ロリータ、クマに食べられて死ぬ

文・嶽本野ばら

Samansa Mos2 2020 winterカタログ(筆者所蔵)

Samansa Mos2 2020 winterカタログ(筆者所蔵)

 

ユニクロはほぼ買いませんがSM2(サマンサモスモス)は買います。

青文字系だった筈がいつの間にか森ガール系になり、今は『リンネル』読者が着るシニアの為(?)のナチュラル系ふわふわブランドになったSM2ですが、そこに反応してしまう、僕も歳相応ってことですよね。

価格帯はGUとほぼ互角。でもファストファッションではない。マオカラーのシャツなどを探していると、ついSM2に行き着いてしまう。チュニック系のものが多いので体型を隠すに最適とSM2は人気がある。でも刺繍をあしらったりのフォークロアを意識したコンセプトながら、本物の民族衣装と比べれば、SM2は圧倒的に可愛いし着心地もいいです。

戦略がスゴいと思う。チュニックやポンチョにすれば基本フリーサイズは勿論のこと、袖口にボタンを付けなくていい。リムーバブル・カフスにするとしないでは工程と工賃が圧倒的に異なる。通常、縫製工場は生地を縫い合わせるのみ、ジッパーやボタンの取り付けは異なる工場に回されます。

日本でいえば109的な韓国のオルチャンファッションのメーカーのものは大抵、袖口がゴムになっています。ですので、生地や縫製の粗雑はさておき、ここさえひと手間かけてくれればと、残念に思うことが多い。事情が解るので文句はいえないですが、単純にいえばプラモデルと同じ、パーツが少ない程、お洋服は安く作れます。

SM2の場合、そうやってコストを限界まで抑え価格帯に反映させている。でも仮令、工程を省いてもパターンを工夫すれば可愛いものが作れることを教えてくれる。

生産国もインド綿を使う時はインド、混紡綿の時は中国というふうにしているのが、却ってラグジュアリーと感じさせてくれる。ファストファッション同様、ワンシーズンが前提でしょうが、それでも可能な限り可愛くしようとする気概が僕の胸を熱くします。今期は手編みかぎ針ニット付け衿とか出していた。ロリータにも親切なアイテムが山盛りです。平凡なトレーナーに併せてみたら、まるでスレトシスみたくなるじゃないですか!

森ガールのバイブルといわれた『別冊spoon.』2009年/角川グループパブリッシング

森ガールのバイブルといわれた『別冊spoon.』2009年/角川グループパブリッシング

かつての森ガールが着るブランドというイメージが強いですが、森ガールってもういないらしいですね。

検索すると、かつていた森ガールとか、森を卒業した人達の……という記事が出てくる。森ガールの火付けは『別冊スプーン』の2009年の特集だといわれ、当時、森とロリータは近いのか別なのかの論争もありましたが、少なくとも「今でも私は森です!」と頑なに言い張る人は余りおられないようです。森には森の美学があった筈なのに……何故、森は消えたのでしょう。

恐らくイズムがなかったのだと思います。森は、みゆき族やボディコン同様、スタイルでした。しかし今もしぶとく残るロリータはイズムです。ヒッピーやギャルも絶滅種ですが、イズムであるが故に消えません。

“主義”はスタイルにもイズムにも使える言葉ですが、森の“主義”は理念ではなかった。ファンタジーを好きなのが森ならば、ファンタジーに生きる——のがロリータです。ディズニーランドに行くことを最重要課題とし、その為にわざわざ千葉に住んだ森ガールはいたでしょう。しかしロリータはそんな努力をしません。ロリータはディズニーランドに棲む方法を考え、さらには自らの手でシンデレラ城を建設する野心を抱くのです。

森ガールの間違いは“森にいそうな少女”を目指したことにあるでしょう。“森に棲んでしまえば”よかったのです。さすれば自給自足、農業をしなければならなくなっただろうし、花を砕いて染料にして布を染める必然に迫られ、アーミッシュのようになった筈です。そこまで進化を遂げずとも、嗜みでテントが張れるくらいの種族にはなった。

多くの人が大事なのは、好きであることだといいます。でも好きは嫌いになる可能性も持つということです。ボクサーは好きで命懸けの試合をするのでしょうか。それにしか真剣になれないので命懸けでも人を殴ったり殴られたりするリングに立つしかないのではありますまいか?

僕は文筆が好きかどうか自分で解りません。でもこれにしか真剣に(自慰を覚えた猿の如く)なれないのです。そろそろ臨終を考える齢でもある僕は森でどんぐりを拾っている時、クマに襲われて死ぬを願います。それが最強に可愛い死に方だと思うのです。普通の死に方はしてあげない。イヴ・クラインは自身のパフォーマンスをヤコペッティが『世界残酷物語』で面白おかしく紹介したのに激怒し心臓発作で死にました。いわゆる憤死——。でもだからこそイヴ・クラインは偉大なのです。彼は青色が好きだったのではない。青にしか真剣になれなかったのです。

(12/19/20)