人の頭の中にはいろんなモノが詰まっていて、その中でいろんなモノが作用しあって、いろんな考えが作り出されている。表現に長けた人は、それらを音楽にしたり、絵にしたり、文学にしたりするが、普通の人はそれらをしまいこんだままで日々を過ごしてしまう。少しおしゃべりが上手な人なら、面白い人ということにもなるけれど。例えば、夢の話をするとしよう。すると普段はまともな人なのに、とんでもない世界を夢の中で見てきている人がいたりする。人ひとりの頭の中に宇宙があるとしたら、この世には、たくさんの宇宙がある。『タキモトの世界』もそんな宇宙のひとつ。
タキモトは滝本淳助という名のカメラマン。 TVの深夜番組『タモリ倶楽部』で“トワイライトなものカメラマン”として登場していた人、といえばご存知の方もいらっしゃるだろう。彼の頭の中の世界の面白さを発見したのは南伸坊。彼が企画し、ライターで今は漫画家でもある久住昌之が聞き書きした「タキモトの世界」は’85~’89年今は亡き写真時代に連載されていた。それがこの度単行本として再び世に出たのである。ちょっと前のネタも多いけどタキモトの考え方のスタイルは伝わってくる。また以前と同じままの考えもある。
「ゴマってそもそもあれは何なの?タネ? ゴマって世の中にあんなにあるわけじゃない。せんべいにもついてるし、ほかほか弁当なんかにもかかっているし、ゴマ塩とか、ほうれん草のゴマ合えとか、買った事ないけどゴマって袋に入ってこうドサッと売ってるわけでしょう? 全国ありとあらゆるスーパーやら乾物屋に。ね、あれだけ大量のゴマを取るにはさァ、相当の面積のゴマ畑が必要でしょう。ところが、今まで生きてきたけど、その大地を見た事が無い」(『タキモトの世界』より)
彼によると、ゴマは雑草のでかいような植物で60cmくらいのが枯れて40cmくらいの高さで、花の咲いたあとのチューリップくらいの実の中に、大さじ1杯弱のゴマが入っていて、乾燥した実をクシャクシャとしてバラバラにし、フルイにかけてゴマをとるんじゃないかという説と、ピーマンのようなものでピーマンの種のようにゴマが入っているというふたつの説がある。
「社会のレイアウト上のオレは、役に立たない。現実的には3畳か4畳半のスペースしか与えられてない。否定的には思ってない。オレが良しとするのは、あーだね、こーだねって自分のことを言ったり、人のことを聞いたりすることで、それでオレが重なっていってる。まあ、ナマケモンだな」
方丈の庵に住み、ナマケモノと自称するタキモトは、今、一生かかって『滝本淳助全記録』をつくろうとしている。彼が現在、メモとして使用している手帳は10冊程度。用事が終わったら捨てていく緊急メモや、趣味のコイン集めのためのコイン帳、中古カメラの値段の手帳や、ハンコ集めも好きだからというのでハンコ帳、また「日々の記録」として、単にタイトルとして思いついた言葉や、行ってみたい場所、好きなものや疑問、発明を書きとめたものがある。で、これらのうちいい考えは「奥の院」と名付けられた手帳に上がっていく。
「最終的には、『奥の院』一冊にまとめたい。墓の中に一冊と地球上に一冊残したい。ただ間にあうかどうか、だね。誰でもさ、そういう作業はしてるわけでしょ、結局。あと、オレの場合は写真に撮って現物を捨てるということもしてる。でもファイルが一杯になっちゃって、ファイルのためのファイルをまた作ったんですよ。たいへん。まっ、憶えちゃえばいい、頭の中に入れちゃえばいいっちゃあいいんだけどさ。マックにカラープリントからスライドから読み込んでって、フロッピーで残すって考えてもいるんだけど」
ああ、たいへん。たいへんだけどひとごとではない。自分の奥の院を作ることは、家を建てるよりもむずかしい。
(文:塚村真美)
(「花形文化通信」NO.36/1992年5月1日/繁昌花形本舗株式会社 発行)