チチ松村さんのロングインタビュー、3回目をお届けします。1回目と2回目は、90年代にフリーペーパーの「花形文化通信」に掲載されたチチ松村さんのインタビューや記事を振り返りながら、当時のエピソードや裏話を語っていただきました。ところで、チチさんといえば、皆さんご存知のように、クラゲ、桃、イカなどを愛し、ゴミを宝に変える茶人。いったい今までどんなものを、何がきっかけで好きになったのか?ここからは、そのあたりを詳しくうかがいました。この話題について、これだけまとめて読めるのは「はなぶん」だけですよ!!  (丸黄うりほ)

木彫の化け物シイタケ。自宅にて(2019年)

きのこの存在自体がすごい

——チチさんは、今までにいろんなものを、こだわりをもって集めてこられましたよね。

チチ松村(以下、チチ)  僕ね、今まで何が好きやったかメモしてきた。

——おお、ありがとうございます。

チチ 僕が三上さんと出会った頃、1978年頃ですね。よくお互いの家に練習のために行ったりしてたんですけど、そのときに三上さんの家にきのこ図鑑があったんです。で、それを見ながら、どのきのこが毒で、どのきのこが食べられるか、当てっこしたりしていた。きのこ、面白いなと思って。それからいろんなきのこの本を集めたんですが、いちばん面白かったのが京都大学の森毅先生が編集した『キノコの不思議』っていう本でした。それを読んでいたら、きのこの存在自体がすごい。美味しい、毒、幻覚、長生き……冬虫夏草とかね。

たぶん、きのこがものすごく好きになったのは『キノコの不思議』を読んだ1986年くらいからだと思います。そのときにちょうどラジオの企画がありまして。FM 大阪の深夜で、タイトルにも『チチ松村のミッドナイトきのこ列車』ってつけたんです。放送されていたのは1987年から88年ですね。それが、今も NHK でやっているようなラジオ番組の原型です。あのころは、わざわざ冬虫夏草をとりに出かけたりもしていました。

クラゲになりたいとクラゲは思っていない

チチ で、その次にはまったのがクラゲです。1990年から2000年まで。これが、僕の人生にとってはすごかったですね。

——『私はクラゲになりたい』という本を出されているほどです。

チチ それはなぜかというとね……、自分で決断でけへん自分というのがあって。「どうしたいんや?」と人にも訊かれる。家族にも「どうしたいんですか? 」「どうやっていきたいんですか?」って言われて。自分の人生を決断できない生き方していたんですよ。こんなんで自分はええんやろかと思っていたときに、須磨の水族園でミズクラゲ見たら、めちゃくちゃ流されてて。自分の意志とか、無いんですよ。せやけど、ものすごく美しかった。そのクラゲの形と流され方がね。わ、これは師匠やなと思ったんですよ。

——クラゲ師匠……。

チチ そう、これでええんやと。そっから自分は流されてても、それできれいに生きてるって人から見られたらええやんって思って、納得したんですよね。だから、自分はクラゲの生き方ってすごい、師匠やと感じた。それで、クラゲ師匠に教えを請いたいと思って、どうしても家に来て欲しいと思った。

で、いろんなところに聞いてみたんですけど、結局は須磨の水族園の武田さんっていう方……もう亡くなられたんですけど、その方にお願いして飼い方を教えてもらったんです。武田さんから「いま生まれているから、子どものクラゲなんてなかなか手に入らないから、あげますよ」って。もらって、家で飼いました。

そのときの水槽の設備とか、一生懸命に考えました。僕、本気になったのはあのときだけちゃうかなと思うくらいです(笑)。あれほど真面目に取り組んだのは。

それで、家に来てもらったクラゲ5匹のなかで、1匹だけが1年くらい生きたんです。クラゲっていうのは、長生きせえへんのですよ。個人で1年もたしたらすごいって言われるほうなんです。ミズクラゲっていうのは、海の中で生きてても1年から2年くらいが寿命。あれはすごかったなと自分でも思います。

自宅にて ※水槽内はミズクラゲ没後に導入した人工クラゲ(2000年ごろ)

それから代々個体は変わったんですが、10年くらいクラゲ師匠と一緒に暮らしました。風流に自分で決めない生き方がいいな。自分もクラゲになりたいと思いました。でも、結局わかったのは……、クラゲになりたいとクラゲは思ってないということだったんです。

ものすごい人間的な「我」でね、クラゲみたいに生きられたらと考えるのは、いちばんクラゲから程遠いことやというのがわかった。クラゲは何も考えてない。ところが僕はクラゲみたいになりたいと思うところがいちばんあかん。クラゲはやっぱり自分にとって師匠やった。教えてもらったのは、そのことでしたね。クラゲみたいに生きるのは無理やなと思いました、最終的には。やっぱり人間やから何かしら欲望はあるし、それを捨てることはでけへんのやな。それは死ぬときやなと思いましたね。だから、クラゲにはちょっと哲学的な要素がありますね。

塚村真美(以下、塚村) なんか仏教的です。

チチ 仏教的ですか、ははは。

塚村 我が無いとか。死ぬときまで抱えたままであるとか。

——きのことクラゲはちょっと似てますね。

チチ きのことクラゲは形が同じなんです。山にいるクラゲがきのこで、海のきのこがクラゲなんですよ。で、きのこは毒もっているのがあるじゃないですか、クラゲも毒で刺すでしょ。すごい通じるもんあるんですよ。ただ、なぜそういうことをするのか両方ともわからない。きのこの毒でも、たとえば親指くらいの大きさで人を殺すほどの毒をもつ必要はないんですよ。きのこにとって毒をもつということは、他のものに食べられないようにということなんだけど、それにしては毒が強すぎるものが多い。おかしいんですよ。

光るきのこっていうのもあるけど、光ってもきのこで、ホタルみたいにメス誘導っていうのもないし。ではなぜ光るの?わからないですよね。

僕は、そういうわからないものが世の中にある、っていうのが好きなんかもしれん。クラゲも、人を刺したろと思って刺してないんですよ。さわるから刺す。さわったと同時に針が出てしまうんで。魚とかの餌をとるためにあるのかもしれんけどね。だけど、人間がミミズ腫れになるほどの毒をもつ必要はないと思うんですよ。そういうわけのわからんものが世の中に存在していて、多種多様でいるっていうのがものすごい好きですね。

イカを食べた日の数は幸せの数

自宅にて(21世紀初頭)

チチ 2001年になって、クラゲの次にイカが来ました。これはなんの意味もなく、単においしかったからです。

塚村 えっ、おいしかったから?

チチ ライブの後に打ち上げで行った三軒茶屋のお店でね、イカの一夜干しを食べたんですよ。確か青森の八戸やったかな、そのへんの。それを食べた瞬間にめちゃくちゃ幸せな気分になった。こんなもので幸せになれるんやったら、ほかのものはいらんやろと。毎日イカ食べていたら、毎日幸せやと思うんちゃうかなと思ったわけです。それで、「1日1イカ」というのをやりたいなと考えまして、食べた日は「イカ」って書いて月でしめて、30日分の21日とかね。それが「イカ度」っていうのんで、今もイカを食べた日をつけてるんですけど。

——今も記録とっているんですか?ずいぶん長く続いていますね。

チチ なんでかって言うたら、イカを食べて幸せやと思う日を積み重ねたら、自分の人生を幸せやったと思うんとちゃうかなという考えなんです。

塚村 不幸やったんですか?

チチ ははは。不幸じゃないけど、どうでもいいことに価値を見出したいというのがあってね、「ゴミを宝に」っていうのも、お金出して買うもんじゃなくて、道に落ちているものに、今日はこのゴミと出会えたということで幸せを感じたらいいなと思ったんです。せやないと、お金もっている人だけが幸せになるのはおかしいと思たんですね。すごいお金つこて手に入れたもんと、僕が見つけたゴミとは同じ価値やと思たんです。頭の切り替えだけで。だから、そういうしょうもないもので幸せを感じたいというのはすごいあるんですね。安上がりですよね(笑)。

塚村 イカはそんなんで好かれてたんですか。

——まあ、でもイカはおいしいですよね。

自宅にて(21世紀初頭)。左はひょうたん製イカ型ウクレレ「イカレレ」。

 

どうしても欲しかった、桃の弁当箱

チチ そんなわけで、イカは今もつけてるんですけど、その次にね。渋谷の東急の下に、日本でいちばん高いと言われているレコーディングスタジオがあるんですけどね。そこは、レコーディングした後に果物を出してくれるんです。そこでGONTITI の録音したとき、その果物のなかに桃が入っていまして。

——なるほど。

チチ これもむちゃくちゃおいしかったんです。で、イカの次に桃が好きになりました。

自宅にて(2002~06年頃)

——2002年ですか。

チチ はい。これはもうグッズ集めたりしたらあかんと思ったんですけど。桃って見ているだけでいいと思ったし、最終的には「桃」っていう漢字にまで感じるようになって。桃谷とか、行きましたもん。そしたらやっぱりね、桃の絵とかあったりするんです。それで、そのときにものすごい幸せを感じる。

で、桃のジュースってあるでしょ、缶とかに桃の絵が描いてあるじゃないですか。それを飲んだ後に、たまの石川さんみたいに集めて。だから缶とかそういうものも増えていったね。

で、これでいちばん面白い話は、新幹線に乗ったときです。岡山の駅弁にね、桃の形の弁当箱に入っているのがあるんですよ。それがものすごく欲しくなったんですけど、岡山に行かんと買われへんわけですよ。そしたらね、ある日新幹線に乗ったら、桃の弁当食べてる人がいたんですよ。で、その人に言うて弁当箱もらうのがいいのか。それとも、捨てはったときにもらうのがいいのか悩んでたんです。そしたら、新幹線の切符を見る人が来てね、その人はゴミも片付けるんですけど、僕がさあ言おうと思っていたときに、その乗務員がぱっとそれ持っていきはったんですよ。

塚村 グリーン車ですね。

チチ グリーン車です。それで、そのあと追いかけたんですよ、乗務員の方を。「すいません!!あの! ちょっと欲しいものがあるんですけど!」って言うたら、びっくりして、「えっ!!」って言わはった(笑)。で、「どうしても欲しいものがあるんですけど……」って言うて、なかから2ついただいた。で、洗うとこ行って洗ってきれいにして。そういうこともありました(笑)。

塚村 大丈夫やと思わはったんですね。普通、怪しかったらくれませんから。

チチ あー、そうですね。乗務員さんもね、「桃の弁当はなかなか売ってないです」って言ってました。

で、桃の次にはセイウチっていうのが来ました。2007年です。あれっ、こんなに話してていいんかな?

 

 

※その4に続く。来週くらいに公開予定です。
※その1のインタビューはこちら

※その2のインタビューはこちら

 

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