僕達にとってのリアルクローズ
文・嶽本野ばら
もはやロリータの代名詞といって過言ではないベイビー, ザスターズシャインブライトなのですが、前述の田園詩同様、このメゾンが登場して暫く、僕達はここを認めてよいのか?の躊躇を余儀なくされていました。
ロリータは黎明期、二度、ブレイクをいたします。しかし90年代後半になると最早時代遅れ、アンケートでは女子も男子も嫌いなスタイル第一位の憂き目に遭います。時代はリアルクローズに動向を移し、ロリータは自意識過剰、退行、現実逃避の被服として嘲笑される対象となった。
この時期を僕はロリータ氷河期と呼んでおります。氷河期のロリータに対する世間の扱いは酷く、信じられないかもしれませんがロリ服で街を歩くだけで唾を吐きかけらたりしたのです。異形への差別に耐えながら、それでもロリータを捨てられない僕等は、まるで隠れ切支丹のように暮らしていました。
偏見と共に僕等が戦わなければならない敵がもう一つありました。ロリコンです。その頃、ロリコン性癖を有する男子にとって、ロリ服を纏う女子は欲望の対象でしかなかった。実際、ストーキング、拉致監禁されることがままありました。しかし世間はそういうことが起こる時、そのようにヒラヒラの服を着ている方が悪い——とロリータに非がある裁定を常に下すのでした(ミニスカートを履くから痴漢される——と同じロジックです)。
氷河期からのインディペンデントでのロリータブランドには、裕福なロリコン男性が性癖を満足させると同時にロリった女子を集める為、資金を出している処も、あった。氷河期は情報も不足、見極めるのに苦心しました。ベイビーに関し、だから僕等は首を捻った訳です。ここは正当か?それともエロいオッサンが陰に隠れたメゾンなのか?
ハート型の胸当て付きエプロンなぞ、エロいオッサンが間違えて出してしまいそうなアイテムが、ベイビーのラインナップには入っていたからです。しかし結果として僕等はベイビーを正当と認めました。セレクトショップにしか入っていなかった頃、見極めるには試着するしか方法がありませんでした。着れば解るのです。
エロいオッサンが作る場合、レースがふんだんでも安いもので誤魔化します。このスカートは何故、ここまで膨らんでいなくてはならないのか? 何故、フロントを編み上げにしていなければならないのか? トーションではなくケミカルレースが使われるのか? ——単にデコラティブにしているのではない。一着に数えられないくらいリボン結びのパーツがあれども、必然性——止むに止まれぬ事情——があってそれがなされているのを知る時、僕等は本物と識別出来ます。ハート型エプロンにしろ、ヤバいのは承知です。でもこれも可愛いから捨て切れないのです——というお洋服の声が、聴こえた。
ベイビーは礒部明徳、フミさんが創立しましたが、暫くするうち二人はデザインを含むスタッフの殆どをロリータで固めました。アツキオオニシで技術を学んだ者がまだ技術は持たないが実際に着る立場の才能を指導し、ロリ服のスペシャリストを養成した。最初、メゾンに遊びに行った時は社員全員、ロリータだったので笑ってしまいました。パニエ満載のジャンスカを着ながら梱包も会議もする。「服飾用語なんてまるで知りませんが、レースの種類は全部、解ってます」と現在のデザイナー、上原久美子さんがいっていたのを思い出す。この人達は隙あらばレースを付けようとするし、隙あらばリボンをあしらおうとする。レースを後、5センチ削れば10着作れるとしても、レースをありったけ使える方がいいので9着で我慢したりする。
2000年以降に盛り上がるインディーズブランドが主体となるゴシック&ロリータのシーンに於いて、ベイビーが新しいロリータの規範となっていくのは、ロリータがロリータのお洋服を作るという姿勢を持ったからだと思います。一般的に現実味と実用性のないドレスであろうと、ロリータにとってのそれはリアルクローズであるが故、採算すら無視される。最近僕はノースフェイスの子供用リュックを買ったのですが、流石、登山のメーカーです、デイリーユーズとして売り出していてもデイジーチェーンや寝袋を収納するベルトなど、いざとなれば山登りで背負うがやれる機能は決して省かれないのです。
2018年に30周年を記念し行われたラフォーレ原宿でのファッションショー、去年に帝国ホテルで開かれた本社主催の第10回のお茶会ではこれまでを振り返るアーカイブコレクションが披露されました。
それは、決してメインストリームではないけれども、私達は嘘を吐かずやってきた。これからもやっていく——という独立国の気概を見せ付けるものでした。
僕は百年後もこのメゾンは残っている気がするのです。相変わらずフリフリなままで……。
(2/27/20)
「ファッション イン ジャパン1945-2000—流行と社会」展
国立新美術館(東京展 2020年6月3日―8月24日)
島根県立石見美術館(島根展 2020年9月19日―11月23日)
*「下妻物語」に登場する、はわせドールワンピースほか、ベイビー, ザスターシャインブライトのアーカイブコレクションの展示あり
※会期が変更となりました。詳細は展覧会ホームページをご確認ください。