【インタビュー】松前公高 作曲家/シンセサイザープレイヤー その4/4

いよいよこのインタビューも最終回。第4回は、松前さんに現在の音楽シーンについて意見をうかがってみました。シンセサイザーやコンピュータミュージックがポピュラーになり、取り組みやすくなった今、作曲家や演奏家にとって必要なこととは。そして、『あなたはキツネ BEST+40 TRACKS』と『松前公高 WORKS 1989–2019』の先にあるものとは。(丸黄うりほ)

音楽制作の環境はほんとに便利になった

——松前さんは、今の音楽シーンについてどんなご意見をお持ちでしょうか。たとえば、注目している動きとか、アーティストとか。最近は何を聴いていらっしゃいますか?

松前公高さん(以下、松前) いまだに自分が好きだったアーティストの最近の作品とか、再発ものばっかり聴いてます。40代くらいまでは頑張って勉強しようとか思っていたんですけど、もう残りは好きなことやろうと思って。今のものを聴いて、勉強してこんな感じにしようとか、仕事ではそういう要素もすごく必要ではあるんですけど、そんなことやっても若い人にかなわないし。自分らしいことをやるのがいちばんいいかなと思って。

まあ、新しいものも聴くのは聴いてますけど、ふーんという感じで。別にだからといって面白くなくなったとか、全然そういうのはないですよ。才能のある人がたくさん出てきていて、本当にすごいなと思っています。今の子は小さい時から安くでコンピュータを使って音楽ができるから、すごく羨ましいし。

でも、以前はシンセサイザー好きとか変な音楽好きが少なかったけれども、今はもう誰でもやるし、テクノとかミニマル的に繰り返す音楽も当たり前にあるじゃないですか。昔、クラフトワークを友達に聴かせたときに、「いつになったらサビがあるの?」とか言われて、「いや、これはそういう音楽じゃないねん」とか説明するのが大変だったけど、もう今だったら全然そんなこと思わないでしょ。歌がなくてインストも別に今は珍しいとも思われないし。そういう風な環境で音楽やってきた人にかなうわけがない。(笑)

——うーん。ちょっと謙虚すぎませんか。

松前 だって、僕がコンピュータ始めたの20歳からですからね。それまでなかったから。

——まあ、松前さんの中学時代みたいにカセットに多重録音して、みたいな苦労は今はないですよね。中学生でも、もっと簡単に、しかもクリアな音でできる。

松前 だから、今すごい人っていうのは、そこは楽々乗り越えて、さらにすごいことをやっているわけだから。

——たとえば、バンドというものは今もあるし、バンドをやろうとする人たちは今もいますよね。楽器編成もそんなに大きく変わってないし、集まって練習しなければならないとか、基本的にはあんまり変わらないと思うんですよ。でも、多重録音っていうのはめちゃくちゃ変わりましたよね。

松前 そうね、今は多重録音っていう言い方しないけどね。DAWって言いますね。80年代、90年代はDTMって言ってました。

——DAWは何の略ですか。

松前 デジタルオーディオワークステーション。コンピュータで作曲したり演奏したり録音したりする音楽制作ソフトのことですね。

DAWはトラック数に制限がないっていうのがすごいことです。昔は制限があって、そのなかで作らなきゃならなかった。でも、今はコンピュータの性能さえよかったら何トラックでも重ねられる。お金もかからない。昔は一つずつシンセサイザーを買わないと作れなかったのが、2、3万円でシンセもエフェクターもミキサーもレコーダーも全部ついているわけだからね、ひとつのソフトで。

——ノートパソコン一つで全部できる。

松前 ほんとに便利になりましたね。

今の時代、人との違いを出すのはかえって難しい

——ちょうどそういうふうにシーンが変わり始めた頃に、ソロプロジェクトの人が増えましたよね。宅録派みたいな人がたくさん来日するようになって。2人以上だとある意味バンド的なチームワークで音楽やってるように見えたんですが、宅録ソロの人っていうのは人種が違うのかなという感じもしたんですが。

松前 そうですか?でも昔からソロアルバムとかありますからね。僕はあまり変わらないと思うけど。二人でやると話し合いしなきゃいけないことが多いからなかなか進まないことが多いですね。一人だったら、自分がオッケーだしたら何でもやっていけるわけだけど。

——早いってことですか。

松前 早いですね。逆に放り出すのも自由だけど。「あなたはキツネ」とかは放り出したもの、ゴミ箱にあったものを集めたような感じなんだけど。作りかけのやつとかね。二人でやってたら放り出せないから、自己管理能力がないならバンドのほうがやりやすいですね。

あとDJ的にやる人が増えましたね。ちっちゃいシンセとかを動かしながらその場で作っていくみたいなね。バンドで集団即興って難しいじゃないですか。一人だったら自分の意思だけで全部動かせるから、楽ですよね。だからこそ集団即興はいいものも多いんだけど。

——そういう時代に、松前さんみたいな筋金入りのコンピュータミュージックの人は何を思うのかなって思うんですが。

松前 逆に、誰でもできるってことは、その中で抜きん出ようと思ったら何か特別なものがないと。僕の時代だとコンピュータができたら楽器演奏ができなくても音楽ができるということで、演奏という呪縛は解かれたわけですよ。それより以前は、感性が少々ダメでもめちゃくちゃ指が早い人だったらミュージシャンになれたかもしれないです。少なくとも演奏が上手くないとプロにはなれなかった。

僕らの時代だったらシンセでいい音が作れるっていうのも一つの才能だったんですね。ところが今はもう音色もプリセットでいっぱい入っているし、最初からすごい音が出たりとか、エフェクターで面白い音が出たりとか、しかも自動演奏が簡単にできたりとか。誰でもできるようになったということは、それだけ底があがっているわけだから、抜きん出ようと思ったら難しいですよね、さらに個性が強くないと。他の人にないものがないと。

——技術はかなり機械が応援してくれる。あと違いを出すには。

松前 すごく難しいよね。僕らの時代だったら機材自体もっている人も少なかったし。競争率は激しくなかったのかも。

——今は機材を持っている人も増えたし、簡単に使えるし。

松前 そうですね。誰でもできる環境で、上を目指すなら、それ以上の何かがないと。

——なんなんでしょうね?それって。

松前 才能でしょう。だってやっぱり中田ヤスタカとかすごいじゃない。あの人にしかできないサウンドを作る。誰でもできる時代でもすごいことをやる人はやっぱりやる。

——松前さんご自身はどうなんですか?集大成的な2枚組CDを2タイトル出されて、これからは。

松前 もう思い残すことはないです(笑)。

——(笑)いやー、それは!人生まだ半分じゃないですか!

松前 まあ、そうですね。たとえば1日1曲作って、そういうのをまとめて年に1枚くらい、「あなたはキツネ」の次を出したいかなーという気はしますけど。でも今は何も考えてないですね。

——「あなたはキツネ」というタイトルはこれからも死守していきたい感じなんですか?

松前 いや、そんなことないですよ。たまたまその曲をカセットのタイトルにしたのが、なぜか残っているだけで。こだわっていません。

データやり取りの往復でデュオ作品を作りたい

——これからも松前さんにはたくさん作品を作っていただきたいですが。あと、たとえばプロデュース的なお仕事などは?

松前 それもあまりないですね。なんか、自分でやりたい事は人に指図されたくないし、自分もあまり人に対してそう思わないし、自分でやっちゃいたい的な所もあって、あまりプロデュースは向いてない気がします。

——スペースポンチの活動はどうですか?

松前 解散しているわけではないんで、またチャンスがあればやるとは思います。

——展覧会の作品や演劇や映像作品に、松前さんが依頼されて曲をつけるというのはたくさんあったと思うんですけど、逆に、曲に作品をつけてほしいと松前さんから依頼したというのは?

松前 ないですね。

——「ピコピコカケラ村のヒトビト」は、どうだったんですか?

松前 あれは同時進行です。オブジェにあわせて音楽作ったのと、音楽作ってからオブジェを作ってもらったのと、タイトル決めて作ったのと。制作期間が短いので音先行と物先行の両方でやりました。今となってはどっちがどっちか覚えてないけど。

——そういう、音楽以外のジャンルの人とのコラボレーションは?

松前 そうですね、視覚と聴覚でなにかできるのがいちばん多いですよね。話があったらやります。自分からは働きかけないけど。

——(笑)

松前 そうだ、横川理彦さんの過去のアルバムもディスクユニオンから再発されたんですが、二人で作ったものを集めたものがあるんです。例えば横川さんと小西(健司)さんとか、横川さんと平沢(進)さん、山口(優)などなど……。こういうのは僕もすごくやりたいな。

——いろんな人とのデュオですね。

松前 ただ、ものすごく大変そうなんで、たとえば誰かギタリストだったらその人が一人で演奏したデータをもらって、それを僕がつなぎかえたり、編集したり重ねたりして曲にしてしまうとか。何人かの人とやるのがいいかな。それによって作風が変わってくるとか。僕中心になんだけど素材を提供してくれるみたいなね。

逆に、僕が途中まで作ったものを向こうにわたして、そこにまた重ねるとかね、そんなやり方もありだと思う。二人で話し合ってここはこうしたほうがいいよとか、もうそういう作業はしたくない。お互い自由にやっていいことにして、何回かのデータの往復で作っていく。この時代だったらそういうのがいいかもしれない。

——セッションというよりも編集ですね。二人くらいが松前さんには合っているかもしれない。

松前 2往復ってルール決めるとかね。

——違う楽器、いろんな楽器と組むと面白そうですね。

松前 音楽ソフトなどの環境を統一させるとか、まあいろいろ問題はありますけど、これからの作り方としてはいいですよね。最近、回線が速い所ではリアルタイムのセッションもできるみたいだけど、そこまで僕は演奏系じゃないから、やはり制作データのやりとりかな。

——松前さんといろんなミュージシャン、さまざまな楽器とのデュオ。思いがけないような、突然変異的な音楽が生まれるかもしれませんね。ぜひ実現させていただきたいです。きょうは長々とありがとうございました!

(9月4日取材 写真: 塚村真美)

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松前公高『あなたはキツネ BEST+40 TRACKS』

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松前公高『松前公高 WORKS 1989–2019』

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