
挿し絵:北林研二
ミキタン
バーで自炊の話になり、レパートリーを増やすのに砕いたり細かくしたりする道具が欲しいのだけれど、余計な家電を増やしたくないし、と言ったら、隣にいたトキオカさんが、あのね、ミキサーはいいですよ、と言った。
ミキサーは便利。もちろんミックスジュースもできるけど、たとえばね、ピーマンあるでしょ、これをちょっと焦げ目をつけてね、それで豆乳と一緒にミキサーにかけてムースにするの。もう、最高にうまい。そのまま食べてもいいし、パンに塗ってもいい。
うーん、でもほら、ミキサーってなんか毎回洗うの面倒そうだし、刃が怖くて、洗うときに手を切っちゃいそうだし。
あ、それは慣れれば大丈夫だから、あのね、ムースだけじゃないの、たとえば凍ったむき枝豆とかあるでしょ、ああいうのを豆乳入れて味噌入れて、ちょっと水足してあっためてからミキサーにかける。これが、すり流しになって、で、おいしいの。なんでもいいんだから。ああ、ポタージュもいいんだ。ブロッコリーとか小松菜とかカボチャとかね、豆乳ですぐできる。
どうやら何を作るにも豆乳が鍵らしいことはわかった。でもそういうのって、最初は珍しくていろいろ頑張って使うかもしれないけど、だんだん面倒くさくなって戸棚の奥にしまわれちゃうような気がして。それに、うちの台所のコンセントってちょっと不便なところにあって、コードが流しとか洗い桶とかにかかっちゃいそうで。
あ、それならね、充電式のやつがある。USBで充電して、コードレスで使えるやつがあるの。これ、かさばらないしすごく便利。あ、それでね、なすを炒めたやつ、焼きなすの香ばしい感じあるでしょ、あれがそのままムースになったらもう最高。
トキオカさんはスマホを何度かスワイプして、これ、と画面を見せる。
このね、ミキサータンブラーってやつ。これね。通販サイトで検索したらいくつか出てくるから。
アプリを起ち上げて言われた通り検索していると、横からトキオカさんが、ああ、それそれ、そのへんね、と画面の端を指す。それをタッチすると、トキオカさんが表示している機種と似たものがいくつか表示された。どれがいいのかよくわからなかったが、もう自分の役目は終わった、と言わんばかりに、トキオカさんは、ねえ、ミキサー便利だよねえ、とカウンターの中の主人に話しかけるので、表示されたものの中から、値段が手頃で軽そうなのをその場でポチった。
*
翌日、ミキサーが来た。さっそく、トキオカさんがいかにも旨そうに語っていたピーマンのムースというのを作ろうと、四つに切って鍋で炒めて塩を振り、豆乳と一緒にミキサーに入れて、スイッチを入れた。
回らない。
電源が入っていないのか。そうではない。スイッチを入れた瞬間、カシュッ、という音がして、わずかに刃は動いた。しかしすぐにひっかかってしまった。そのままうんともすんとも言わないので、一度電源を引っこ抜き、またつなぎ直し、再び回してみた。
カシュッ。
なんだ。最初からこれか。不良品か。それとも間違った商品を手に入れてしまったのか。もしかしたら、トキオカさんが薦めてくれたのは、これとは違う機種だったのではないか。狭い台所の真ん中にでんと置かれたミキサーはやたらとかさばって見え、全身これ無用感を漂わせている。焦げで微かに濁った豆乳の中に、切られたままの大きさで残ったピーマンの緑が透けて見える。
まだ封も切っていなかった取り扱い説明書の袋を破いて、「使いかた」のページを読んでみた。思いがけず、やるべきこととやってはいけないことがいくつも列挙されていた。「氷は市販のものは使わず、家庭用の冷蔵庫で作った角氷を3,4個入れてください」「やわらかい食材は2cm以下に切ってください」「かたい根菜類は1cm以下に切ってゆでてから入れてください」「液体が少ない状態で運転するとカッターに引っかかり、停止の原因になります」「食材をできる限り小さく切ると、上手に調理できます」。調理禁止食材がいくつも並んでいた。乾物、肉、魚介、粘り気の強いものなどなど。なんだなんだ。ミキサーってなんでも粉砕してくれるんじゃないのか。ピーマンなんてやわらかい部類じゃないのか。四つ切りは大きすぎるのか。あるいはもっと豆乳を入れなければならないのか。
タンブラーの中身を鍋に空け、豆乳まみれのピーマンを箸でつまんで、調理バサミで「できるだけ」ちょんちょんのちょんに切って、豆乳をちょっと足して、タンブラーに戻し、再びスイッチオン。
ミキサーは唸りを上げた。ピーマンの破片が飛び散り、内壁に貼り付いた。貼り付いた破片はけっこう大きく、しかもなかなか落ちてこなかった。両手で激しく揺すぶった。コードレスでタンブラーだから手に持てるのだ。うおんうおんと振動音が波打ち、ぷちぷちと何かがちぎれる音がした。
30秒たち、蓋を開けてみると、ムースとまではいかないが、豆乳は薄い緑色に染まっており、小さなピーマンの断片が浮いていた。スプーンで内壁の破片を落とし、再び蓋を閉めて、スイッチを入れ、激しく揺さぶった。今度は、ピーマンはほぼ粉砕され、ねっとりとしたまぜものができた。
中身は容器にくっついて流れてこない。スプーンで掻き出し、刃の裏側にこびりついているのをフォークでこそぎ落とした。きれいに取れないので、内壁を指でぐるりと擦って、ついたものを舐めると、思いがけず、乙な味だった。これはもしかして、おいしいのではないか。いや、おいしい。ムースというには少し空気が足りないが、クラッカーに載せたりパンに塗れば楽しめそうだ。
ばらして洗って、どうやら刃で怪我したりはしないことを確認してから組み立て直した。
格闘したと言える。なんとか最初の調理ができた。しかし、まだ買い物にふさわしい手応えを得ていない気がする。もう一品、液体が多くて食材がやわらかくていかにも難易度の低そうなものを試してみた。先に牛乳を十分に入れ、バナナをちょんちょんのちょんに切って入れ、市販の氷ではなく製氷皿のものを数個放り込み、スイッチオン。今度は順調に回り、ときどき氷を砕く暴力的な音がして30秒、蓋を開けてコップに注いでシナモンを振った。
ああ、これはまごうことなき、バナナセーキだ。
ようやく、買ってよかったという気になった。最初は絶望的な気分になったが、どうやら、こいつは不良品ではない。「こういうもの」なのだ。こいつは、わたしが想像していたような、食材をそのまま入れてなんでも粉砕してくれるものではない。かたい物はやわらかく煮るか炒める必要があるし、材料はできるだけ小さく切る方がよい。こいつに食材を放り込む前に、液体をある程度入れておかねばならない。そして、こいつの内側に貼り付いたものをきれいに取るには、スプーンやフォークではなく、もっと壁面にぴったりするもの、指ではない何かが必要だ。
生来ものぐさなわたしに、こいつを使うたびにこのような面倒な作業を行うだけの根気があるだろうか。少なくとも、「こいつ」では、つきあいがいがない。こういうときは、相手に名前をつけてやることが必要だ。そしてつける以上は本気で考えなければならない(by スピッツ)。本気で考えた結果、タンブラー型のミキサーということで、ミキタンと呼ぶことにした。
その後、トキオカさんに教わった通り、ミキタンで焼きなすを砕き、むき枝豆を砕き、ポタージュやムースを作った。指の代わりに百均で先のやわらかいヘラを手に入れた。ミキタンが作ったものを余すことなく掻き取るにはこれがいちばんだった。ミキタンはときどきカシュッ、と鳴ったが、そのたびに電源を入れ直し、どうしたどうしたと揺すぶり、それでもダメなら水を足し、食材をいったん取り出してちょんちょんのちょんにした。バナナの他に冷凍のフルーツをあれこれ試した結果、牛乳やヨーグルトの量によって、ドリンクにもスムージーにもなるし、さらにシャーベット寄りになることもわかった。
■ミックスベリーのジュース、もしくはスムージー、もしくはシャーベット
材料
冷凍ミックスベリー 適量
牛乳 適量
(お好みでヨーグルト、砂糖 適量)
作り方
材料をミキタンに入れてスイッチオン。
冷凍もいいが、生のフルーツもいい。パイナップルが安く出回るようになると、まるまる一個買ってきて、一気に切り分けた。最近のパイナップルは甘く、芯まで食えるものもある。カットパインよりずっと安上がりだ。少なくとも『おもひでぽろぽろ』のような残念な目には遭わずに済む。小間切れをまとめてフリーザーバッグに入れて冷凍庫に放り込んでおき、作りたい量だけ出してココナッツミルクと水でミキタンにかけると、おいしいパイナップルジュースになる。カクテルにしたい場合はちょっとラムを垂らすとよい。夏のはじめはこれでかなり助かった。
作ったものをSNSで報告していると、ライブで一緒に曲を作っている澁谷浩次さんが、ミキタンを使うならチャトニがよいと、いくつかレシピを教えてくれた。澁谷さんは仙台の喫茶店でカレーを出している。チャトニのレシピは本格的だ。どのレシピにも、スパイスをテンパリングしたものをミキタンの中に「ジャッとやる」と書いてある。じっさいにテンパリングしてジャッとやって30秒揺すると、ねっとりしたペーストになり、パンに塗ってもよし、ご飯のお供によし、もちろんカレーの付け合わせによし、一気にミキタンの価値は上昇した。
チャトニはいろいろな食材でできるのだが、自分で組み合わせてみておいしいと思ったのはニンジンのチャトニだ。ニンジンの甘味とレモンの酸味にミントが効いて、繰り返し食べても飽きない。
■ニンジンのチャトニ
材料
ニンジン 小1本
テンパリング用:
ウラドダル 2g
チャナダル 2g
マスタードシード 1g
カレーリーフ 5枚くらい
赤唐辛子 1本(ハサミで細かく切る)
オリーブ油 10g
ミキタン用:
塩 2g
白だし ちょい
レモン汁 5g
豆乳 10g
ミントの葉 5枚(バジルでもよい)
作り方
・テンパリング用の材料を弱火で3分炒める。
・小間切れにしたニンジンを加え、蓋をしてさらに弱火で5分炒めて柔らかくする。
・ミキタン用の材料をあらかじめミキタンに入れておく。
・小鍋のあら熱を取り、テンパリングしたものをミキタンの中にジャッとやる。
・スイッチオン。
・1分くらい回すと、ねっとりとしたニンジンのチャトニになる。
チャトニのおかげで、朝食のパンに塗るものはバラエティに富んできたのだが、もっとストレートに、パン向きのスプレッドがあってもよい気がしていた。ある日、テレビでオーストラリア人が「日本のピーナッツバターは甘すぎる」と言っていて、確かに市販のピーナッツクリームは、ちょっと甘味が強すぎて苦手だなと思ってから、ふと、ミキタンなら、あまり甘くないピーナッツバターを作れるのではないかと思いついた。とはいえ、あまり手間はかけたくないし、材料も手近なものにしたい。
袋入りの炒りピーナッツの安いやつを買ってきて、そのままではかたくてカシュッとなりそうなので、一晩水に浸けてふやかした。さらにやわらかくするために少しゆでてから、豆乳、塩、砂糖と混ぜて、ミキタンにかけてみた。
■ピーナッツのスプレッド
材料
炒りピーナッツ(無塩) 40g
水 40g
ミキタン用:
砂糖 2g(お好みで調節)
塩 2g(お好みで調節)
豆乳 20g
白だし ちょい
作り方
・炒りピーナッツを水に浸け、一晩おく(皮はむかなくてよい)。
・浸け水ごと鍋にあけ、3分くらいゆでて少し水を飛ばし、さらにやわらかくする。
・ミキタン用の材料をあらかじめミキタンに入れておく。
・火を止め、鍋のあら熱をとる。
・鍋の中身をミキタンに加えて、スイッチオン。
・ピーナッツの細かい粒が残る程度までひたすらミキタンをうならせる。
これは思いがけずうまくいった。ピーナッツは完全に砕けるわけではなく、粒感が残るのだが、味はピーナッツバターに近い。パンに塗ってもよいし、パスタに炒めたきのこや肉と一緒に和えると、ピーナッツパスタになる。
ピーナッツに限らず、ミキタンを使い始めてから、ナッツ類は常備するようになった。大葉かバジルが大量に手に入ったら、ジェノベーゼを作る。通常は松の実を使うのだが、けっこう高いので、おかしのまちおかで安いくるみとアーモンドを買ってくる。カシューナッツ、ピーナッツが混じってもよい。ジェノベーゼは、ネットで検索するといろいろレシピが出てくる。くるみは、白だしや豆乳とまぜ、塩・砂糖で味付けしてミキタンにかけると、くるみ味のソースができる。めんつゆを加えてそばつゆにしてもよい。
*
ミキタンを買ってから一年近くたった。季節の野菜に合わせて、夏は冷たいものを、冬には温かいものを作る。調理に使う鍋は一つでよいこともわかった。小鍋で炒めてミキタンに入れ、砕いたらまた同じ鍋に戻して温めれば、スープやポタージュになる。
たまに、通販サイトのレビューを見ることがある。上位機種には、もっと粉砕力のあり、止まりにくいものもあるようだ。しかしもはやわたしはミキタンに馴らされてしまっている。ちょっとかさばるしな、とか、充電式じゃないしね、とか、いろいろあら探しをしては、ミキタンでよかった、と思い直す。そのミキタンのレビューには、いくつかネガティヴなものがある。買ってしまった人間にはもう用のない文章なのだが、わたしは底意地が悪いので、あえて読んでしまう。この人もカシュッとなってイラッときたのだな、この人はちょんちょんのちょんまでいかずに書いたのだな、などと同情しつつも、そこで見放して低評価をつけるようでは、ミキタンの真価はわからない、などと見下して悦に入る。
トキオカさんには感謝しかない。新しいレシピができると、ときどき報告している。たまに新しい道具を薦められるけれど、いまのところ、手を出すつもりはない。
(10/15/26)
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