【インタビュー】「図書の家」小西優里さん、卯月もよさん、岸田志野さん その6/6 最終回
少女漫画を読者の視点から研究し、紹介する少女漫画ラボラトリー「図書の家」。最新刊の『総特集 水野英子 自作を語る』(水野英子著、河出書房新社)から、評判になった『超展開バレエマンガ 谷ゆき子の世界』(立東舎)まで、5回にわたってその企画とお仕事の成果についてお話をきいてきました。6回目の最終回は、次世代に少女漫画を伝えていくために「図書の家」ができること、これからしたいこと、夢見ていることについて、小西さん、岸田さん、卯月さんの3人に語っていただきました。(丸黄うりほ)
次世代につなげられるように少女漫画の歴史をまとめたい
——かつては少女漫画が少年漫画より一段下に見られていた時代があった、というようなお話も出ましたが、いまや状況が違ってきていると思うんですね。海外でも日本の漫画は人気があって評価も高いということを、もはや誰でも知っているくらいメディアにとりあげられていますし、その中にはもちろん少女漫画も含まれています。「図書の家」さんが編集を手がけられたような昭和の少女漫画についても、まだまだこれから読者の広がりや再評価があるという気がしているんですが。そんな中で、「図書の家」として、これからどんなことをやっていきたいですか。
卯月もよさん(以下、卯月) 今までも、あまりそんなに、こうしたい!と思ってやってきたわけではないんですが……(笑)。
岸田志野さん(以下、岸田) 今ひと口に少女漫画といってもたくさん、いろんなものがあって、「少女漫画が好きです」って言ったところで同じものを見ているかどうかわからないくらい、広がりがありますし。でも、ただこれが好きだった、面白かったよねって言っているだけだと、何も残っていかないんじゃないかと思っているんですね。読んで楽しんで終わるだけではなくて、しっかりまとめていく必要があると思っています。若い人や後から読むような人たちは、「全然この漫画わかんない」と言って終わるとか、存在すら知られないまま無いことにされるとか、そういうことがすでにもう発生しているので、危機感もあります。
卯月 長谷川町子先生、上田トシコ先生をはじめ、わたなべまさこ先生、牧美也子先生、水野英子先生など先達の漫画家さんたちの作品に影響を受けて次の世代が生まれて、またその次の世代を生んで……、という流れがあってここまで広がってきたんだよということを、後からでもきちんと参照できるような形で残したいな、と。これは私たちが初めから今に至るまで常に思っていることでもありますね。
小西優里さん(以下、小西) だから、つなげていきたいんですよね。少女漫画の歴史的なことを知りたい人はすごくニッチなので、大量にこういう本が出せるわけではないんですけど、「図書の家」としてやれるところまではやりたいと思ってますね。
私たちも一人の作家さんの本を出すと決まったらすごく調べるのですが、その時点で初めてわかることも多いんです。自分が読者だった当時は知らなかったけれど、じつはこういうことだったんですねという発見もある。そういうことを共有していただくと、いま読んでいる漫画も違った視点で読めるのではないかと思うんです。作品の面白さだけではなく、漫画の表現などについても。漫画が現在見られる表現スタイルになってからもう何十年もたっていると思うのですが、最初からこんな感じではなかったこととかね。見ていくと本当に面白いのですよ。
岸田 この時にこの作品が出たのは、その前にこの作品があったからという、そういう地続きのつながりでずっときている。だから、つながっているんだということを大事に伝えていきたい。
小西 それはタテにも繋がっているけど、ヨコにもあるんです。この作品が生まれたからこそ、そのヨコで生まれていたこの作品はこういう広がりをもってすごく面白くなったのではないかな?とか。本を一冊作らせてもらうことで、作り手も読者の方たちもそういうことをすごく見つけていけると思うんですよ。私たちが作っている本を読んでくださる方はみんな、本当に漫画が好きな方が多い。なので、漫画は作品だけではなくて研究本もいろいろ面白いんですよっていうことをもっと伝えたいなと思います。
——「図書の家」さんがこれまでもやってきたし、これからもやっていきたいのは、個々の作品や漫画家の研究というよりも少女漫画史に近いですか?
小西 そうですね、漫画史というともっと広く深く掘り下げないといけませんが、私たちはやはりあくまで読者目線なので。だから受容のことをこれまでも少しずつ紹介してきましたし、これからもそうしたいですね。
——少女漫画が受け入れられてきた歴史について?
小西 そうですね、そういった「状況」のことを残したいですね。もう本当に当時の状況を共有するのは難しくなってきてるんで、私たちの世代でわかるところはやはり拾いたいし。それを若い人に受けとめてもらえたら、全部つながっていくから。そうやって見通せたら面白いじゃないですか。そのくらい漫画は広がっているので、その世代や立場でやれることをやるといいなと思います。
少女漫画の歴史は、女性による表現の歴史でもある
岸田 前に3人の漫画歴みたいなことも話しましたけど、なぜあんなに自分たちが漫画に夢中になったのかという理由を今でも探しています。この仕事の中で、改めてかれこれ読んできた作品を振り返って、「ああ、だから私は、あのときこの漫画があんなに好きだったんだ」、と気づくこともあったりするんですね。なので昔からの読者の方にも、昔とは違う、今だからこその読み方というものもあると知ってもらいたいなと。
小西 たとえば水野先生がデビューしたのは戦後の何もない頃で、しかもたった15歳だった。中学を卒業したばかりの15歳の女の子が工場で働きながら描いていたというのを知っているのと知らないのとでは、ちょっと感じ方が違うと思うんです。
岸田 作家の背景や事情は作品には関係ないという考え方もあるかもしれませんけど、それはやっぱりある程度の時代感を共有している人たちの間であるから言えるのかなとも思うんです。漫画は単行本になっていれば何十年前のものでも読めますが、昔のものは今の漫画とはコマ割りも違うし、若い人にそのまま渡して、「これすごい名作だから読んで」とか言って読ませたところで、「ちょっとよくわかんないです、ピンとこないです」みたいなことを言われることも結構あるんですね。やっぱりなんの説明も補足もなしでは、伝わるものも伝わらない場合があるなと痛感します。この作品はこういう状況で出て、こういう感じで読まれていたっていうことをちょっと加えるだけで、ぐっとわかりやすくなる。少女漫画の歴史が長くなってきて、そういったガイドが必要な時期に入ってきてるんじゃないかと思いますね。
——歴史が長くなって、古典になりつつあるものもあるということですよね。そういう解説がないと読みにくくなってきた。
小西 そうです。水野先生のキャリアだけみても65年以上になりますから。そうなってくると、もうさすがに今の人たちが、その時代のことを何の説明もなしにわかるのは難しい。単に昔の漫画だなって思うだけに終わってしまう。けれど、これが戦後の50年代60年代に描かれていたということ、物のない時代にこんなに可愛いものがあったら、そりゃあみんなが夢中になるよね、ヒットするよね、と納得がいくし、すんなり入っていけると思うんです。
——漫画のいいところはストーリーとビジュアルが一緒に出てくるところですよね。小説なんかでもその時代の空気がわかるところはありますが、絵でも表現されているし。しかも少女漫画は女性の作家が多くて、当時の生活を描いたものが多い。たとえ孤高の人物や外国の話であっても、なぜそれが当時の少女にウケたのかということを考えると風俗資料としての興味ももたらしてくれると思います。
岸田 あと、少女漫画家というのが女性が仕事をもって自立して働くという職業として、わりあい早いうちから確立されていたので、女性が仕事として表現活動をするということの、成り立ちとしても興味深いんです。女性が自立していく過程と少女漫画の歴史とがリンクしているし、もちろん作品の内容的にも同じことが言えます。女性が、社会に出るのは一苦労みたいな時代から、女性である自分がこういうことを考えてもいいじゃないかということを物語にして表現してきた歴史がある。そんなふうに、少女漫画をひとつの文化として面白く感じてほしいなというのもありますね。
——そうですね。今ならそういう多層的な読み方もできますね。
小西 よりいっそう豊かな文化としていくためにも、いろいろな読み方を提案できればなと思います。
海外の少女漫画ファンが待望する、電子書籍化と翻訳
——とくに若い方や外国の読者には、日本の昭和の時代にこんなふうな世界があったんだと思って読むと、また面白い、違う読み方ができそうです。
岸田 海外ではそういう女性向け漫画というような、ジェンダーで分けるような漫画がジャンルを形成するほどあるっていうのは珍しいそうです。日本独特の文化といってもいいのかもしれません。でも、たとえば、卯月さんのお知り合いに、カナダ人の男性で少女漫画にすごく興味をもって集めて読んでいる方がいらっしゃるんですけど、そうやって国籍も性別も超えていろんな人に訴えるものがある。
——その方は何を読んで、どんなふうにおっしゃっていますか?
卯月 子どものころTVで放送されていた『ベルサイユのばら』のアニメを見たのがきっかけだそうです。そこから日本の漫画、とくに少女漫画にすごく興味をもったようですね。やはり海外にはないジャンルだし、繊細な心理描写に感動したそうです。それで、もっと英語版が出てほしいと言ってますね。
——英語版というのは?
卯月 日本の少女漫画作品の翻訳出版のことですね。とはいえ、外国の方で日本の少女漫画にそこまで興味もっている方ってそんなにはいないだろうし、と思っていたら、東京でブラジルから来たカップルに会ったりして……。
小西 2019年の木原敏江先生の原画展の時ですね。
——木原先生のファンだったんですか?
卯月 木原先生の原画展目当てでいらしてたけど、日本の少女漫画全般が好きで、漫画関係の展示を見ながら日本旅行をしているという若いカップルでした。とてもびっくりしたし、うれしかったですよね。
岸田 同時期に横浜でやっていた大和和紀先生の展示にも行ったと話していましたね。
卯月 そういう海外のファンたちも、電子書籍なら読めていいな、と思ったんですが、全世界でダウンロードできるわけでもないみたいですよね?
——そうなんですね。
卯月 電子書籍なんだから日本語版しかないとしても世界中でDL購入できたらいいですよね。ネットで翻訳しながら、なんとか読めるのでは……たぶん。
日本でもいまや電子書籍しか読まないという人も多いので、古い作品もどんどん電書になれば、みなさん読める機会が増えていいですよね。
岸田 私たちも『総特集』などの本で作品を紹介しても、今はもう読めないという場合も多くて。「面白そうだから読んでみたい!」という反応も結構あるので、もっとどんどん電子書籍で復刻してほしいと思います。
バージョンアップした「バレエ・マンガ」展をやりたい!
——最後に「図書の家」さんの今後の出版予定についてお聞かせください。
岸田 そんな予定が選べるような感じじゃないんです(笑)。出してもいいよっていう話が来た瞬間から考え始める場合もありますし(笑)。
——予定はないけど、いつか出したいと思っている企画や本はないですか?
岸田 うーん。やっぱりタイミングみたいなものもかなり重要なので一概には……。
小西 バレエ漫画については資料がたくさんあるので、この資料を生かせるものを出せたらとは思いますね。調べたことのもとを取るまでは……どうかな。
卯月 もとは取れない(笑)。
小西 まあでも何かしらまとめることができたらいいなと思っています(笑)。
塚村編集長(以下、塚村) いいですね。今は京都国際マンガミュージアムでの展覧会の時の『バレエ・マンガ 〜永遠なる美しさ〜』(太田出版)しか出てないんですよね?
小西 これは展示図録ですしね。でも、この図録は作家さんへのインタビューも論考も、これまでにない、本当に画期的な内容だったんですよ。展覧会も巡回してほしいです。この展示が2013年で、その時点までの集大成になっていると思いますが、残念ながら巡回は北九州市漫画ミュージアムだけで、東京には回っていないのです。
塚村 そうなんですよね、東京でやらないとなかなか広がらないんですよね。
小西 そうなんです、やはり東京は動員数が圧倒的なので。でも、今いざ巡回をしようとすると、東京で漫画の大きな展覧会を引き受けてくださる場所がなかなか無いと聞いています。川崎市市民ミュージアムも休館中ですし。
塚村 実際にバレエをしている人たちも、バレエ漫画はお好きでしょう?
小西 すごく反応してくださると思います。
卯月 京都国際マンガミュージアムのときは、海外のバレエダンサーの方々が来てイベントをしてくださったり、バレエファンにも楽しい展示になってましたよね。
小西 舞踊研究家のかたの監修も入っていますし、バレエに関わっている人たちとのコラボにもなっているんです。
岸田 海外の方にもバレエはなじみがあるし面白い内容だと思うので、日本だけでなく海外にも巡回してほしいですね。
塚村 絵もきれいですしね。
小西 やっぱりきれいでうっとりするっていうのがバレエ漫画の一番アピールするところだと思うんです。
岸田 芸術的で美しいものなのにも関わらず、ダンサーたちはアスリートでもあるんです。なのでいわゆる「スポ根」的な側面もあって。その後のバレエ漫画は、青年誌連載で男子が主人公の作品が登場したりして、この展示時点よりさらにいろいろ作品のバリエーションも増えていますので、現在の状況も含めてバージョンアップした「バレエ・マンガ」展ができたらいいですよね。
小西 ぜひとも京都の時と同じメンバーを中心に、実現してほしいですね。
——前回の展覧会からちょうど10年ですし、再びバレエ漫画の展覧会を開催するタイミングがきているかもしれないですね。その展覧会の図録もいいけれど、「図書の家」オリジナル編集の、保存版的なバレエ漫画の研究本が出るといいなとも思うんですが……。
小西 できたらいいのに、ですよね。でもねえ……、それはきっとまた膨大な量の許諾を取ることになるんですよね……。
卯月 考えるだけでめまいがしますね(笑)。
岸田 チャンスがいただけるなら、全力でがんばります!
(2021年12月28日、大阪市内「図書の家」で取材)
その1「『総特集 水野英子 自作を語る』を企画編集—」はこちら
その2「—出会いはパソコン通信」はこちら
その3「—少女時代に読んだ漫画本」はこちら
その4「バレエ漫画リストを作ったら—」はこちら
その5「幻の“超展開バレエ漫画” 谷ゆき子—」はこちら
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『総特集 水野英子 自作を語る』