ハイジが大人になったような風貌で、ヤギの乳のような滋味ある声で歌う二階堂和美さん。自らが作詞作曲した歌は、恋の歌なのに仏教讃歌みたいに響くことがあります。それはニカさんが広島のお寺に生まれ育ち、僧侶でもあるから。絵本のような歌もあれば、抽象画のような歌も。歌は音楽はどんな風にできてくるのでしょう。前回からのつづきです。(塚村真美)

写真:三田村亮

ひーと伸ばして弱まらない

――二階堂さんはいろんな声が出ますよね。パンチのある声もよいですが、高音で小さい音の伸びていくのも聞いていたいです。高畑勲監督からもシンガーとして高い評価を受けました。

二階堂 高畑さんと、このあいだ亡くなられたラッパーのECDさんは、お二方とも、私の声の「失速しない」っていうところをほめてくださった方々だったんです。

――失速しない、とは?

二階堂 なんかこう、小さい音でも、ひーと伸ばして、それが弱まらないってところを。そこをとりたてて言ってくださる方って多くはなくって。ダイナミクスがすごいとか、いろんな声が出るとかいうことは頻繁に言っていただくんですけど。自分としてはこだわってるところでもあるので、あ、みてくれてる人がいる、ってうれしかったです。

――でもビッグバンドで歌うときは、ダイナミックです。

二階堂 ビッグバンドと一緒にやったライブも高畑さんはよく来てくださったんですが、ビッグバンドの大音量の中でも、声や歌詞が埋もれないことを、すごくまれなことだと、とっても喜んでくださいました。ライブのあと、その喜びをメールしてくださるんですよ(笑)

――え!すごい、なんて言って?

二階堂 「天才ですね!」とか言って(笑)。そのメール、全文お見せしたいくらい、表現がうまいんですよね、どう素晴らしかったか(笑)を伝える言い方がうまいんです。あと、歌に乗せる言葉自体も、言葉が聞き取れる、意味内容がスッとこっちに入ってくる、そこがいいところだって。それも大事にしているところです。

――歌詞を大事に。そうでした。二階堂さんは詞も曲も自分で作る、シンガーソングライターです。

二階堂 最初は、曲を書いてもらえる人が誰もいないから、とか、そういう理由から始めたようなことで。何か社会に言いたいことがある、とか、やりたくてやってたわけじゃない。ただ、歌う歌がほしいけど、そういう人に出会うまでは、というところから書き始めた。でも、ああやって、『にじみ』ってアルバムなんかは全部自分で作詞作曲をして、時には言葉の選び方についてもほめてくださる方がいて、それがなんかうれしくって。ほんじゃあまあ、肩書きにソングライターも入れとこか、みたいな(笑)。自分のプロフィールでも、「歌手」って書いたり、「シンガーソングライター」って書いたり。「歌手・作詞作曲家」とか堅苦しく書くこともあるんですけど、作詞作曲家っていうには、楽譜が書けなさすぎだし、曲数も少ない(笑)。結局どの言い方も、実はあんまりしっくりきてません。

写真:三田村亮

――作曲は自分で歌って録音して、という感じですか?

二階堂 ですね、楽譜書けないので。曲を思いついたら鼻歌でとりあえず録音です。最近は「宅録」でアルバム作ることはなくなりましたけど、公演よりも、やっぱり、録音が好きなんですよね、実は。なんかみなさんには、ライブ好きなんだろうな、って思われてそうですけど、ほんとはそんなに、いや好きじゃないっていうと語弊があるんですけど(笑)、人前に出ること自体は苦手なので、音楽が鳴り出す瞬間までずっと気が重いんですよ。録音とか、つくる作業は、やりだすとものすごい熱中するというか。そこはライブとちがって妥協できなくて。残るものなので。というか、残すために作るものなので。妥協したら出す意味ないですよね。でもなかなか、集中するとか、籠もるってことが許されなくなってきてるので、作品制作は縁遠くなってますね。

エネルギーの使いどころ

――子育てもしながら、籠もるって大変。しかもお寺の用事もとなるとさらに。

二階堂 娘に言われるんです。特に出かける前とか、イベント控えてると顔がどんどんどんどんむずかしくなってくるみたいで。あれもしなきゃいけない、これもってなってるから、娘の話なんか聞いてないんですよね、空返事ばっかり(笑)。「なんで笑わないの?」って言われると、なんか、大事なものをね、ちょっと失ってるというか。エネルギーの使いどころはどこなんだ?っていう。外でみなさんに振りまいている笑顔だったり、エネルギーっていうのはもちろん、うわべに作ったものではなくって、湧き上がるものではあるんですけども。私生活でちょっと省エネしすぎじゃないかな、と思って。もうちょっと、私生活のほうにも、豊かになれるようなゆとりをもちたいな、と思っています。

――子ども向け?というか子どもの詩のような歌、おもしろいです。「おもちさん」。

二階堂 あー(笑)。幼稚園で公演するときに急遽つくった曲で、録音もまだしてないんですけど、あれ、案外楽しいな、と思ってるんです。子ども番組とか絵本とか今すごい見てるので。なんか違ってきますよね、作る曲も。

――アルバムにある落書きみたいな絵は二階堂さんの手によりますよね?たしか大学では美術を専攻?

二階堂 といっても、教育学部の小学校教員養成課程で入って副専攻で美術をとった形なので、入試でデッサンとかやったわけじゃなくて。絵画、陶芸、写真、彫刻、デザインなど、ひと通り広く浅く。でもそれはすごくいい経験でした。人物画を描くのが好きでしたけど、大学4年の時おじいちゃんが亡くなってからは、しばらく抽象画ばっかり描いてました。でもそれってたぶん、ボイスパフォーマンスと一緒で、一時期、言葉のない歌をいろいろ探る、という感じで歌ってましたが、絵の方も同じでしたね。

――しかし、まったく今はどちらも抽象的ではない。

二階堂 かこさとしさんの「カラスのパンやさん」とか「だるまちゃん」のシリーズなんかの絵本を大人になって見た時に、「はっ、すごい影響受けてる」って思ったんですよね。子どもの頃の「描きたい」っていう素直な気持ちは、かこさとしさんの絵に親和性をおぼえます。それで落書きみたいな絵を解禁に(笑)。

生きてるうちにとっとと

――子どもの歌は、絵本みたいだし、ボイスパフォーマンス的な要素がありますね。ちょっとこれからの曲作りが楽しみです。さりげないラブソングだと思って聞いていたら、仏教的な内容になっていたりしてびっくりしますが(笑)。

二階堂 『にじみ』の収録曲なんて、言ったら全部仏教讃歌です(笑)。「お別れの時」も「女はつらいよ」も「いつのまにやら現在でした」も「めざめの歌」も……。

――そうですよ。お説教で言い古された言い回しをぶち込んでる〜!ちりばめるというより、全面に。

二階堂 はっはっはっは(笑)。そういうところに気づいてくださる方がいること、ほんとに、なんか暗号を読み解かれたみたいな(笑)。いや、うれしいですけど。

――みなさん、どう思って聞いてるのか?と。「とつとつアイラヴユー」なんて、ごくナチュラルなラブソングに聞こえるのかも知れませんが、あれは親鸞聖人の法然上人へのリスペクトの言葉ではないですか。もう私にはそのようにしか聞こえません。気軽に聞いていたら、どきっとすることしきり。

二階堂 「たとえあなたになら騙されてたって構わない」ってね。みんなね、結婚式とかでも歌ってくださってるみたいで。別に法然上人のこと、誰も思ってない(笑)。でもああいう調子でね、また思いつけば書きたいけど。あの頃、あれらはほんとに降ってきたものだったのでね。

――あるんですね?やはり、降ってくること。

二階堂 降ってこないと書けないです。もちろん迎えにも行きますけど、降りてきてくれられやすい状態でいることが重要です。

――他力的?リラックスして心が開いてるような状態でしょうか?人事を尽くして天命を待つ、みたいな?

二階堂 ああなるほど。その状態を他力的って思ったことはなかったですけど、言うたらそうですね。でも「人事を尽くして」ってなると、それは自力になる(笑)?どこまでいっても自力を捨てられないわが身です(笑)。でもいったんそこのモードに入ると、ほんと目の前が開ける感じが、心の目が開くっていうのかな、ほんと照らされてて……。そうかも、他力的かも。

――仏語の「他力」とはこの場合ちがうので、「他力的」と言っております、私たち(笑)。それにしても音楽も仏教も聴聞が大切といいますか……。

二階堂 あはは。聴いたり聞いたりしてね、耕したいですよね。水を吸い込みたいですよ。無理してでも自分をそういうところに置きにいかないと、カチカチになっちゃいますもん。和上(注:学識の高い僧の尊称)さんの話も、ちゃんと聞きたいです。それはね、ライブと一緒でね、足を運んでちゃんと聞きにいくべきだな、と思ってるんです。自分は、録音が好きってさっき言ったけど、そこにはない刺激が、ライブにはこぼれ落ちるほどありますもんね。あの、芝生に刺すスパイクみたいなのあるじゃないですか。あれ、要りますよね。もむとかほぐすっていうより、グザッって刺してもらう感じ。絡みすぎた根っこ、切ってもらいたい~。

――そ、それは歌詞ですか?そんな歌も聞いてみたいです。ところで、今年はデビュー20周年だそうですね。なんか計画はありますか?

二階堂 ね。2年前からうっすら意識はしてたんですけど、大きいことは何にも……むしろ活動縮小計画(笑)?ですけど、初心に帰る意味も含めて、ソロで立ってみようと思ってます。もう若い頃の歌は若い頃のようには歌えないけど、どれかのバンドに20年を代表させるのもなんか違うし。まあアニバーサリーに重きを置く趣味がないので、それはともかく今やるべきことを、って思ってます。

――具体的には?

二階堂 10年以上前からやりましょうって言ってやれてなかった渋谷毅さんとの共作を実現させたいなあと思っています。お経の録音物とかもね。これ、レイ・ハラカミさんにトラック作ってもらう話とかしてたのに、できなくなっちゃって。やっぱり、私たちみんな死んじゃうから。生きてるうちにとっととやりましょう!

 

写真:三田村亮

 

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