【インタビュー】内橋和久 ギタリスト、ダクソフォン奏者 その3/6

11月22日、内橋和久さんのアルバム『Singing Daxophone』とともに、長らく廃盤になっていたハンス・ライヒェル氏による2002年のアルバム『YUXO(ユクソ)』が再発されました。ライヒェル自身による最後のリリースであり、ダクソフォンという楽器の表現の幅を世に知らしめた作品としても重要である『YUXO』。インタビュー第3回は、この作品について、また再発の経緯についてのお話をうかがっていきます。(丸黄うりほ)

「花形文化通信」事務所近くで(2021年11月3日)

今こそ聴きたい!ブックレット付きで再発の『YUXO』

——内橋さんの新作『Singing Daxophone』とともに、今回はもう1枚、ダクソフォンの重要作品であるハンス・ライヒェルさんのアルバム『YUXO』が再発されることになりましたね。

内橋和久さん(以下、内橋) そうなんです。『YUXO』は彼の最後のアルバムなんですけど、ずっと廃盤になっていました。2002年に出たんですが、結局これ以降、彼は音源をリリースしなかった。

2011年にハンス・ライヒェルが亡くなってから、僕はこの作品を再発しようとずっと思っていました。「出さないとね」ってみんなで話をしていたんですよ。でも、ぜんぜんタイミングが合わなくて、金もなくて……。だけど、今年は彼が亡くなってちょうど10年になる。そこで、『Singing Daxophone』と『YUXO』を一緒に出そうかということになりました。発売日の11月22日って彼の命日なんですよ。

——そうだったんですね!

内橋 で、この日一緒に2枚出してしまおうと。今年出さなかったらまたしばらく出さないような気がしたから、ちょっと頑張って作ったんです。

——プレスリリースにはこんなふうに書かれています。わかりやすくまとめてくださっているので、引用しますね。

2011年に他界したダクソフォンの発明者ハンス・ライヒェルの、事実上のラストアルバムを再販します。このアルバムは2002年、ドイツのFMPレーベルより発売されました。発表後20年の時を経ても、斬新なそのアイデアとユーモアは健在です。ダクソフォンオペレッタと銘打ちながら、自作ギターも存分に演奏し自由で闊達で、愉快なアルバムとなっています。録音の日々はとても楽しかったことと想像して頂けるのではないでしょうか。あらためて、新たな装いで世界にお届けしようと、内橋和久をはじめ、ハンスの公私に渡る盟友たちが30ページを超えるブックレットを制作。ジャケットにはハンス本人が次回作のために用意していた写真(画像)を採用し、没後10年の節目を記念するにふさわしいアルバムとなりました

再発された『YUXO』のジャケットは、以前リリースされていたFMPレーベルのものとデザインが違いますよね。前のは薄いブルーのジャケットだった。私はそれがすごく欲しくて、ずっと探してたんですが。

内橋 なかったでしょ?

——なかなか見つからない上に、あっても高くて。Amazonでも1万円以上していました。

内橋 あれは廃盤になっているから。ヨーロッパは日本とは違ってあんまりプレスしないんですよ。CDとかもあんまり売らないんで、製作枚数がすごく少ない。だからとても高くなっちゃうんですけど。今回は中身は全部一緒ですけど、ジャケも変えたし、ブックレットもつけたんです。32ページあります。

——ノーマル価格で入手できるだけでもファンとしてはうれしいのに、さらに32ページもあるブックレットがついてるなんて!

内橋 いいでしょ。まあ記念やね。

——それを読むとハンス・ライヒェルさんやダクソフォンのことがいろいろわかる。

内橋 そうですね、写真もいっぱい載っています。で、この新しいジャケはね、彼が亡くなる前に次のアルバムのジャケにしようって思って彼が撮ってた写真なんです。これ、何かわかりますか?ニワトリの頭みたいなやつ。

HANS REICHEL ハンス・ライヒェル『YUXO A NEW DAXOPHONE OPERETTA』Innocent Record

——タングではないんですか?

内橋 タングなんですけどね。タングっていうのはこういうふうな形に木を切ったあとに、表面をやすりとかで削ってつるつるにするんですよ。その作業をしてから、タングをそっとどけると、そのあとに粉が……。

——ああ!

内橋 そう、粉が残るでしょ。それが形になっているんです。タングをとりのぞいたあとの木屑なんですよ、これ。

塚村編集長(以下、塚村) 絵のように見えるけど、写真なんですね。

内橋 磨いたあとの木の細かい屑がたまったのって、すごくきれいなんです。タングにはいろんな色の木があるでしょ。すると粉の色も変わっていくし、すごい美しい。

——ライヒェルさんは、この写真を次のアルバムのために撮ってらしたんですね……。じゃあ次のアルバムの構想もあったんですかね?

内橋 うん、まあどうかな。その話は聞いてなかったけどね。

塚村 ジャケット先行だったかもしれませんね。ライヒェルさんはデザインから入る人だと想像します。

——すでに音も録ってらしたってことはないのでしょうか?

内橋 いや、それはない。彼のコンピュータの中に入っていたデータも全部確認しましたが、なかったです。

——制作途中のこういうものまでちゃんと写真に撮っておかれるというのは、ライヒェルさんは本当にタングを楽しんで作ってらしたんですね。

内橋 僕も自分でタングを作ってみてはいますけど、器用でもマメでもないので。彼のところに行っては何本かもらってね。ずっとそうやってました。「おまえは作らんでいい」って言われて。「おれがいっぱい持っているから、これを弾いたらいいし」って、いつもそう言われてました。でも、やっぱり自分で作ったら面白いと思いますよ。

自由で愉快で唯一無二、ダクソフォン・オペレッタ

——2002年に『YUXO』を出したライヒェルさんは、2011年に亡くなってしまいました。その9年間には作品を一切出してらっしゃらないんですか?

内橋 僕がライヒェルとのライブを収録した『KING PAWNS live in Berlin 2006』(イノセントレコード)を、2012年に出しました。録音物としてはそのライブ盤が最後になるのですが、彼が自分で出したのではないですね。

Hans Reichel & Kazuhisa Uchihashi『KING PAWNS live in Berlin 2006』innocentrecords

——『YUXO』でやりたいことをやり切ったところもあったのかしら。

内橋 そうですね。『YUXO』は、ギターも入ってるんですよ。だからダクソフォンだけでないんですけど一応ダクソフォンオペレッタってことになっています。打ち込みの音ももちろん入っているし、そういう意味ではいろんな楽器がまざっているんだけど、メインのところはダクソフォンでやっている。すごい面白いですよ。アンサンブルとしては多彩ですよね。

——『YUXO』は、ライヒェルさんが一人ですべて作られたのでしょうか?ゲストミュージシャンなどは誰も呼ばずに?

内橋 一人です。

——ということは、これも多重録音なんですね。

内橋 さすがな感じです。ユーモアに富んでますよ。

——曲も自分で作られたものですか?

内橋 もちろん。全曲オリジナルです。

——オペレッタということは、アルバムを通してストーリーがあるのですか?

内橋 このアルバムの中の数曲は、彼が2001年にベルリンのマキシムゴーリキーシアターで上演されたシェイクスピアの作品のために作曲したものです。アルバム全体としてのストーリーというのはないと思います。でもその数曲の中には当然あるでしょうね。

——個人的な話なんですが……、このアルバムの収録曲のなかで、YouTubeで聞いて大好きになったのが、「Street Song」なんです。

内橋 ああ、この曲めっちゃポップですよね。これは最初、僕も、アルバム出す前に聞かされた時びっくりしたけど(笑)。え、こういう曲を作るのか……って。意外やなと思って、めっちゃ笑ったけどね。

——私が最初にダクソフォンの音楽を聞いたのは、オムニバスアルバムの『すさまじく冒険的な音響』(フォアレコード)でした。

内橋 ああ、珍楽器ばかりを集めたアルバムね。1曲目にダクソフォンが入ってるやつでしょ。その曲「Le Bal(new version)」も『YUXO』に入ってるよ。

——最初に「Le Bal(new version)」を聞いてダクソフォンってこんな楽器なのかと思っていたので、次に聞いた「Street Song」で、びっくりしました。

内橋 僕もびっくりした。この楽器でここまでできるのかと思った。

——もちろん「Le Bal(new version)」も、不気味可愛い感じで大好きなんですけど、「Street Song」は、宇宙人が歌っているみたいな音色のとぼけ具合と、跳ねているみたいなリズムがたまらん感じで。この楽器の表現の幅に驚くとともに、その魅力のとりこになりました。だから『YUXO』をYouTubeで聴くだけではなく、ずっと手元に置きたくて。もっと古いほかのアルバムはまだ入手できるみたいで、『Shanghaied on Tor Road』(FMP)は数年前に買いました。

内橋 『Shanghaied on Tor Road』は、実質、最初のオーバーダビングの作品ですね。「神戸ビッグアップル」は、トアロードの上のほうにあるでしょ。

——あっ、タイトルにトアロードってついてますもんね。これ、お二人の出会った「神戸ビッグアップル」のことなんですね。

内橋 僕と共演した後、彼はドイツに帰ってすぐにこれを出してるんです。

——お話に出てきた(インタビュー第2回)、「神戸ビッグアップル」のライブを録音した『Stop complaining/Sun down』(FMP)とはまた別に出したんでしょうか。

内橋 『Stop complaining/Sun down』は1991年、『Shanghaied on Tor Road』は1992年です。どちらもFMPからです。

Hans Reichel Duets With Fred Frith And Kazuhisa Uchihashi 『Stop Complaining / Sundown』FMP

塚村 ライヒェルさんと内橋さんとの出会い、本当にすごくいい出会いだったんですね。

——この「street song」に通じるポップさ、ダクソフォンのチャーミングさみたいなものが、今回の内橋さんの新作『Singing Daxophone』にはありますね。

内橋 いやもう、あれを聞かされたから、ここまでできるんだなと思ったら、おれも頑張らなあかんと思って。で、ずっと構想を練ってたんですよ。

——ライヒェルさんがもし『Singing Daxophone』を聴いたら、大笑いしてくれそうじゃないですか?

内橋 笑うやろなー。聴いてほしいけどね。

——まあこれは誰が聴いてもにやーっとするかな。

内橋 笑ってほしいですね(笑)

ウェブでダクソフォンの作り方が公開されている?

塚村 ダクソフォンが歌っているように聞こえるんですけど、たとえばテルミンとかだったらわりとすぐ弾けちゃうでしょう?

内橋 いや、テルミンは難しいですよ。テルミンもちょっとダクソフォンと似てるんだけど。なにが似ているかというと結局すべてのコントロールを、テルミンだと手でやらなければならない。ちょっとした手の動きで音が変わってしまう。ここを押したらこの音が出るという楽器じゃない。ダクソフォンもそうで、コントロールがすごく難しい。

ただわーっと派手なパフォーマンスはすぐできるんです。そうじゃなくて、きちんと普通の楽器のように音階を演奏するってことがすごく難しいんです。

塚村 こぶしを回してるみたいに聞こえるところもあって、これはどういうふうにやってらっしゃるのかなと思います。

内橋 それはできるタングもあるし、できないタングもあるし。

塚村 それを見極めないとならないんですね。

内橋 だからどのタングにするのかがすごく大事。それを見つけるために何100本もいるんですよ。あ、これやったらいけるんちゃうかなとか、ある程度はわかりますけども。

——おまけに木ですから。その日の天候や湿度にも左右される。

内橋 そう。同じことが別の日になると弾けないってことがあるんです。不思議だよね。あの時できたのに、きょうはなぜできないのかとか、その逆もあるし。いまだに謎なんです。

——生き物っぽいですね。私は1回だけ、大阪・南森町の「音凪」で開催された内橋さんのダクソフォン・ワークショップに参加したんですけど、この楽器はそんなに簡単には弾けない。常に自分の手元において、かなり練習しないと弾けないだろうなと思いました。

内橋 基礎練習は必要ですね。音階を弾く練習とか、音がブレないようにとか。たいがい初心者は音が揺れる。

——もしこの楽器を覚えたいと思った人がいたとしたら、どうしたらいいんですか?楽器は市販されてないんですよね。

内橋 自分で楽器を作るしかないね。彼はネットに設計図をのせています。ただ、彼のサイトはFlash Playerで、サポートが終了して見れないので、僕のサイトにページ作りました。

塚村 移行されたのですね。ダクソフォンの教則ビデオも載っていますね。木屑の写真もありました。

——確かにライヒェルさんは、ダクソフォンの作り方をネットで、誰でも読めるPDFで公開しているんですよね。どこかの企業が独占しているというのではない。でも、たとえこれを見ても普通はちょっと作れないと思う。

内橋 木工の技術がないと無理だと思う。だってまず木を切る道具がいるでしょう?それがなかったらできないし。

——これ見て作れる人いるのかな?

内橋 作ってる人いますよ。徐々に増えてるみたいです。DIYでダクソフォンを作るワークショップをしてる人もいる。この通りの形でなくてもいいし、現にアレンジや進化したダクソフォンをネットで発表してる人もいます。一番難しいのは脚なんです。

——この脚、動くようになっているんですよね?

内橋 そう、そこも難しいし、角度をつけたりするのも難しくて。だから、そこを断念して普通のボックスにカメラの三脚を取り付けて演奏している人もいますね。

——それでも鳴るんですか?

内橋 鳴るのは鳴るんですよ。結局音が鳴っているのは、箱のなかのピックアップマイクですから。

塚村 でも、この美しさはやはりねぇ。

内橋 もともとはライヒェル自身も、机にピックアップつけて、万力で板を止めて弾いてたんですからね。ボックスも初めはなかったんですよ。それを持ち運べるように作ったのがこのダクソフォンなんです。設計図のPDFのなかに、テーブルに万力を固定した絵があったでしょ? もともとはこういうことで、ピックアップつけて弓で弾いてたんです。でも、こんなのだと持ち運べないからね。

——そうですね、これだと机ごと運ばなきゃならない(笑)

内橋 で、この形を考え出した。すごいシンプル。これがもともとのアイデアだから。ただ、ここまで洗練された形にしたのは彼ですけどね。

(その4に続く)

その1はこちら

その2はこちら

ハンス・ライヒェル『YUXO 』
A NEW DAXOPHONE OPERETTA
イノセントレコード[ICR-026] 3300円(税込)

収録曲
1.The Duke Of Syracuse
2.A Life Without Lychees
3.You Can Dance With Me
4.Bubu And His Friends
5.Oway Oway
6.Out Of Namakemono
7.Death Procession
8.Street Song
9.My Haunted House
10.Le Bal (New Version)
11.Sometimes At Night
12.The South Coast Route
13.Eros Vs. Education

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内橋和久『Singing Daxophone』
イノセントレコード[ICR-025] 2750円(税込)

収録曲
1.I Got You (I Feel Good) : James Brown
2.(They Long to Be) Close to You : The Carpenters
3.Walk on the Wild Side : Lou Reed
4.Killer Queen : Queen
5.Space Oddity : David Bowie
6.Black Dog : Led Zeppelin
7.Eleanor Rigby : The Beatles
8.Hit the road Jack : Ray Charles
9.Comme à la radio (Like a radio) : Brigitte Fontaine
10.Bella ciao : Italian Partisan’s protest song
11.Scarborough Fair / Canticle : Simon & Garfunkel
12.No Woman, No Cry : Bob Marley and the Wailers
13.What a wonderful world : Louis Armstrong

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