亦は可愛いの独自解釈に就いて

文・嶽本野ばら

cleire’sで買ったtyのぬいぐるみ達(個人蔵)

 

可愛いとは何でしょうか? 僕はそれを掛け替えのない――と定義します。

掛け替えのない、それよか他に代わるものがないのですから、美しさが万有に共通の概念であるとして、可愛さはそうはなりません。黄金比や白銀比に従えばあらゆるものが美しくなるのですが、二つあっては可愛いではなくなるので、可愛いはそこから逸脱しなければなりません。型紙通りに作ればきちんとしたドレスになる筈なのに布が足りず型紙に合わせられなかったが故、右の裾が寸足らずになってしまったドレスが正当なドレスより可愛いのは、かくなる理由からです。そして寸足らずなドレスが可愛いからとてそれを完全に模倣しても同様にならないのも、可愛いは掛け替えのない、他に代わるものがない――性質のものだからなのです。

出来損ないであっても、たった一つしかないからこそ最上、無比になる大事さだからこそ、僕は可愛いに命を捧げます。誰も振り向かないけれども自分だけが唯一を見付けたものだからこそ尊びます。これは可愛いからやんごとなく扱えといわれたとて、自分が可愛いと思えなくてはぞんざいにするでしょう。可愛いは誰にも押し付けらやしない。自主独立のものなのです。

嗚呼、大島弓子の「ローズティー・セレモニー」を読むがいい! 平凡で目立たない廊下側の席の土屋静子が、窓際の席に座る美しき同窓の田谷高太郎に、バレンタインデーを大幅にずらしラブレターを出したのは、「ひとえに私の存在をあなたさまに目立たせたいというせつなる根性にもとずいて」だったからではないか! 銀座の地下の舶来品売場に陳列された一箱のローズティーの余りにもロマンチックなパッケージによろめき、二人で飲めば何か特別なことが起こる、同じ血液になった互いをしか愛せなくなると思い込んでしまったからではないか! 高太郎は若くして終える己の命を学内でのテスト廃止の訴えの運動に捧げます。この時に彼が選んだスローガンが、エリュアールの『自由』であったことは偶然ではありません。

ぼくの生徒の日のノートの上に
ぼくの学校机と樹々の上に
砂の上に 雪の上に
ぼくは書く おまえの名を(安東次男・訳)

大戦への抗議として記されたこの有名な詩の「自由」を、砂の上に、雪の上に書かれる文字を「可愛い」に変えてはならないでしょうか? 同じく個人的な掛け替えなきものです。差し替えてはならないですか?

「ローズティー・セレモニー」収録『シンジラレネーション』大島弓子著 : サンコミックス刊(1982年)個人蔵

「ローズティー・セレモニー」を僕が何度も読み返すのは、高太郎の訴えに賛同するからでも、静子との恋の儚き記憶にノスタルジーを感ずるからでもない。二人が校庭でプラカードを持って叫び続ける姿が、掛け替えのないものに映るからです。

僕等が尊重しようとするものはたわいのないものだろう。モラルに比べればどうだっていいものだろう。だけど一個しかない。高太郎達の行動に最後、他の生徒達も授業を放棄して駆け付けます。でも……大人になってからこれを彼等は笑い話にするでしょうが、静子だけは黙して語らないと思います。高太郎としか共有のならない、もしかしたら彼とすら一緒には所持出来ぬ唯一のものだから。大人になった静子すら自分のものと認めないかもしれません。その特別が永遠となり、誰の手にも届かないのなら。

クレアーズが2020年10月で日本から完全撤退という知らせを受けました。

何時も渋谷のお店を使っていたけれども、京都に居を移しても新京極にあるから大丈夫と安心していたのに、京都店がなくなり泣きそうになった。わざわざクレアーズの為に大阪に行くのは変なので、東京に行く用事があれば必ず立ち寄るようにしていました。

安くて可愛いけど使い道がない――クレアーズのグッズは評されますが、何でそんなことをいうかなーと向っ腹を立てていた。僕は京都に修学旅行に来たけど結局、お土産代をヘアピンやぬいぐるみ、クレアーズで全部使い果たした人の話を知っている。地元にもあるのにクレアーズで散財したので、私にとっての京都はクレアーズですと、その人はいう。

cleire’sで買ったスナップピンなど(個人蔵)

百均で同じようなものを見付けられる現在、変なものしかないけど激安と存在を保っていたクレアーズの旗色が悪いは想像に難くない。しかし百均のティアラ、スナップピンとクレアーズのそれを一緒にしてはなりません。クレアーズは常に感動をくれる。使い道がなかろうとクレアーズのものは捨てられない。一つずつが掛け替えのないストーリーを持っている。なくなった時、ようやく貴方は気付きます。クレアーズが青春のメタファーだったことに。学校机と樹々の上にあったクレアーズのアクセサリーを、やがて貴方は思い出す。バニティケースの奥にあったヘアピンを見付け、貴方は泣くでしょう。

(4/2/20)

 

大島弓子「ローズティー・セレモニー」は現在kindle版で読むことができます。『四月怪談』(白泉社文庫)に収録