オーガニックもまた退廃である

嶽本野ばら

かつて森ガールだった人達はSM2(サマンサモスモス)、或いは45Rへと居場所を移しているようですが、頂上にはダニエラグレジスがあります。

1997年に登場したイタリアのこのメゾンのお洋服は出回る数も少ない(何せ超ハンドメイド)し、高価だし、SM2の価格に慣れていると手が出ませんが、まさに“森にいそうな少女”ではなく“森に棲んでいる森ガール”が作るオーガニックドレスです。

しかしこのメゾンのプロフィールが語られる時、どうにも僕はステレオタイプのナチュラル志向ファクターがかかり過ぎ、違和感を憶えます。例えばこういうふう。

――ダニエラ・グレジスは生まれ育ったベルガモという小さな街の広場に初めてお店を出しました。城壁に囲まれた古い町並みにあるアトリエ兼ショップでは20名程のスタッフが働いていて、裁断、縫製、販売の全てを自分達でこなします。手作りの温もりと自由な発想で生まれるシンプルながらも手の込んだ小物や洋服は遊び心に溢れ、流行に左右されないものばかりです。

付け加え、ショップを訪れた際、お菓子を貰っただとか、アトリエには洗濯物が干してあっただとか、デザイナーであるダニエラ・グレジスさんは三つ編みをした少女のような笑顔をみせる気さくな人……だとかまるでスプーンおばさんがやっているメゾンみたいです。

ショップでお菓子をくれるのは特に珍しいことでないし、アトリエに生活が持ち込まれるのもよくあるのに、オーガニック≒ハンドクラフト≒意識が高いいい人、としたい偏見が、ダニエラグレジスを必要以上、ほのぼの系に仕立てようとしている気がします。

確かにこのメゾンはハンドメイドを重要視し、自然との共存を意識し、パーリャの葉で編む伝統工芸品のパーリャバッグを現地の人と共に作るなどコンセプチュアルな創作を軸にしています。だからとてダニエラ・グレジス本人をいい人と決定するのは早計でしょう。

ハンドメイド志向ながら心の汚い人だって世の中にはいます。そもそもどうしてナチュラルやオーガニックに拘れば、意識が高いことになるのか? 恐らくは共感する人が、自分は意識が高い人間であるを誇示したいだけではないのでしょうか? 田舎に住む人は素朴ではない。子供は無邪気ではない。田舎には素朴な人が比較的に多く、子供は大人より無邪気である印象が強いだけです。

川久保玲のセレクトショップDOVER STREET MARKETを特集した『SWICH』2017年4月号

川久保玲のセレクトショップDOVER STREET MARKETを特集した『SWICH』2017年4月号

僕はダニエラグレジスのハンドメイドに、古着を解体し再構成するようなマルタンマルジェラのアーチザナルコレクションと類似したサイバーパンク感を憶えます(ダニエラグレシスのショッパーはエアーキャップをカスタマイズしたものだったりするし、マルジェラのそれはシーチング布の端切れを縫い合わせたものだったりする)。川久保玲がコムデギャルソン青山店、またはドーバーストリートマーケットに於いてダニエラグレジスをセレクトするのは一見、奇妙なのですが、ビニールやポリエステルをも“布”として捉える思想とパーリャの葉を“素材”にして籠を編もうとする思想は反目するものではない。ダニエラグレジスに必要以上の優しさを求めるのは、そのモードに不当な評価を与えることになるのではないでしょうか。

オーガニックはダニエラグレジスの要素の一つであって、そのお洋服の本当のスゴさはカッティングにあると思います。

ポンチョっぽい単純な構成のアイテムでも、ダニエラグレジスのそれは幾何学的裁断がなされていて、グラマラスな曲線を多用するものより情報量が多い。辺が統一されていないハンケチのような四角の粗く織られただけの布を、ストールとして提示される時、僕らはその高額にたじろぐけれども、手にすると価値を認めない訳にいかなくなる。

物質としての力が正確にフォルムとなって具現化され、衣服と扱われたならば、獣の皮がコートとなりシルクがブラウスとなる時のように、莫大なインフレーションが起きる。

正多面体のフラードームを発明したバックミンスター・フラーは蜜蜂の巣など自然の造形に発想を得たけれど、彼はそこより構造の力学的強度を得ただけで、自然を模倣する建築を作るのを目的としたのではない。宇宙船地球号の提言も合理性の追求でしかなく“意識の高い”ニューエイジの傾倒者から、カリスマとして仰がれるのは迷惑な話でしょう。

僕はダニエラ・グレジスがショップを閉めた後、一転、人が変わったようにアトリエでポテチとコーラをべらぼうに貪り、魔女のような形相で「今日はどれだけ儲かったかねぇ?」レジの売り上げを勘定していたら素敵だと思います。大体、ファッションデザイナーがいい人な筈がありません。なれど、彼女の手が生み出す被服は一片の曇りなき、純粋の形(冷酷な程に――)を持つ。

心の汚い森ガールがダニエラグレジスを着てもいいでしょう。純真では森で生き抜けないですもの。

(01/25/21)

ダニエラグレジスがミラノで発表した2020-21年秋冬コレクションを紹介する「FASHIONSNAP.COM」のページ