【インタビュー】植物学者 湯浅浩史 その4/5
日本一のひょうたん博士である植物学者の湯浅浩史先生に、ひょうたん好きライターの丸黄うりほがお話をきいたインタビュー。第1回から第3回までは、水入れやさまざまな物資の容器、また楽器など、人類にとって身近なものだったひょうたんについてのお話でした。第4回は、それとは異なるひょうたんの利用法として、美容健康、食用薬用としてのひょうたん、さらにシンボルとして儀式に使われるなど、精神文化にも関わってくるひょうたんについてのお話です。(丸黄うりほ)
ひょうたんは食べられる?美容や健康にも役立つ?
——ここまでは、ひょうたんがいろいろなものの容器として、また楽器として世界中で用いられてきたという、いわば人類の原器であるということを中心にお話をうかがってきました。ところで、ひょうたんが容器以外に用いられる例というのはありますか?
湯浅浩史さん(以下、湯浅) 日本のヒョウタンには強い苦味があって食用にはならないんですが、アフリカのヒョウタンはほとんど苦味がないから、食用にもなります。タネも食べられるので、アフリカやミャンマーで、カボチャのタネを食べるみたいに、苦くないヒョウタンのタネを割って食べているのを見ました。
——アフリカのヒョウタンは植物としてユウガオに近いのでしょうか? 日本でもユウガオからはかんぴょうを作りますよね。
湯浅 ユウガオとヒョウタンは同種の仲間です。苦みのないのがユウガオで、苦みのあるのがヒョウタン。古くからの日本のユウガオは球形だけでなく、ウリ型や壺型もありましたが、いずれにしてもくびれはなかったです。アフリカでは、くびれのない形が多く、外見上はユウガオ的です。
それから、近年、ベトナム産のセンナリビョウタンの小さいのを酢漬けにしてあちこちに売り出していますね。
——食用ヒョウタンの漬け物ですね。
湯浅 あれは京都のすぐき屋さんが発祥なんです。ヒョウタンの奈良漬けもありますね。くびれのあるヒョウタンの中でも苦味のないものは食べることができます。
普通のセンナリビョウタンは苦いけれど、苦みの遺伝子が劣性(潜性)のものは食べられます。ユウガオに苦味がないのは劣性(潜性)だからです。苦味のあるヒョウタンと苦味のないヒョウタンをかけあわせたら、その子孫には苦味のないのも出てきますから、それを育成するわけです。
——食用の苦味のないヒョウタンは、そうやって品種改良をして作られたわけですか。
湯浅 そうです。普通のヒョウタンはみんな苦いです。
——あの苦味が毒成分なんですよね?
湯浅 毒だけれど、でもニガウリだって苦いでしょう。ちょっと食べるくらいならニガウリと同じですよ。たくさん食べるとダメですけどね。キュウリも苦いのがあるでしょう。だから少しなら苦いだけです。ヒョウタンを1個全部食べたら危険ですよ。でも、カケラを少しかじったぐらいで死ぬことはありません。
——ちょっとだけなら大丈夫ですか?(笑)
湯浅 大丈夫。ヒョウタンの苦味成分はククルビタシンといって、キュウリの苦味成分と同じです。ヒョウタンのほうが多いだけ。丸黄さんはヒョウタンを栽培しておられるんでしょう? タネでもなんでも、舐めるくらいなら大丈夫ですよ。ヒョウタンのタネのまわりのワタの部分を、ちょっとちぎって食べるくらいなら死にやしないよ。
——そうなんですね……、ちょっと今度やってみます。
湯浅 どれくらいで身体の具合が悪くなるか、人体実験してみたら?(笑)。
——お腹が痛くなるってききましたけど。
湯浅 毒だって薄めれば薬になるし、薬だって強めれば毒になるでしょう。同じことですよ。いずれにしても苦くてそのままでは口にすることはできません。
——ヒョウタンを薬として使っていた例もあるんですよね?
湯浅 薬としては、私が聞いたところでは、マダガスカルの下剤や中国の虫下しですね。日本住血吸虫という寄生虫がいたけれど、それと似たような寄生虫が中国にもいたらしいんです。以前、紹興酒の本場の紹興という所で、薬屋さんに行ったらひょうたんが置いてあったので、「ひょうたんは薬として売っているのですか?」と聞くと、住血吸虫みたいな虫を下すのに使うと言っていました。要するに通常の虫下し薬では効かないから、血液の中まで苦くなるような薬を飲んで、血を吸う虫を退治するということですね。あとは、糖尿病に効くという話もありますね。
——糖尿病にも?
湯浅 そう、それにはタネを使うんです。もちろん専門医以外の使用は危険を伴います。
——やはり毒と薬は紙一重ということですね。食べる話ではありませんが、私たちのひょうたん仲間に、鍼灸師をやっている人がいて、彼女が台湾あたりに「吸いふくべ」という民間療法、美容法があるらしいと教えてくれました。現在はカップ型のガラスを使って、肌にカップを吸い付かせて行うんですが、昔はその名の通りひょうたんが用いられていたと推測して、いろいろと実験したり調べたりしているところです。
湯浅 漢方の療法ですね、実際にやっているのを見たことはありません。
——先生のご著書『ヒョウタン文化誌—人類とともに一万年』(岩波新書)の198ページに、ボルネオの鬱血療法としてひょうたんで吸い出しをしたとあり、それに近いのではないかと想像しています。
塚村編集長(以下、塚村) アフリカやハワイなどでは浣腸器として用いられたというのも、興味深いです。
——かつて「吸いふくべ」に、ひょうたんが用いられていたとしたら、美容健康にもひょうたんが使われていたと言えると思うんです。
湯浅 それはもう、実質的に美容に役立っているものがありますよ。腸内細菌のビフィズス菌は知っているでしょう? ビフィズス菌にユウガオの粉末を与えると、ビフィズス菌が活性化して、よくはたらくといわれています。ユウガオの粉末は商品化して売り出されていますよ。
塚村 あ、栃木県小山市の小山商工会議所が〈かんぴょうぱうだー〉を企画して、販売もされていますね。
——ユウガオの粉末ですか。健康食品のようなものでしょうか。栃木県ってかんぴょうの産地ですよね。
湯浅 そう。かんぴょうはユウガオから作りますが、苦みのあるヒョウタンからかんぴょうは作れません。
——近くで作ると交雑してしまいますか。
湯浅 夜に蛾が花粉を運びますからね、交ざると苦味が出ます。美容といえば、いちばん利用できるのは、ヒョウタンの水分ですね。顔に塗ればいいですよ、肌がきれいになります。
——えっ?塗るのですか?
湯浅 ヒョウタン水ですよ。ヒョウタンの蔓を切ったら水が出てきますから、それを集めるんです。
——そうやってヘチマ水を集めるとは聞きますけど。
湯浅 ヘチマ水を使うのなら、なんでユウガオ水を使わないのか?ヒョウタンでも同じですよ。蔓を切って出てくる水って、ぬるぬるしてるでしょ。
——はい、確かにぬるぬるしてますね。
湯浅 ヘチマ水と同じことですよ。
塚村 ヒョウタン水にはククルビタシンは入ってないんですか?
湯浅 入っていますが、飲まなければ大丈夫です。
——収穫したヒョウタンの中身を出すために水浸けにしますよね。すごく臭いですが、あれもぬるぬるとしているし、もしかしたら美容効果があるのかしら。
湯浅 いや、臭い水はダメでしょう(笑)。あのニオイは腐っているから出るんですよ。
——腐らせる前に、収穫した実からほじくり出した中ワタを肌に当ててスキンケアしたら、いけるかもしれませんね。そういえば、ヒョウタンの花の香りっていうのはあまり言われないですよね。
湯浅 ヒョウタンの花は、そんな素晴らしい香りはしないですよ。
—-私はヒョウタンの花の香りが好きなんです。フレッシュな感じの優しい香りで、ちょっとジャスミンにも似ていると思います。もしも、ヒョウタンの花の香水があったら欲しいくらいです。
湯浅 ああそう。ま、好きな人もいるでしょうけど(笑)。
——それで、ヒョウタンの花が咲いたら雄花と雌花の人工授粉作業をしますよね。そのとき、自分の手に花粉がつくことがあるんですが、ものすごく手がすべすべします。
湯浅 それもヘチマ水と同じですよ。ヒョウタンの花粉にもぬるぬるの成分があるんですよ。私が大学(東京農業大学)で指導していた大学院生が、女性から「ヘチマ水作ってよ」と言われていたのにヘチマの栽培を忘れていて、かわりにヒョウタン水を採って「ヘチマ水だよ」と言って持っていったら、「あらよく効くわね!」なんて言われたということもあります(笑)。
——よく効く?そうなんですね!
湯浅 葉が青々と茂っている時、ヒョウタンの実を収穫してから、株元近くで切った蔓を瓶などに挿しておくと汁が出てきます。枯れてしまってからは出ませんよ。鉢植え栽培の蔓からもあまり出ませんね。
——ヒョウタン水が美容にも役立つとは!いいことをききました。我が家のひょうたんは鉢植えなんですけど、少しなら採れるかな?
塚村 無農薬栽培でなくても大丈夫ですか?
湯浅 まあ、やってみてください。採ったヒョウタン水は冷蔵庫で保存できます。そして、きれいな肌をみんなに見てもらって、ヒョウタンで肌がきれいになりますよって宣伝すればいいですね(笑)。
水、子孫繁栄、成長。そして別世界の象徴としてのひょうたん
湯浅 もうひとつ、容器以外のひょうたんの重要な用途は、儀式に使ったということです。いろんな儀式があるんですが、ひとつは雨乞いの儀式が挙げられると思います。『ヒョウタン文化誌—人類とともに一万年』の最後にも表にしてまとめていますが、ひょうたんには、いろんなシンボル性があるんです。
——203ページの表ですね。
湯浅 ひとつは、水との結びつきです。ひょうたんは水入れですからね。とくにアフリカは干ばつがいちばん恐ろしいんですよ。なので、雨乞いの儀式をする。シャーマン的な儀式にひょうたんを使うっていうのは、アフリカもアメリカにもありますし、たぶん日本もそうです。雨は天からもたらされる水でしょう、だから雨乞いの儀式にはどこでもひょうたんを使うんだと思います。
出雲大社の神事「爪剥祭の神水献供」にも、それが残されているとみられます。日本人で気づいている人はほとんどいないでしょう。私が秋篠宮殿下と出雲大社にお参りしたとき、ふつうは行けないところにも入れてもらって、宮司さんに「ひょうたんは使っておられますか?」と聞いたんですね。すると「あります」とおっしゃった。それで行事の写真を送ってもらったんですが、やはりそうじゃないかと思う。本殿の高いところから柄杓に入れた水を落とすんですよ。本来は雨乞いの、日照りの儀式だと思う。これは私の憶測ですけれども。
——水入れだったひょうたんが、水のシンボルになるのはよくわかりますね。
湯浅 もうひとつは、ヒョウタンは中にタネがたくさん入っているでしょう。なんでもないようだけど、植物のなかでタネがたくさん入っていて身近なのはウリ科くらいなんですよ。みなさんスイカだとかカボチャだとかメロンだとか、よく見ているから、タネがたくさんあるのは当たり前だと思っているかもしれないけど、ほかのほとんどの植物をごらんなさい、果実ってタネが少ないでしょう。数粒しか入っていない。
塚村 リンゴとかカキとか、ミカンとか数えるくらい。モモなんて一つですね。
湯浅 タネがたくさん入っているから、ヒョウタンは子孫繁栄のシンボルになった。子がたくさんあるというのは、中国などでは家が繁盛するということにつながります。そういう意味でヒョウタンはおめでたいものとして扱われるようになったんです。
——タネの多さから子孫繁栄のシンボルにもなったのですね。
湯浅 そして、もう一つは諸説あるんですが、卍(まんじ)です。あれも中国ではヒョウタンの蔓の絡まりといわれています。成長力のシンボルです。ヒョウタンの蔓は、一気にわっと伸びますからね。
——蔓が成長のシンポルでもあるのですね。
湯浅 また、中国のひょうたんと関係あるのは、空(くう)の世界です。ひょうたんの中に別世界、異次元があるという考え方ですね。いくつか伝説があります。一つは『西遊記』、孫悟空のお話です。金角と銀角という兄弟によって、孫悟空はひょうたんの中に吸い込まれますが、再び、ひょうたんから飛び出すでしょう。日本では「ひょうたんから駒」「ひょうたんから米」の話がありますが、ひょうたんの中から出てくるだけで中に入っていくことはありません。中国では、ひょうたんの中に別の世界があるとみられたんです。だから外と中を行き来できる。
「壺中天」という言葉もありますが、あの「壺」はもともと、ひょうたんのことです。「壺」の文字そのものもひょうたんから始まっています。「壺中天」は「瓢中天」のことで、ひょうたんの中にある別世界です。
これには故事もありましてね、店先に老人がいて、物を売っている。その人は夜になると消えていなくなる。それを不思議に思った役人がよく見ていたら、老人がひょうたんの中に吸い込まれていった。それで、私も連れていってほしいと頼んだら、連れていってやるよと言われた。夜になって、連れていってもらったらその中は別世界で桃源郷だったと。やはり、ひょうたんの中に別の世界がある。老人はじつは仙人で、ひょうたんから立ち上る煙を吸っているから不老長寿だというのです。不老不死じゃなくて、不老長寿です。
日本では七福神っていいますけれど、中国では八仙といいます。その中に李鉄拐(り てっかい)という仙人がいて、必ずひょうたんを持っています。そのひょうたんから煙が立ち上るようすが、絵画にも描かれています。
——ひょうたんは別世界のシンボルでもあった。
湯浅 そして、不老長寿にもつながりますが、中国ではひょうたんの中に薬を詰めて売っていたんです。20世紀になる前、清代までは中国の薬局の看板はひょうたんでした。それはこの中に不老長寿の薬が入っているよ、よく効く薬を売っているよというサインだったわけです。ひょうたんを看板にしていれば中国では薬局です。日本では酒屋ですけどね。
——台湾旅行をしてきた友達が、ひょうたんを看板にしている薬屋を見かけたよと教えてくれました。
湯浅 漢方の薬屋でしょうね。中国の上海博物館には巨大なひょうたんの薬屋の看板が収められたりしています。
——ひょうたんは本当にいろいろなシンボルになっているのですね。神話、呪術、儀式など精神文化にひょうたんがつながる例は世界中にたくさんあると、先生のご本『ヒョウタン文化誌—人類とともに一万年』で読みました。天地創造、人類創生、ノアの箱船のような洪水神話とひょうたんの関係も気になります。
湯浅 たかが、ひょうたん。されど、ひょうたん。ひょうたんは奥が深いです。
その1「ひょうたんは人類とともに1万年」はこちら
その2「ひょうたんでわかる人類の移動」はこちら
その3「ひょうたんは楽器の原点」はこちら