【インタビュー】松前公高 作曲家/シンセサイザープレイヤー その3/4

今年7月に2枚組 CD『あなたはキツネ BEST+40 TRACKS』、8月に2枚組CD『松前公高 WORKS 1989–2019』をリリース。集大成的な作品を立て続けに発表した松前公高さんに迫るインタビュー第3回をお届けします。今回は、『松前公高 WORKS 1989–2019』を中心に、松前さんが仕事として携わってきた音楽について。また、大学生の時、EXPO結成時のいきさつなどにも話は及びます。(丸黄うりほ)

仕事として作った無数の楽曲から2枚分をセレクト

——8月に発売された2枚組CD『松前公高 WORKS 1989–2019』はどんな作品なのでしょうか。

松前公高さん(以下、松前) 依頼されて作った作品を集めています。『あなたはキツネ BEST+40 TRACKS』のほうは、自分の意思で作ったものがほとんどなんですが、こちらは全部クライアントがいるものばかりです。演劇の音楽、展覧会の音楽なんかもあるんだけど、多くはテレビ番組、映像、ゲームの音楽。

あとは『キーボード・マガジン』や『サウンド&レコーディング・マガジン』の付録のCDに収録されたデモ曲ですね。いろんなシンセサイザー製品の良さを引き出すデモ曲を作ってくれという依頼があって、それも長年やってたんで結構たまってたわけです。そういうのをまとめてCDにしました。

——自主的に作った作品とクライントがあった作品。それぞれを別々のCDにまとめたということですね。

松前 大きなプロジェクトだったらゲームでもサントラが出てCDになるんだけど、曲数が少なかったとか、あまり売れなかったとか、あるいはそれほど大規模じゃない演劇なんかのものとか、そういうのはCDになっていなかったんですね。展覧会や演劇の音楽って、その場所にいないと聴けない、そのときしか聴けないわけじゃないですか。もったいないな、なにかの形で発表できたらいいなと思っていたものが結構あったので、形にできてよかったなと思っています。

——ヒット曲の「おしりかじり虫」は入ってないんですね。

松前 それは単体でCDがありますから。今までみなさんに聴いていただけなかったものを聴けるようにというのがこのCDの最大の目的です。自分の仕事で作った音楽のベスト盤というわけではない。それだったら「キルミーベイベー」も、「ビートマニア」に入れた曲も人気なんだけど、それはもうすでにCDになっているんで。わざわざここに入れるまでもないというのは入れていません。

——クライアントありきで作られた曲ばかりでも、やはりどれも松前さんの音ですね。

松前 そうですね。もちろん、この後ろには僕でなくてもできるような、すごい普通のイージーリスニングっぽいやつとか、なんのひっかかりもないような音楽も山ほど作りましたよ。

——ああ、そうなんですね!

松前 そんなのを入れる必要もないので、ある程度自分が好きにやらせてもらえたのを集めています。

——そういう作品も入れると、松前さんは今までに何曲くらい作ってきたんですか?

松前 それで30何年食ってきてるから、まあたぶんそれなりに作っているんでしょうね。

——数えたことはない?

松前 ないですね。ゲームだったら一気に50曲とか作ることもあるし。1カ月かけて作るようなも大きい仕事もあるし、逆に1日に5曲とか10曲とかポンポンポンっと作っちゃうようなものもありましたから。曲数でいうとわからない。もう覚えてないし。

——自分で作ったのに覚えてない曲もあるんですか。

松前 すごいいっぱいあります。

——そういう曲の楽譜などは。

松前 ないです、なにもない。データは一応残してありますけどね。でもね、聞き返したら、他の人の曲と混ざって並んでいても自分の曲はこれだってわかりますね。やっぱり自分のクセが出ちゃっているから。

——一般的に音楽家というともっと自意識の強い、これは俺の作品だ、みたいなタイプの人のほうが思い浮かぶんですが。

松前 いや、もちろんそれで食っていければいいんですけどね。それだけでは食っていけないので仕事もやらなきゃいけないわけですよ。僕じゃなくてもできるようなのは今回は入れていません。僕を理解して僕に発注してくれる人もいれば、たまたまとか、既に方向性が決まっているような仕事もあります。そういうときは個性を強く出すのもむずかしいですから。

——松前さんはクライアントの要望通りにも作曲できるということですよね。

松前 そうですね。

——このCDも『あなたはキツネ BEST+40 TRACKS』もそうなんですけど、収録曲のタイトルが面白いですね。適当につけたのかな?っていうのもあるんですけど……。

松前 うん、適当につけてることもありますね。じつはこういう意味が含まれているっていうタイトルもあります。

——松前さんの作品は、音楽そのものも面白いけどタイトルも笑いにつながる感じ。

松前 そのへんは関西人やからね。くだらないダジャレのタイトルとかいっぱいありますよ(笑)。そのまんまのタイトルにしてしまうと照れるんですね。なんかカッコ悪いと思っちゃうんで、ちょっとはずしとかないと。

じつは綿密に計算して作られた「テキトー」

——このCDの聴きどころを教えてください。

松前 面白いものとしては、タイトルが「(あなたはキツネ BEST+40Tracks-70Tracks)×16」(CD2-40)っていう曲なんですけど。『あなたはキツネ BEST+40 TRACKS』が1カ月前に出て、こっちが1カ月後に出たんで、CDを出すというのも仕事のひとつと解釈して入れたんです。

——このタイトルの意味は?

松前 『あなたはキツネ BEST+40 TRACKS』に収録した101曲から70曲をカットすると、残り31曲あるんですよ。それを16倍速で再生しているんです(笑)。だから、これを16分の1再生すると一応聴けます。聴けますけど、またそこでも編集しています。変な音入れたり、声入れたりしています。おそらく16分の1再生する人もいないと思うので。16分の1再生したときにこんなメッセージが入っていたとかね、そういうのを入れるのが大好きなんですよ。漫画とかでもよくあるじゃないですか、どうでもいいところにこんなん紛れ込んでいてみたいな。間違い探し的な。

——聴きましたけど、元ネタの曲が何かまったくわかりませんでした。

松前 16分の1再生した?

——いや、うちのオーディオではそんなのできないですから。普通に聴きました。

松前 ああ、それならわからないですよね。16倍速の音ですから(笑)。
ただ1曲だけはっきり16倍速でもわかる曲があるんですよ。もともとの曲が、フレーズサンプリングを低速再生した曲なんで、16倍速でもフレーズがわかるんです。あと、16倍速だとほんとにキュルル〜って鳴ってるだけですから音楽として成立しにくいので、そこにシンセの音を重ねてるんです。ただ、この音は逆に16分の1の速度で再生するとすべて20ヘルツ以下の音になるので、可聴範囲を超えて聞こえなくなるんです。

——うーん、とても松前さんらしい……。

松前 あと、おすすめは「虫のレストラン」(CD1-1)かな。これは DODDODOちゃんていう関西インディーズで活躍しているボーカリストに歌ってもらって、画家の仲谷夏木さんの個展の時に紙芝居をして、そのための音楽です。

——歌詞は誰が作ったんですか?

松前 歌詞は僕が作ったんだけど、コンセプト自体は二人で作ったので二人の作詞としています。

——これは耳にこびりつきますね、私、気がついたらひとりで歌っています(笑)。ちょっと歌詞がブラックなんですよね、キモ可愛い系で、子どもが喜びそうです。

松前 食虫植物がやっている、虫を出すレストランのお話なんです。知人の個展で知り合って、音楽と絵で何か作りたいっていうことになって。

あとは、そうですね。「海洋系むちむちDEP’Tメドレー」(CD1-11)。これはね、99年のアーバナート大賞作品です。アーバナートっていうのは造語なんですけど、パルコのグラフィック展がなくなってマルチメディアに変わってそういう賞ができたんですね。

CD-ROMの作品で、いまは普通にあるけど、漫画を画面で見るっていうやつです。クリックしていくと漫画が進んでいくんだけど、普通に漫画をスキャンしたものだと面白くないんで、ちょっとだけ動く、簡単なアニメーションが入っているようなもの。これは井口(尊仁)さんがシステムを作って、漫画家の鈴木志保さんが絵を描いて、で、僕が音楽と効果音を担当した。ゆったりした曲で、本来はクリックしたら曲が流れるとか波の音が流れるとかクジラの鳴き声がするとかそういうものなんだけど、そのままだと無音部分が長くなるので、今回のためにいろんな曲や効果音を重ねてメドレーにしました。

あとは、これかな?「シーパラきてます音頭2019」(CD1-12)。

——ああ、これも耳にこびりつく曲です。

松前 昨年、八景島シーパラダイスのゴールデンウィークのイベント用に作った曲で、マリックさんと、シーパラダイスのマスコットキャラクターのシーパラシー太くんが踊っている動画がYouTubeに公開されています。聴いてもらったらすぐわかると思いますが、マリックさんのあのテーマ曲!アートオブノイズ!あの曲に寄せて盆踊り風にして(笑)。歌もデモで仮歌を僕が入れていたんだけど、結局その雰囲気がいいからって、僕が歌ってます(笑)。

——このCDもメドレーが多いですね。

松前 ゲームは短い曲やループの曲が多いので、メドレーにしてつなぎました。そのへんは『あなたはキツネ BEST+40 TRACKS』と近い感覚で編集したものも多いですね。

——音楽で笑えるっていうのがいいですよね!松前さんの音楽は本当に軽やかで、日本では珍しいボジションだと思う。そこがすごく個性的だなと思うんです。

松前 確かにそうですね、笑える音楽かもしれないですね。

——「テキトーってなんて素敵なのか?」っていうCD帯の文言も光っています。

松前 仕事って真面目にやらないといけないじゃないですか。もちろん真面目にやるんですけど、そこにいかに崩したものを入れるか。いつもそれを考えているんです。本気なのか?ワザとなのか?わからないぐらいのギリギリをいつも考えています。

ヘタウマな音楽もたくさん聴いてきましたけど、たまに見えちゃうのがあるんですよね、意図が。そういうのは聴いててちょっとはずかしいので、ヘタさの絶妙なところを考えますね。

あとはライブでも綿密にシーケンスを準備して、本番では生真面目にそれを再現するんじゃなくて、遊びを入れる。即興的なものとか、せっかく作ったデータを使わない、台無しにする、みたいなことを考えたり。そういうのが好きです。ライブだと完全なバランスより偏ったバランスを考えたりもしますね。

『あなたはキツネ BEST+40TRACKS』は逆に、1曲1曲は超デタラメ。でもそのデタラメな曲をテープコラージュでつなぐことで、何か意味のある真面目な風に聴かせているわけです。逆にこっちの「松前公高 WORKS 1989-2019」は1つ1つは仕事なのでちゃんと作ってる。だけど、テキトーな部分もある感じを出したくて、そういう帯の文章にしています。

千葉は東京じゃないなあってわかって……。

松前 ジャケットは、千葉大学の学生のときに僕が描いた油絵なんですよ。大学で美術研究会というところに入っていて。中ザワヒデキくんと知り合って、僕が中ザワを音楽のサークルに入れ、彼についていって僕も美術のサークルに入った。

——京浜兄弟社の岸野雄一さんたちと知り合ったのもその頃ですか?

松前 それは21歳のとき。大学を休学して亀戸(東京都江東区)に引越ししたんです。2年行ってこれはどうも、千葉は東京じゃないなあってわかって。

——(笑)ええっ、それは最初からわかっているじゃないですか。

松前 いや、進学決めるときに調べたら、快速で東京まで30分ってわかって。「あ、それなら四条畷から梅田とか難波行くのと変わらないや」って思ってたんだけど、実はそれ、東京駅に行く総武線だったんですよね〜(笑)。音楽活動するような新宿や渋谷には行かない。そっちは1時間以上かかっちゃう。だまされた〜っていうか、いや僕の調査が足りなかったんだけど、まあ、あと大学生活が充実してて出不精になって。遊びもいろいろ大学で覚えたし、食堂とかたくさんあって生活するのに困らないから。それで、ひとまず千葉を脱出して亀戸に住むことにしたんです。

まずは東京でバンドを組もうと思って、1年間ぐらいは人と会うことばかりしてました。それできどりっこを結成して。その後、その前に『キーボードマガジン』に出していたメンバー募集の文章を、たまたま岸野が見て、手紙をくれたんです。

山口(優)とはきどりっこの対バンで出会いました。岸野と山口もナイロン100%の知り合いでつながってたし。EXPOは86年に結成して87年にデビューですね。

——松前さんは何の勉強をしに千葉大学に行ってたんですか?

松前 工学部の画像工学科に入って、写真ですね。あまり興味はなかったんだけど、音楽の大学に行く気持ちはなかったし、かといって、全く芸術と関係のない方向も興味なかったし。CGとかそういうものもできそうだったから。でもやっぱり、東京に出ることが一番の目的だったかなあ……。

——なぜそんなに東京に行きたかったんですか?

松前 当然、ミュージシャンになりたかったから(笑)。その頃はもちろんネットもないし、田舎もんだから、とりあえず東京行くっていうのは定番行動でしょ(笑)。

——10代の頃からプロになりたかったんですね。EXPOはどういういきさつでアルファレコードからデビューしたんですか?

松前 YMOのプロデュサーが、ゲームのイベントでゲーム音楽を演奏するメンバーを探されていて、それを山口がやったんです。それがきっかけで、バンドを作ってデビューっていう話をもらってきた。僕は山口に自分のデモ作品(あなたはキツネカセット版)を渡してたんですね。その頃はみんなに自分のテープを、名刺がわりに配ってたんです。それで「新たにバンドを作るとしたら、松前とやりたい」っていうことで誘ってもらった。

ちょうど細野晴臣さんがゼビウスのリミックスをYENレーベルから出されたり、テクノのその後はゲーム音楽に発展しそうな流れがあって、それでアルファレコードに新たにG.M.O.っていうレーベルができた。最初はメーカーごとにゲームの基盤の音をレコード化してたんだけど、そこからアーティストを出そうということになった。だから、メジャーデビューが決まっててバンドを作ったというかたちですね。

——デビューアルバムの『エキスポの万国大戦略』はめちゃくちゃ名盤ですもんね。

松前 あれね、再発してないんですよ。話はもらうんだけど、いつも挫折。

——なんでですか?本当にいろんな意味で早すぎたのかな。

松前 どうなんでしょう……。

——初めて聴いたとき、かなり衝撃受けました。いまでもよく聴きますよ。このリリースラッシュに乗っかって、再発をお願いしたいです。

※その4に続く

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松前公高『あなたはキツネ BEST+40 TRACKS』

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松前公高『松前公高 WORKS 1989–2019』

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