【インタビュー】管理人・ミュージシャン 森本アリ その7/7
森本アリさんのインタビュー最終回は、「シオヤプロジェクト」の中でも、森本さんがやりたいこと、考えていることが詰まった「しおや歩き回り音楽会」を中心にお伝えしていきます。「しおや歩き回り音楽会」は、2014年から2017年まで塩屋商店会が主催した「しおさい」という塩屋のまちがまるごと文化祭となる日の、音楽部門のメインイベント。この音楽祭はどのように始まり展開されたのか。森本さんのアクティビティの根にあるものをみつめます。(丸黄うりほ)

旧グッゲンハイム邸で(2026年1月29日)
まちの高低差を使って繰り広げる「しおや歩き回り音楽会」
森本アリさん(以下、森本) この写真を見てください。空き地みたいに見えるかもしれませんが、「塩屋東市民公園」という公園で、毎年8月の終わりに盆踊りをする時にだけ賑わう場所なんです。
普段あまりに寂しいから、2015年から、塩屋商店会が主催する塩屋のまちの文化祭「しおさい」の一環の「しおや展」として、飯川雄大の作品を置いたりしていたんです。そのうちに、隣の家の2階の真っ白な壁の方が気になってきて、映画のスクリーンにしか見えなくなってきた。それで、「シオヤシネマパラダイス!」っていう企画を立ち上げて、白い壁を使って、無声映画の野外上映会を、夏休みの最後の金曜日にやったんです。2018年の8月31日でした。
映画は、バスター・キートンとかジョルジュ・メリエスの『月世界旅行』とか。壁をお借りした家と、その隣の家には電気をお借りして上映をしました。弁士と楽士もつけて。
——よその人の家の壁で上映会!?
森本 西村家、西川家にはお世話になりました。
2014年から2017年まで、この公園をスタートする「しおや歩き回り音楽会」をしました。出演者は、塩屋出身とか在住とか、塩屋の人がメンバーにいるグループを30組ほど集めて、2時間半で一つのプログラムを組んだんです。坂道、階段、段差があったら、そこをステージにしていくという感覚で、まち全体で音楽会にしました。で、これが始まりの写真。
——なるほど、白い壁が見えていますね。
森本 ここで始まるかと思いきや。斜め向こうの屋上から音が鳴って、僕も参加している、ど下手なトランペット楽団の「ペ・ド・グ」が30秒ぐらいパーっとファンファーレを演奏して消えるっていう始まり方をしました。
2014年から2017年の間には、この公園をスタートするほか、漁港からスタートした回もあって、すべての「しおや歩き回り音楽会」は説明しきれないので、ダイジェストで紹介します。
——お願いします。
森本 歩いていくと、ラッパーのJinYが出てきたり、サックスの松田徹が孤高のサクソフォニストよろしく、道ゆく人には一瞥もくれずにただ和歌山の方に向かって演奏しているとか、平松畳店の駐車場では、塩屋の民謡会「糸音会(しおんかい)の方が民謡を演奏していたり、まちの中を音でつないでいったんです。

MCを入れない音楽会にしたかったから、次のステージまでは、次の出演者がエスコートしていって、そこで人が集まっている間に1曲か2曲演奏をする。各アーティストの出番は10分もない。5分とか、30秒しかないような人もいるような音楽会です。
——聴衆が移動しながら、別々の演奏家やアーティストによる短い曲で、隙間なく音楽会をつないでいくということですね。
森本 2時間半の間に30組がつないでいます。ストリートフェスタとはちがって、遊園地のアトラクションみたいな感じですね。お化け屋敷でお化けが次々に出てくるように、まちを歩いていくと音楽家が出てきて、それにつられて歩いていく。
——まちの坂や高低差を利用してステージにしているんですね。
森本 そうですね。たとえば、塩屋谷川にかかる小さな橋ではスチールパンを演奏するとか、フラダンスを踊ったり。もう少し大きな橋では、橋の向こうにある「神戸バレエ学園」の生徒さんにバレエを踊ってもらったりもしました。
で、僕これ一番好きな場面で。マンションの屋上に一人トロンボーン奏者の吉野かおりさんがいるんですけど。前に川があって、参加者は川沿いの道を通っていくんです。屋上と道はまあまあ距離があって、そこに人がいることを、みんな気づくことがないぐらいの距離で。で、トロンボーンを吹き始めたら「はっ」って気づく。「あそこの屋上に人がいる!」って感じで。
これが素晴らしかったから、次の年、ルートは変えたんですけど、同じ場所を通ることになったので、もう一度彼女に同じ場所で演奏をお願いしました。すると、グレードアップして、トロンボーン三重奏になりました。
出演者には若者もいるし、おっちゃんもおじいさんもいる、もちろん女性も。映像作家の小池照男さんは篠笛と能管を演奏してくれて、居酒屋「蓮の花」の店長と常連さんによる「蓮の花ボーイズ」は、店の前にある階段でフォークソングを歌ってくれました。「ピザ アキラッチ」の店主、大川夫妻は、ピザを焼く手を20分ほど止めて、外に出て歌い始める。子どもも連れてるんですが、1人は赤ちゃんなのでおぶわれてます。周りは「S・H・I・O・ Y・A」のコール・アンド・レスポンス!でフェスみたいな状態。
——塩屋って音楽とか、楽器やってる人が多いんですか?
森本 多いんじゃないかな。「三田村管打団 ?」も一時期は6人が塩屋に住んでたし。
和久田善彦さん(以下、和久田) でも、ちょっと音楽が好きでやってるとか、家に楽器があるぐらいのレベルなら、おそらく同じ規模のまちならこのぐらいの人数集まっちゃう気がするんですよ。塩屋に音楽家が多いといっても特別なわけではなくて、こういった音楽会をするかしないかの違いで、音楽会をしたから、潜在化しなかったんだと思う。
——なるほど。
森本 「しおさい」のアーティストは玉石混交で、プロデューサーの志向が強かったらクオリティーでふるいにかけると思うんですけど。僕らは、この音楽会はラジオ番組だと考えたんです。1分とか2分とか3分とか30組のすべての音楽が粒よりに面白い必要はなくて、流れていく音楽のバリエーションが多ければ面白くなるんじゃないかと。
出演者の中には紅白出場歌手もいて、2024年に亡くなられた佐川満男さんは紅白に4回出演した大スターで、塩屋生まれの塩屋育ち。この時は児童館前で、当時塩屋在住で大学生だった淸造理英子さんとデュエットを。おばさまたちも大勢集まりました。
シンガーソングライターのリピート山中さんは、JR鶴橋駅の発車メロディにもなっている桂雀三郎さんが歌った「ヨーデル食べ放題」の作詞作曲をした人です。
リピート山中さんが踊り場で演奏している下には、塩屋楽団が待機していて、次は楽器を演奏しながら参加者を引っ張っていく。たった10メートル、20 メートル歩くだけでどんどん演目が変わっていくんです。
30組の出演者、音楽がつながるように、プログラムは細かく組んだ
森本 塩屋は車の通れないような道が多いっていうのも、この場合の強みでね。もちろん警察の許可も取っています。デモ行進みたいな申請を警察に出すんですよ。そうすると前と後ろに2人ずつガードマンが必要なんですが、それは商店会の重鎮が黄色いジャケットを着て付いてくれたりとか、人員整理や、車の誘導もしてくれました。
僕らはめっちゃ綿密にタイムスケジュールを組んでいて、ひと組の演奏が終わって拍手が止みかけたら、すぐ次の場所で次の演奏が始まるんですよ。たとえば、チューバマンには、演奏しながら階段を上がりきってもらうよう頼んでおいて、上がりきった場所に人がたまってきたら、次はかなり離れたマンションの3階のバルコニーに待機している吉野かおりさんたちに演奏を始めてくださいと伝えています。
チューバの演奏と拍手が途切れたら、そこから振り向いたところにある遠くの建物の3階のテラスからトロンボーンの演奏が聞こえてきます。トロンボーンは音がまっすぐ遠くまで届くので、この距離でも拍手かっさいでした。
——森本さんが、塩屋のまちを知り尽くしているから、こういったレイアウトが組めるんでしょうね。
森本 僕だけじゃなくて、1年目は、今は「音遊びの会」の代表でもある飯山ゆいと、シオプロメンバーでデザイナーの小山直基と3人で、2年目以降は当時、塩屋商店会の事務局もやってた編集者の山森彩と小山直基の3人で組んでいきました。3人とも頭の中にまちの起伏や建物が入っているので、地図上に音楽家が映えるように当てはめていって、それから現地の下見もします。3人でかなり先に詰めています。
それで、使いたい場所があったら使わせてもらうよう、そこに知り合いがいたら、許可をすぐ取るようにしました。たとえば、階段が坂と並行している所があって、上の階段は演奏席になって、下の坂は観客席になったりする場所とか。
庭を借りたりとかも。庭先にちょっとしたアプローチがあって、あまり車も通らない場所なので、観客席にできそうだから、庭をお借りしたいとか。この場所をうまく活用して演奏しているのは、Satanicpornocultshop。
——いろんな人が出てますね。
森本 「しおさい」は塩屋商店会の主催で、1年目は国の補助金、2年目以降は市と県の助成金を使っての運営です。ちなみに、出演料の基本は1人1000円でした。バンドや団体は少し変動しますが、佐川満男さんも、演奏経験のない素人さんも1000円 。地元からの参加なので交通費はかかっていません。基本、企画を面白がってくれて、歩いて行けるところで演奏できるから、と参加してくださいました。だから、そんなにお金はかかっていないんです。
わくわくするのは“そこにあるもの”をどれだけ使い倒せるか
——ずっとお話を聞かせてもらって、森本さんの活動には一貫性があるなと感じました。「旧グッゲンハイム邸」「三田村管打団 ?」「音遊びの会」「シオヤプロジェクト」、それら全部に共通するのは、そこにあるものを使うことだと思います。
森本 うん。多分そうですね。僕、ほんまに新しくするとか好きじゃなくて、あるものをどれだけ使い倒せるかというのがわくわくします。
——もとあるものをつぶしてしまうんじゃなくて、そこにあるものを組み合わせるとか、見る角度を変えていくとか。才能の地産地消というワードも出ましたけれども。
森本 でもまあ、おっしゃる通りで、結構ケチ根性やと思うんですけど。
——ケチだなんて(笑)。あるものをを生かしていく、たとえば、知的障がいのある方との音楽にしても、その人たちにビートルズを覚えさせてとかではなく、その人が持ってる特徴、個性、美点を生かせるように、どっちかっていうと自らが“場”とか、“器”とかになっていこうとされるじゃないですか? 『レディメイド・シオヤ』のレディメイドというのも、そこにあるものを見つけて生かすということだし。
森本 その「レディメイド」というのは「そのまま」ということで、今すでにあるものを使うっていうか、見直すっていうことですよね。そのほかシオヤプロジェクトでは、あるものをそのまま抜き出してるけど、「音遊びの会」のほうは才能の発掘みたいなところがある。
——まちの潜在力を生かす、あるいはその人の潜在力を生かそうという考えですよね。森本さんの、そこにあるものを生かしていくとか、その人が持ってる才能をひっぱり出す、素敵に演出していくというような、そういう発想ってどこから出てくるのでしょう?
森本 立ち退きになる家をもらって来た母、かな。あと、「田仲とうふ店」の田仲さん、かな。
——ご実家は、中国縦貫自動車道ができることで立ち退きになる家をもらってきて建てた古民家の移築ということでしたね。
森本 母の親戚の宮大工の棟梁が、壊すのが惜しい、木こりの作ったいい家がある、家いらんか?と言われたらしいです。母は本当に物を捨てられない人で、再利用しようとするリサイクル精神が旺盛で、僕以上に筋金入りで本当に面倒臭い、折れ釘も置いてある(笑)。
「田仲とうふ店」の田仲さんは、よく引っ越しのお手伝いをして、不用品で使えそうなものを引き取ってきて、「自由に持って行ってください」って、店前の棚に置くんです。それがリサイクルフリマみたいになってる。家の裏には物がどんどん増えていくけど、引っ越してくる人が、洗濯機とか冷蔵庫とかベッドとか、田仲さんに欲しいって言ったら、出てくるんです。
——森本さんは芸術大学を卒業されているし、ステンドグラス作家のお母さまも京都市立芸大卒っておっしゃったし、きっと環境的にはアーティストも周囲にたくさんいらしたと思うんだけど。有名な建築家やアーティストではなく、お豆腐屋さんの田仲盛秀さんが出てくるところがなんかいいなと思います。
森本 マウリツィオ・カテランっていう現代アートの人で、めっちゃ好きな芸術家がいます。この人は面白い。あと僕、飯川雄大が大好きです。
塚村編集長(以下、塚村) 飯川さんは神戸在住ですよね。見る人を巻き込んで「はっ」とさせるような面白さがありますね。茶目っ気もあって。
森本 ベルギーの芸術大学にいた時には、現代美術的なものにいっぱい刺激もらってます。本当に面白いのは、ものの見方を変えるような、五感を刺激するような、そういう変換だと思う。僕には、見たものを変換させるイマジネーションがちょっとあるくらいかな、と思います。
塚村 レディメイドはデュシャン? 「トマソン」にも似てますが、トマソンは無用のもので、終わっているものですが、森本さんの『レディメイド・シオヤ』は、有用で現役です。
森本 レディメイドは、塩屋の「オールレディーメイド」(すでにそこにある)とマルセル・デュシャンが使った現代美術用語の「レディメイド」をかけて、すでにそこにあるものを何も変えずそのまま作品化するプロジェクトです。
塚村 だからか、これもちゃんと刷りものにしていますね。A3サイズ1枚を折ったもので薄いけれど作品集です。

『レディメイド・シオヤ』A3変形折
——森本さんは、塩屋の面白さを細かいところから見つけてきて、本当に楽しそうにお話されますね。小学生の時、仲のよい友達と旧グッゲンハイム邸の探検をしていた森本アリさんが、ずっとそのまま続いてる感じがします。子どもってそういう変なもの見つけるの上手ですよね。それって誰でもできそうだけどパワーがないとできない。細かいことを一つずつ見ていくのは、元気がないとできないと思います。
森本 たぶんとっくに飽きてるんだろうと思うけど。手を変え品を変えてまだまだ面白いと思えるものがいっぱいあると思う。
でも、まちに対して、ある意味では現代美術的な、うがった見方をしているとも思ってるんです、何でも面白がろうとするみたいな。だから、ある意味アートなんです。僕は現代美術アレルギーで、もう自分ではやってなくて、批判ばっかりしてるけど。まちをいじって作品をつくってるみたいなもんやと、本当は思ってるけど、口には出さないんです。
—— (笑)。いま、口に出してるじゃないですか。
森本 口に出したらあかん(笑)。なんかそれって塩屋っていうまちのイメージを作ってるみたいな話じゃないですか?
——ここはオフレコですか?
森本 そうかも(笑)。そういう作品をつくるように楽しんでるっていうことでもあるんです。
塚村 「しおや歩き回り音楽会」って、これはアートというか、わたしは「これは絵画だ」と思いました。音楽会とかラジオとかと同じで、音楽や音がモチーフですが、塩屋という高低差のあるまちを立体的なキャンバスとして、音で絵を描いている。2時間半の絵画で、演奏する人だけじゃなくて、参加する歩き回る人も絵の中の登場人物。
和久田 その絵は、一筆書きになってるんですよ。同じ道を行ったり来たりしないで、回れるんです。
森本 コースもめっちゃ考えました。
——この「しおや歩き回り音楽会」は何回やったんですか?
森本 2014、2015、2016年。3年間で5回。1年目は土日に2回やりました。
塚村 歩き回りたかった。もうやらないんですか?
森本 やりたいんですけど、いろいろ考えないと。
和久田 結局、最後は思っていた以上に、人が来すぎたんです。
森本 塩屋のキャパを超える人がきたということと、助成金が3年区切りのものだったので、スパッと終わりました。
塚村 人が多くて詰まってると、しんどいですね。
——森本さんが、これからやりたいことも聞いておきたいです。
森本 僕はいつも未来展望とか聞かれても、答えられないことがむちゃくちゃ多くて……、そんなに考えてないです。
和久田 今後どうしていきたいかというような質問に答えられないっていうのも、先のビジョンとして目的地みたいなものを見てないんですよね。
——なるほど。
和久田 音楽もそうで、三田村管打団 ?ってこういうバンドになりたいとか、こういう曲を作りたいとかっていうゴールを見ていない。
——ゴールを見てない。ゴールを目指して走っていく系の思考回路じゃないんですね。
森本 そうですね。本当にないんです。普通はプロジェクトって言ったら、ここがゴールだよっていうのがあって、そこにみんな一斉にガーって走るっていうのが、プロジェクトにありがちですけど、そうではない。
でも、短いシミュレーションは僕めっちゃ得意と思ってて。一手二手三手ぐらい先は読めます。僕はそれをイメージトレーニング、イメトレって言ってますけど。歩き回りの音楽会とかで、ここやったらうまくいくとか、うまくいかないとかっていうシミュレーションはめっちゃします。ちょっと先だけの。
——でも、それは頭の中にある計画をそっくりやろうっていうのではない。現場を見て、少し先を予想するってことですよね。だから違いますよね。発想の根っこが。
森本 「音遊びの会」でも「三田村管打団 ?」でも、ライブ感の中でそういう考えを持ってやってる。
——ですよね。だから、机上で設計図を作って……っていう形では全然ないってことですね。
森本 僕はずっと、みんなからそのこと責められ続けたんです。グランドビジョンが要るっていつも言われたりして。先が描けないということは自覚してるから、そういう時は人を頼ってます。
それでも、進めているプロジェクトはあって、最近は「坂」ですね。
——坂道の坂?
森本 坂、階段、路地。3月末に発行したシオヤプロジェクトのフリーペーパー『坂の可能性』は自信作です。和久田くんが編集で入ってくれてます。私の「坂コラム」、塩屋のニューカマーたちとの「坂調査」、おおたけなおこの「坂マンガ」、サラ・デュルトの「塩屋坂文学」、塩屋楽団の「sakanoue」そして塩屋を生活基盤にする20代から80代の写真家、澤勝弘、白井真斗、高橋正男、西谷聡汰、鼻﨑佑、濱田英明、山下雄登 による「坂写真館」。表紙は小山直基、デザインは4Sデザイン。旧グッゲンハイム邸で紙版は手に入ります。シオヤプロジェクトの web版『坂の可能性』充実しています。
——坂で遊ぶ?
森本 実は、これらも神戸市の助成が入っていて、神戸市は「坂のまち神戸プロジェクト」として、塩屋を含む5つの地区を対象としてエリアリノベーションを行おうとしている。とはいえ、これはエリアリノベーションとしてはかなりソフトで、空き家再生移住促進の取り組みとして、空き家が増えている坂のまちを活性化しようとしていて、その5つのエリアはシオヤプロジェクトで7時間のまちあるき「勝手にまち探訪」をした、大好きなエリアばっかりなんです。神戸市が考える坂のまちに住んでほしいという思いと未来展望の一部は共有できる。彼らにとっては課題解決・問題解決につながるし、シオヤプロジェクトにとっては楽しみになるんです。そして、解決するかはわからないけど解決に向けてのアイデアはいっぱいあるんです。僕らが面白がっているモノやコトに世の中がついてきてくれたというのか(笑)
——楽しんでるんですね。
森本 二十歳ぐらいの時かな、家族旅行でラオスに行ったんですが、子どもたちが大木の下でキャッキャ言って遊んでて、何で遊んでいるのかわからなくて、妹のサラと観察していたら、木からハラハラと落ちてくる落ち葉を誰が先に取るかという競争だった。素晴らしい経験でした。何もないところから遊びが生まれるということを大事にしたいと思っています。
(2026年1月29日、旧グッゲンハイム邸で取材。撮影: 塚村真美)
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