、ルネ・ルシエ René Lussierっていうモントリオールの人。フレッド・フリスのギターカルテットのメンバーなんだけど、彼はだいたい90年くらいから演奏しているんですよ。彼のことは、巻上公一さんが3年くらい前に「JAZZ ARTせんがわ」にも呼んでましたね。

あと、フレッド・フリスのギターカルテットの、マーク・スチュワートMark Stewartもやってますね。Mark Stewartはアメリカ人で、ニューヨーク在住です。

ドイツのヴッパータールにも演奏家が1人います。ライヒェルは昔、ダクソフォンカルテットっていうのをやっていたんですけど、そのメンバーですね。

——カルテットということは……。

内橋 ダクソフォン4人。アンサンブルでやってた。

——聴いてみたい!ダクソフォンが4台とは、見た目にもすごく面白いコンサートでしょうね。

内橋 あとフランスにもいますね。アレキサンドル・マイヤーAlexandre Meyerっていう人です。いま名前を挙げた人たちは、ライヒェルの作ったのをもっている人たちで。それは、そんなにいないですよ。たぶん6、7人です。

——ええっ、世界中で6、7人ですか?

内橋 いや、僕が知らないとこでいるのかもしれんけど。ライヒェルが誰に譲ったとか売ったとかって話は、僕も全部は聞かされてないので。彼が作ったダクソフォンの一台を僕が譲り受けたのは、ちょうど彼がヴッパータールでクロノス・カルテットとコンサートやったときでね。面白そうだからって言って、クロノス・カルテットの4人に、いきなりあれを持たせて弾かせてみたんです。

——いいですね!(笑)

内橋 クロノス・カルテットに弾かせるために4台作って。そして、それが終わったあとに、僕のところに一台やってきた。

——クロノス・カルテットがダクソフォンを弾いてみたら……

内橋 上手やったで、ってライヒェルは言ってたけど。

——そうでしょうね、弓をちゃんと使える人たちですから(笑)

内橋 その演奏聴いてみたいけどね(笑)

——聴きたいですよね!クロノス・カルテットのダクソフォンコンサートがもしあったら、アルバムがもしあったら、と想像するだけで楽しい。でも、世界中に演奏家は、そんなにいっぱいはいらっしゃらないんですね。

内橋 あとは自分で作っている若い子たちがたくさんいますよ。

——それはやはりドイツの人……

内橋 いや、アメリカ人が多いですね。アメリカ人の何人かは知っています。一人はダニエル・フィシュキンDaniel Fishkinっていって、フィラデルフィアの人だけど、彼はライヒェルのところにきて、いちから作り方を教わったんです。彼はそのときのレポートもちゃんとウェブにのせました。わざわざヴッパータールまできて、ライヒェルと話をしながら自分のダクソフォンを作ったんだけど、彼のダクソフォンはダブルネックで、タングを2本差せるんです(笑)

——へえ、そうなんですか!

内橋 見た目もぜんぜん違っていて、でっかい箱なんです。彼の独自のスタイル。

——ダクソフォンはこの形じゃなくても自分が弾きやすければいいんだって、先ほどもおっしゃっていましたもんね。

内橋 原理さえ同じならね。形やスタイルを変えると音は変わりますけど、何がベストかはわからない。

——この楽器には、まだ改良の余地があるかもしれないですね。

内橋 そらいくらでもある。ギターでも変形ギターがあるように、いくらでも起こりうる話だし。面白がってやる人がいたら、それはそれでまた面白くなるんじゃないかなと思います。

ダクソフォンの演奏家を育てていくということ

——日本の状況はどうですか?内橋さん以外の演奏家は?

内橋 僕が教えてたので、いま何人か卒業生がいますよ。6、7人くらいはいるかな。連続レッスンで、東京で月1回くらいの割でやってました。その一環で大阪でもやったことがあるんですが、今は両方ともストップしてます。この楽器でアンサンブルをやりたいなと思ったから、そのためには演奏家を育てるしかないでしょう。興味をもってやる人が増えたらいいなとは思っていますけどね。

——カルテットとか結成できたらいいけど。

内橋 そのためにはすごい練習しないとね。

塚村編集長(以下、塚村) 内橋さんは何年かかっているんでしたっけ?

内橋 僕は25年やっています。ダクソフォンだけの1枚目のアルバム『Talking Daxophone』を出すまでに、20年かかってますからね。それまではダクソフォンだけのアルバムなんか出してない。人に聴いてもらうようなレベル、というか人に聴いてもらおうと思うようになるまでにはそれくらいかかりました。もちろんダクソフォンはずっと弾いてましたし、ダクソフォンの音はアルバムにも入れてますけど、それはダクソフォンメインではなくて、ギターも弾いてますから。

——それほどダクソフォンは難しいのですね。

内橋 難しいというか、自分のなかで納得いくかいかないかの問題です。『Talking Daxophone』を出したとき、そろそろ出したいなと思えた。それまで自分ではそう思えなかった。ま、自信をもてたってことだと思うんですが、それまではそういう気にはならなかった。

——でも、ライヒェルさんが亡くなった今、内橋さんがこの楽器の第一人者だと言い切っていいのではないかと思うんですが。

内橋 や、どうなんかな?みんなそれぞれ違うからね、いろんな人がいて、それでいいんちゃうかなと思う。楽器が少ないから、そういうのもあるかもしれんけど。どんな楽器でもいろんな人がいるわけで、第一人者とかっていうとなんか変な感じで、持っている人自体少ないからね。僕の発明でもないし。僕は彼の発明したものを弾いているだけなんで、一演奏家として。

——ライヒェルさんと内橋さん以外で、ダクソフォンのアルバムを出している人はいますか?

内橋 いっぱいいますよ。René LussierもダクソフォンだけのCDを出しています。けっこう古くから、90年代から出していますよ。

——そうなんですね。どんな作品ですか?

内橋 まあ、変な音ばっかり。実験的な感じです。

——そうですか。しかし、それにしても国内には内橋さんのライバルと言えるような演奏家はいないのでは。

内橋 いや、生徒もいるから、その人たちがどんどん面白いことやりだすかもしれないじゃないですか。僕は長いことやっているから上手なんあたりまえやし。

世間に、ダクソフォンをもっと知ってもらうためには

——楽器演奏って、受け継いでいかなければならないのかなと思うんですが。楽器博物館なんかに行くと、もう演奏家が少なくなってしまいました……みたいな楽器ってあるじゃないですか。でも、後継者が育つと現役の楽器として残っていきますよね。そういう意味で、内橋さんは残す役を……。

内橋 うん。それはね、ちょっと感じてる。この楽器を残していくにはどういう方法があるのかということですよね。この楽器を認知してもらうために何をするべきなのか。そういうことを、ちゃんと考えなくてはいけない立場にあるわけですよ。僕ももう若くないからさ、何が自分にできるのかっていうのは考えてるし、できることはどんどんやっていかんとあかんとは思っている。展覧会もそのひとつだけど展覧会だけではね。やはり楽器だから、楽器として残っていくこと、そういう意味で『Singing Daxophone』を作ったということもひとつあって。この楽器の認知レベルを少しでも上げていくためにね。せっかくライヒェルが作ったものを、昔こんなのあったよね、で終わらすようではもったいないなと思う。ここまで面白い楽器ってなかなかないですから。だからちゃんと定着させたいなと思ってはいます。

——ダクソフォンがこのまま消えてしまうのはもったいなさすぎる。

内橋 僕もそう思っています。だからなんとかして残さなければ。このアルバムが爆発的に売れてくれたら助かるんですけどね。

——『Singing Daxophone』は本当に聞きやすいので、ダクソフォン入門にぴったりです。

内橋 みなさん、面白い機会があればください。展覧会もいろんなところでやりたいです。前に「横浜市民ギャラリーあざみ野」というところで展覧会とワークショップをやったんですけど、すごく面白かったです。ダクソフォンのタングを250本くらい壁に展示したんですよ。

——それは、とても美しかったでしょうね!

内橋 美しい。すごくたくさんの人に見にきてもらったんで、よかったなと思う。そういう機会が増えるといいなと思う。

塚村 タングはいまドイツに全部あるんですか?

内橋 東京の部屋においてます。ライヒェルのギターはドイツにおいてますけど、タングは全部東京にもってきています。

塚村 そうですか、それならできますね。ドイツから運んできて展覧会をするのは大変だなと思ったんですが。

内橋 まあでも展覧会をやるときはその都度、動かしてますけどね。見てもらったら絶対面白いと思うんだけどね。

——このアルバムのレコ発ライブって、東京ではあったんですよね。関西での予定はないんですか?

内橋 ちょっと時期がずれるけど、来年ちゃんと仕切り直してツアーをしようかなと思っています。

——それはうれしい!京都、大阪もいいですが、できれば内橋さんとライヒェルさんが初めて出会った、いわばダクソフォンの故郷ともいえる「神戸ビッグアップル」に帰ってきてほしい気もします。

塚村 展示も一緒にできるといいですよね。90年代のジーベックホールのような場所があったらちょうどいいですが。ここの建物(綿業会館)にも、なかなかいいホールがあるんですけどね。

内橋 この建物だったら古くてなんかいい感じですね。じゃあ、このアルバムがうんと売れたらね(笑)。

——ダクソフォンをもっとたくさんの人に知ってもらうにはどうしたらいいのでしょう。

塚村 やはりNHKとか、でしょうか?

——そうですね!NHK、とくにEテレとか好きそうです。

内橋 NHKは一度出たことあります。教育テレビの音楽番組「ドレミノテレビ」っていう番組で、「うたううあ」っていうのをやってて。ダクソフォンで1曲やりましたよ。

——そうだ。UAさんと一緒に出られたんですよね?

内橋 一緒に出たわけではないです。UAが「ウッチャンはテレビ出るのとか嫌やろー」とか言って、トラックだけでいいと言ってくれたので、ダクソフォンの多重録音で「シャローム」という曲をアレンジしました。今から思えば出ててもよかったかも。彼女はダクソフォン大好きで、今は彼女も演奏してますよ。

——細野晴臣さんもダクソフォンをやってらしたのでは?

内橋 細野さんは最近あんまり弾いてないな。楽器は持ってますけど。僕が細野さんと初めて共演したときはダクソフォンでしたけどね。

——そうなんですね。その線あたりから、もっと注目されないかな。

塚村 応援したいです。

内橋 なるようになるでしょう(笑)

(その5に続く)

その1はこちら

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ハンス・ライヒェル『YUXO 』
A NEW DAXOPHONE OPERETTA
イノセントレコード[ICR-026] 3300円(税込)

収録曲
1.The Duke Of Syracuse
2.A Life Without Lychees
3.You Can Dance With Me
4.Bubu And His Friends
5.Oway Oway
6.Out Of Namakemono
7.Death Procession
8.Street Song
9.My Haunted House
10.Le Bal (New Version)
11.Sometimes At Night
12.The South Coast Route
13.Eros Vs. Education

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内橋和久『Singing Daxophone』
イノセントレコード[ICR-025] 2750円(税込)

収録曲
1.I Got You (I Feel Good) : James Brown
2.(They Long to Be) Close to You : The Carpenters
3.Walk on the Wild Side : Lou Reed
4.Killer Queen : Queen
5.Space Oddity : David Bowie
6.Black Dog : Led Zeppelin
7.Eleanor Rigby : The Beatles
8.Hit the road Jack : Ray Charles
9.Comme à la radio (Like a radio) : Brigitte Fontaine
10.Bella ciao : Italian Partisan’s protest song
11.Scarborough Fair / Canticle : Simon & Garfunkel
12.No Woman, No Cry : Bob Marley and the Wailers
13.What a wonderful world : Louis Armstrong

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