MILKからVIXEN——牝狐は牛乳の夢をみるか?
嶽本野ばら
新刊のサイン会で上京する際、前乗りしてMILKの大川ひとみさんがMILKBOYの地下スペースで新しく始めたヴィクセンプロダクツ(VIXEN PRODUCTS)に行きました。
2007年よりスタートしたこのラインに触れるのは初めて。最近はカフェを兼ねた店内で、丸尾末広、楳図かずおなどのエキシビジョンを開催しお洋服との融合を試みたりしている。
ひとみさんのニューラインだから可愛いと思うと間違いで、ヴィクセンの提言はズバリ——「生きていく上で、いま何が必要か?」と考えた——(カタログより)リアルクローズ。ペットボトルが4本ポケットに入るおズボンや救助用ホイッスルとして使用できるネックレスなどがエントリーされる。一見、津村耕佑のファイナルホームに似てますが、ファイナルホームが身体と環境をテーマとするのに対し、状況にリンクした或る意味スポーツウェア等、コンプレッションへの指向を重視するのがヴィクセンなのだと思います。
この日、ロゴTとピローバッグを買ったのですが、グレイに白ロゴのシンプルなバッグはサイズが3種類。一番デカいのは縦59×横43cm(素人の計測なので誤差はお許しください)、デカ過ぎる。でもせっかくなのでと一番デカいのを選びました。ところがサイン会終了後に、いきなしこの特大が大活躍をする。いつも沢山のお手紙や貢ぎ物を頂くので大抵は宅配便で送る手続きをとるのですが、それらがバッグに全部、入っちゃった!
ポケットすらない寸胴のバッグ。逆に仕切りがないからとりあえずバンバン、モノを詰め込める。被災をした経験はないですが、緊急時、財布はこっちで食べ物はこっちと分けている余裕などないじゃないですか。後で整理すればいいと入れられるだけ入れられる鞄のほうが有り難いじゃないですか。
さらにいうとこのバッグ、背中にリュック、両手にスーツケースなんて場合、持ち手を首に通し胸に提げるとパンパンなほど、佇まいがカッコいい。大荷物で電車に乗ってる姿って観せられたものじゃないのですが、ヴィクセンを首から提げていると、わざと大荷物なスタイルかに勘ぐれるくらいにバランスがよくなる。
ひとみさんのMILKは原宿で1970年にスタートしました。1965年に渡仏した高田賢三が初コレクションを開いたのと同じ年ですから、DCブランドの先駆けどころの存在じゃないんです(山本寛斎が初めてロンドンでショーをしたのは71年)。この国のお洋服の概念をひっくり返した最初のデザイナーなのです。MILK、MILBOYでティーン向けの可愛いお洋服を作ってその世代から支持を受け続けてきたので、川久保玲や山本耀司のように『ヴォーグ』や『フィガロ』に論評が載らなかっただけで、文化勲章を貰っても当然の功労者なのです。僕にしても処女短編『ミシン』を書けたのはMILKを着る女のコというモチーフがあったからだし、ひとみさんがいなけりゃ何も始まらなかったんです。
2018年12月に久々の大掛かりなファッションショー(MILK MILKBOY 2019 SPRING COLLECTION “SHOK SHOW”)をラフォーレ原宿で行なったひとみさんですが、自分の服作りの節目を宣言したかったんじゃないかなと、今になって感じます。
生きていく上で、いま何が必要か?——ひとみさんのこの言葉は、新たな問い掛けではなくて、MILKを始動させた時からずっと発せられていたメッセージだったのですよ、きっと。ショルダーバッグをハート型にするのも、お店の天井に天使の絵が描かれたのも生きていくために必要なことだったからです。
だからねぇ、僕等はMILKのことになると必死に語らってしまうし、そのお洋服に袖を通した瞬間、泣いてしまうんだ。生きるために必要なものだから、わざわざそんな高くて実用性のない服を何故、無理してまで買うの?興味のない人に首を傾げられたら、貴方にはいらないでしょうけど……少し腹を立ててしまうんだ。
ひとみさんと話をさせて貰った時、可愛いということに対し意外とクールだったことに驚いたのを憶えている。でもそれは、ひとみさんにとってのリアルクローズが偶々、対外的に可愛いという表現を妥当とするものであっただけで、大事なのは常に “自分にとって必要か否か” の選択で、それを僕等もうっすらと解っていたけれども、爆発的な共鳴を可愛いと表現するしか術を持たなかっただけなんだろう。
ヴィクセンは被服のリアルを今までになく明確に提示するひとみさんの意思でしょう。コンプレッションに移行しただけのラインではない。混迷に於いてもカッコよく佇めるためにヴィクセンのクローズはあるのです。
路上を極めた孤高のデザイナーのファイナルアンサーがヴィクセンプロダクツなら、僕はサイズ違いのピローバッグも買おうかなと考えています。うん、買うべきでしょうね。
(10/04/19)