【インタビュー】内橋和久 ギタリスト、ダクソフォン奏者 その2/6

ドイツ人ギタリスト、ハンス・ライヒェル(Hans Reichel)氏が生み出した、ダクソフォン(Daxophone)という面白い楽器。そのダクソフォンが、ビートルズ、クイーン、D・ボウイ、L・アームストロングなどのヒット曲を文字通り「歌いまくる」アルバム『Singing Daxophone』を、11月22日に発表した内橋和久さん。今回はダクソフォンという楽器の仕組みや演奏方法について聞きました。さらに、内橋さんとダクソフォン、そしてその作者であるライヒェル氏との、良き出会いについてもお話は及びました。(丸黄うりほ)

「花形文化通信」事務所近くの廊下で(2021年11月3日)

 

1991年、神戸にて。ハンス・ライヒェル&ダクソフォンとの出会い

——ハンス・ライヒェルさんが作り上げたダクソフォンという楽器。この楽器がどういう仕組みなのか、もう少し詳しく教えてください。

内橋和久さん(以下、内橋) ダクソフォンは基本的には、サウンドボックスがあって、そこにピックアップマイクがついているんですね。ピエゾっていう圧力式のマイクです。その箱に、タングと呼ばれるいろんな種類の木の板を固定して弓で弾く。下には三脚があって、それで床に固定する。それだけのものなんです。

みんな子どもの時にたぶんやったことがあると思うけど、定規ってあるじゃないですか。それを机に固定してベロンベロンと指ではじいたら音がして、定規を動かしたら音程が変わるじゃないですか。

——やりますね!

内橋 それと同じなんですよ。それを弓で弾いてしまうということなんです、木片をただ指ではじくだけじゃなくて。もちろん僕らもはじいて演奏することもありますが、主に弓で弾くということをライヒェルは考えたんです。そして音程を変えるために左手にダックスっていう、黒板消しみたいな形のものを持って、それでコントロールする。振動させる幅を変えたら音程は変わるじゃないですか。

——ダックスをフレットのように使うんですか?

内橋 ダックスの片方にフレットがついているんです。反対側はない。ギタリストの発想だからね。

——もともとハンス・ライヒェルさんはギタリストなんですよね?

内橋 そう、ギタリストです。僕とは、1991年に神戸で一緒に演奏したんですよね。

——ハンス・ライヒェルさんが神戸に来られたんですか?

内橋 そうです、ツアーで来たんですよ。その時に一緒に演奏したのが最初の出会いですね。

——神戸のどこですか?

内橋 「神戸ビッグアップル」です。で、そのときの録音がアルバム『Stop complaining /Sun down』です。このアルバムはフレッド・フリスとのデュオと僕とのデュオのカップリングアルバムでした。そのあとすぐ彼は僕をドイツに呼んでくれて一緒にツアーを1カ月くらいしたんですけど。それ以来ずっと交流がある。

——「神戸ビッグアップル」には、ダクソフォンを持ってこられてたんですか?

内橋 持ってきたんです。あの時はギターとダクソフォンとチェロを持ってきていました。彼はチェロも自分で作るんです。ギターも。全部自分で作るんです。

——ライヒェルさんの単独ツアーだったんですか?

内橋 そうですよ、それで日本中いろんなところ回ってました。神戸に来た時は僕と一緒に公演したんです。

——内橋さんはギターで参加?

内橋 そうです、僕はその時はギターしかやってない。

——共演されたということは、すでにお知り合いではあった?

内橋 いいえ、その時に初めて会ったんです。コンサートを企画した人が「一緒にやりませんか」と声をかけてくださって。で、一緒に演奏をしたあとに彼は僕のことを気に入ってくれたので、「ドイツに帰国する前にもう一回やりたい」って言って、ほかの都市を回ってからもう一回神戸に来たんですよ。

——ああ、そうなんですか!

内橋 ツアーが終わったあと、自主的に神戸に来たんですよ。リリースされたのは、その時の録音です。

——そのときから内橋さんのことをライヒェルさんは……

内橋 すごい気に入ってくれてね。それから交流が始まった。

——その時の企画をされたのは?

内橋 企画はね、当時、神戸の駅前に「JRレコーズ」というお店があったんですけど、そこの小田さんです。実験音楽とか実験的なジャズを中心にいろいろ呼んでた人なんです。彼がやりませんかって言ってくれた。

そのころ、僕は大阪に住んでいました。即興音楽はもうすでにやってました。ちょうど「神戸ビッグアップル」というお店が始まったのもそのあたりで、同じ時期ですね。あそこでいろんなことをやらしてもらえるようになって、いい環境があったんです。

ライヒェルから引き継いだダクソフォン、その仕組み

——ダクソフォンは、黒板消しみたいな形のダックスで音程を変える。そして、いろいろな形をした木の板、タングの種類を変えることで音色が変わるのですか?

内橋 そう。木の材質が変わると音が変わるんですよ。形はあまり関係ないんです。もちろん形が変わると演奏できる場所が変わりますけれど、それくらいの意味で、音のいちばんの本質っていうのは木の種類なんです。

——いろんな木を使ってますよね。色を見ただけでいろいろ混ざっているのがわかります。

内橋 いろんな珍しい木を使っています。黒っぽいのはだいたい堅い木ですよね。

——たとえばどんな木が使われているのか、木の種類を教えていただけますか?

内橋 アフリカンブラックウッド、ローズウッド、ブビンガ、ゼブラウッド、アマランス、杉、黒檀などです。もっともっとたくさんありますが。

形はね、ライヒェルはデザイナーなのでね。フォントデザインで有名な人なので、ドイツに行くと彼のフォントばかりですよ。すごくきれいなフォントなんですよ。ジャケットに使っているこの字も全部彼のフォントです。

——なんという人なのでしょう。フォントは作るし、楽器は発明するし……

内橋 そうそう。好きなことやってて全部それが仕事になっている人なんですよ。

——すごいですね。このタングが並んでいるだけで美しいですもんね。

内橋 そうです、美術品ですね。

——タングは内橋さんも自分で作られるんですか?

内橋 僕も作りますけど。ライヒェルは10年前に亡くなったんですけど、彼が残したものが400本くらいもあるんで。僕はそれを弾いているだけですね、ほとんど(笑)

——というと、ライヒェルさんが作ったタングは、いま全部内橋さんが持っているんですか?

内橋 僕が全部もっています。

——それは大変なことですね!

内橋 なんか知らんけど指定されたそうで、継承人になってしまった。

——ギターも?

内橋 僕は彼のギターは弾かないですけどね。でも、それで何かプロジェクトができたらいいなとは考えてたんです。彼のギターもかなり変わったギターなので。普通に弾くのは難しいので、これをたとえば期間限定でお渡しして弾いてもらって、一曲録音して返してもらう、みたいなプロジェクトをできたらいいなとは思う。

——ギターはどういうふうに変わっているんですか?

内橋 両方にフレットがあるんです。普通フレットって左手のほうだけでしょ。右のほうにもフレットついてるんです。

——どうやって演奏するんでしょう?

内橋 片方は叩くんです。とにかく変なんですよ(笑)

——うーん、それは。普通は弾きこなせないですよね。

内橋 なかなか難しい。すごく倍音の多い、独特な音がするんですけど。聴くと一瞬でこれはライヒェルだってわかるような音です。ギターそのものがそういう音を出す。

——ライヒェルさんはチェロも作られるんですよね。チェロも変わってますか?

内橋 チェロは普通でしたよ。ボディがないけど。

——ボディがない?

内橋 なんでも作るんですよ。

——でもやっぱりタングの美しさが飛び抜けてますね。

内橋 美しくても、あまり突飛な形をしているのは弾きにくいんですよ。

塚村編集長(以下、塚村) ライヒェルさんはタングをデザイン先行で作っていたんでしょうか?

内橋 そうです、彼はデザイナーだから。デザイン先行で作るんだけど、デザインが面白いからといって音がいいわけではない。それはやっぱり弾いてみないとわからない。で、これだけ作っているうちに、こういう形状だとこういう音がして面白いというのは統計上わかってくるんです。だから同じ形のものを違う種類の木で作ったのはいっぱいあるんです。

——同じ形でも木の種類を変えると音が変わるんですね。

内橋 そうそう、そっちのほうが変わる。

塚村 それはプロダクト的にやっていたんですか?

内橋 製品として生産していたわけではありません。演奏をしていると、弾きやすい形が見つかるでしょ。そういうのがあると、いろんな種類の木で作ってみる。たとえば、平らな部分が少ないと弾きにくいでしょ。ある程度の幅や距離がないと音程がとれないからね。ぎざぎざしているのもありますが、弾けないですよ。

——その弾きにくさによって、また面白い音が出るということは?

内橋 そういうのは、音の表現としては豊富ではないんです。

——なかには四角い、サシみたいなのもありますよね。

内橋 ただの長方形みたいな。そういうのが意外とよかったりする。

ダクソフォンは本当に歌うし、しゃべる楽器なんです

——ダクソフォンを弾く弓は何をお使いですか?

内橋 コントラバスの弓です。別にバイオリンの弓でもいいんですけど。ただ細くなるから、音量とか音色とか変わってしまいます。そのあたりは好みなんですけどね。

——弾き方はいろいろあるんですよね?

内橋 いっぱいあります。

——コントラバスのテクニックとも違う?

内橋 ぜんぜん違う。彼はドイツ人なんでフレンチボウではなくてジャーマンボウなんですよね。そのほうが奏法的にはいいみたい。

——その奏法も自分で編み出していくのですね?

内橋 そうですね。でも楽器って全部そうだと思いますよ。こういう新しい楽器はもちろん自分で考えたものだから、奏法も自分で考えないとならないでしょう、いろんなやり方があるはず。だからライヒェルと僕と違うところもあるし。それはそれでいい。でも、本当はどんな楽器でもそうで、ギターなんかでも奏法なんてのはなんか面白い音出したいなと思ったらみんな自分で考えるんです。もちろんベーシックなやり方っていうのは当然ありますけど、そうじゃないやり方っていうのも当然あるし。それはやっぱり、試したい人は試す。だってピアノだってプリペアド・ピアノとかいろいろある。この一つの楽器でどれだけ表現の幅があるのかっていうことを追求する人がいるし、僕だって普通のギターじゃ出せないような音を出したいと思うからいろいろ改造したりもするんです。

——ダクソフォンのような楽器はベーシックがないからそれを作っていくことになりますね。

内橋 作った人がまずパイオニアなんですから、その人がやりだしたことがベーシックになっていく。でもそれ以外のやり方が絶対あるはず。

——内橋さんはそれを探し続けている。

内橋 ライヒェルがやらない奏法もいっぱいあります。この楽器の可能性をどこまで引き出せるのかっていうことです。僕はもう25年やっていますけど、まだまだあるなと思いますね。まだこんな音が出るんかという発見があるし。そういう意味ではもっともっとやっていかなあかんなと思う。

——まだ触っている人が少ない楽器だから、何が出てくるかわからない面白さがある。

内橋 新しい楽器といっても楽器の完成度みたいなのはあって。自作楽器とかって作っている人は結構いっぱいいると思うんですよ。ただ、楽器というからには表現の幅が必要なわけで、どれだけのことがこの楽器でできますか、どこまでカバーできますかっていうのが結構大事で。それが深ければ深いほど応用力も高まるし、いろんなことがその楽器でできるということになる。自作楽器ってたいがいそれほど表現力ないんですよ。面白い音は出るけどそれしか出ないとか。それだとそれで終わっちゃう。でもそうじゃなくて、ダクソフォンに関してはすごく奥行きが深いっていうか、打楽器にもなるし、メロディ楽器にもなるし、すごい音としか言えないような変な音も出せるし、いろんな分野をカバーできる楽器ですよ。すごい楽器だなと僕は本当に思っていて。

——しかも、内橋さんがご自身のアルバムタイトルに『Talking Daxophone』とか『Singing Daxophone』とつけてらっしゃることからもわかるように、人の声に似た、温かみというとちょっと違うんですが、なにか有機的な面白さがありますよね。

内橋 うん。声とはかなり密接な関係がある楽器かなと思うんです。どういう楽器でも歌うように演奏する、そういう表現力の問題があると思うけど、ダクソフォンは本当にしゃべるし歌うからね。

僕がこの楽器を使ってて思ったのは、普段使っている言語が違う人が演奏すると、違うものになるだろうなということなんですよね。僕は日本人だから日本語をしゃべるじゃないですか。で、音というものを言語化するっていうのは、みんな無意識のうちに脳でやっていると思うんですよ。弾いた時に出てきた音を、勝手に自分の中で言語化したりしている。言語とたぶんすごく密接に関係しているなと思う、この楽器の音は。ドイツ人が弾くとこれはドイツ語しゃべります。

——だとすると、今回発表された内橋さんのアルバム『Singing Daxophone』は、英語の歌が多いから、やはり英語で歌っているのでしょうか?

内橋 そうだと思う。歌詞が英語なので、歌っている人のニュアンスプラス英語の歌詞っていうのがこの作品になっている。

——これが、ほかの言語だったら音色も変わってくるということですよね。

内橋 絶対変わってきますよ。だって僕、これ録音しながら歌詞カード見てたもん。

——やっぱり歌っているんですね。

内橋 この楽器はもともと動物の声だとか言われていたけど。それだけじゃないよなって思う。ダクソフォンのダックスは、ドイツ語でアナグマっていう意味なんです。なんで彼がアナグマを選んだかっていうとね、アナグマってすごい面白い鳴き方するんだって。僕は聞いたことないんですけど。すごい多彩な声をもっている。そこからきてる。

——そういえば、このあいだツイッターで、クマが捕獲されて、日本でですけど。その鳴き声が「オッサンの声に聞こえる」っていう動画がまわってきて(笑)。聴いてみたら本当に男の人が泣き叫んでいるみたいなんですよ(笑)。で、ちょっとダクソフォンに似てました。だから、クマとかアナグマはこんな声なのかと思ったんです。ライヒェルさんの身近にはアナグマがいたんですかね?

内橋 彼はね、ヴッパータールっていう街に住んでたんです。ピナ・バウシュとかで有名な。そこはドイツでも有名な動物園があるんですよ。広くて、動物がすごく近い。いいところなんですよ。連れて行ってもらって何回か行きましたけど、彼はそこによく行ってたからね。彼はミーアキャットが好きだったんですよ。かわいいんですよ、それが(笑)

——ミーアキャットもちょっと人間ぽいですよね。

内橋 そうね、あんまり人前に出てこないんですけどね、隠れてるからね。出会えたらラッキー。彼は自分のアルバムのジャケットにもミーアキャットを使っています。それで動物園から表彰されて、1年間無料入園券をもらったりしたこともあります。

塚村 いい街ですね。

内橋 行ったことありますか?

塚村 行ったことないです。けど舞踊団もあって、理解のある動物園もあって、ライヒェルさんもいたって。

内橋 川沿いにモノレールが走ってるんですよ。それで動物園まで行けるんですけどね。昔、子象をロープウェイで運んでたら子象が暴れて川に落っこちたっていう話があって、それが絵葉書にもなっている。

——落ちた?

内橋 子象は大丈夫だったんですよ(笑)

——よかった。

塚村 ますます、いい街な感じ。

——地方都市なんですか?

内橋 西の方ですよ、デュッセルドルフまで30分もかからない。ケルンも近いです。ものすごい田舎でもないけど、ちっちゃい街。派手な街じゃないけど、居心地のいい街です。

(その3に続く)

その1はこちら

その2はこちら

 

内橋和久『Singing Daxophone』
イノセントレコード ICR-025
2750円(税込)

収録曲
1.I Got You (I Feel Good) : James Brown
2.(They Long to Be) Close to You : The Carpenters
3.Walk on the Wild Side : Lou Reed
4.Killer Queen : Queen
5.Space Oddity : David Bowie
6.Black Dog : Led Zeppelin
7.Eleanor Rigby : The Beatles
8.Hit the road Jack : Ray Charles
9.Comme à la radio (Like a radio) : Brigitte Fontaine
10.Bella ciao : Italian Partisan’s protest song
11.Scarborough Fair / Canticle : Simon & Garfunkel
12.No Woman, No Cry : Bob Marley and the Wailers
13.What a wonderful world : Louis Armstrong

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