インタビュー5回目は、総括本『vanity records』に附録として付けられた2枚のCDについて詳しくお話をうかがいました。阿木譲氏が亡くなった後、ほとんどの原盤権がミュージシャン側に戻されましたが、なかには連絡がとれなかったり、すでに亡くなっていた方も。『vanity records』に付いているCDに収録されたアーティストの中で、とくに、TOLERANCEとSYMPASTHY NERVOUSについて、貴重なお話が聞けました。(丸黄うりほ)

向かって左から東瀬戸悟、嘉ノ海幹彦。フォーエバーレコーズ難波店で(2021年7月21日)

 

TOLERANCE、SYMPASTHY NERVOUS……機械音のエロティシズム

——『vanity records』という本にはCDが2枚ついていますよね。CD-1は「VANITY SAMPLEというタイトルで、TOLERANCE、SAB、SYMPASTHY NERVOUS、KIIRO  RADICAL、NOSE、INVIVO、NISHIMURA ALIMOTIという7アーティストの11曲が収録されています。

東瀬戸悟 (以下、東瀬戸) これは結局、原盤権をこちらが管理しているものだけなんですよ。KIIRO RADICAL、NOSE、INVIVO、NISHIMURA ALIMOTIは、カセットとコンピの人たちですね。

——この選曲は誰がされたんですか?

東瀬戸 本の監修者の中村(泰之)さんです。

嘉ノ海幹彦(以下、嘉ノ海) Vanity Recordsでリリースされたミュージシャンをコンプリートしたかった。インタビューに答えてくれている人はいいんですが、すべての人を網羅したかったんです。だからさまざまな理由で、インタビューに参加できなかったミュージシャンは音源で参加してもらったということです。音源についても、この特典CDのためにリマスタリングしました。コンピレーション アルバムとして聴いて違和感なかったでしょ。曲については、2021年に聴いてほしいものを中村さんが選んだということなんです。それにVanityを全く知らない人にも聴いてもらいたかったし。

——これが付いていたら本と一緒にCDを買ったような、お得な気分になりますね。実際に音を聴けたら、本だけ読んでいるよりも空気感もわかりますし。このCDの聞きどころというと……。

東瀬戸 TOLERANCEは全部いいと思います。「Vanity Records」のなかで唯一、LPを2枚出してるし、阿木さんが一番気に入っていた。世界規模でいっても、TOLERANCEってダントツ人気なんですよね。

——TOLERANCEは、どういうところが評価されているんですか?

東瀬戸 1978年から現在までずっとやっているイギリスの大御所グループ、ナース・ウィズ・ウーンドがデビュー当時にTOLERANCEを評価してて、自分たちのアルバムタイトルをTOLERANCEのクレジットから取ってたんです。その影響が大きいですね。ナース・ウィズ・ウーンドのファンやエクスペリメンタル、アバンギャルド系のリスナーにはTOLERANCEは伝説だったんですよ。平山悠くんが書き下ろした『ナース・ウィズ・ウーンド評伝 パンク育ちのシュルレアリスト・ミュージック』という本にも載ってます。

平山悠著『ナース・ウィズ・ウーンド評伝 パンク育ちのシュルレアリスト・ミュージック』DU BOOKS刊

SYMPASTHY NERVOUSもいいですよね。インダストリアルからテクノへ移る中間くらいの感じ。過渡的な音ではあるんだけど、いま聴いても全然耐久力がある。

SYMPATHY NERVOUS 『Sympathy Nervous』SYMPATHY NERVOUSの1stアルバム(1980年)をCD化

嘉ノ海 僕のなかではTOLERANCEはエロティシズム。要は機械音のエロティシズムみたいな音楽だと思ってて。電子音なんだけど、なんでこんなにエロスを感じるのかなと思います。声も使っているんですけどね。丹下順子さんは自分のことを「感性機械」でありたいと言っていた。体と機械が溶け合う感じだと思う。SYMPASTHY NERVOUSも同時代性がありますね。当時、新沼好文さんは、エレクトロニック・ミュージックについて独特の感覚を持っていたし、楽器を自分で作るんですよね。

東瀬戸 彼はプログラマーだったから。

嘉ノ海 1980年ごろ、自分で一生懸命作っててね。

——SYMPASTHY NERVOUSの新沼さんが作っていたのは、どういう楽器だったんでしょうか。

東瀬戸 U.C.G.(Universal Character Generator)と名付けられた自作のコンピュータシステムです。その後、郷里の岩手県宮古市でテルミンを作っていました。テルミン方面でも有名だったのですが、3.11の震災で自宅をなくしちゃったんです。

嘉ノ海 全部流されたんだって。機材とかも含めて……。

東瀬戸 被災した後、東京へ引っ越されて2014年に亡くなられました。90年代にはよく電話したり個人的に交流もあったけれど、長いこと亡くなったっていうことがわかんなくて……。メール出しても返信がなかった。

嘉ノ海 音については、機械から出てくる音の中に埋没していくような音楽というか……。本人は、抽象的な表現ですが、体が機械の中に入っていって同化して、システムは植物のように勝手に伸びていく、それをコントロールするのが、さっき東瀬戸くんがいったU.C.G.だと言ってた。

——TOLERANCEは丹下順子さんひとりでやってたんですか?

東瀬戸 ギターの吉川マサミさんがサポート的に参加していますが、実質は丹下さんひとりですね。SYMPASTHY NERVOUSもギターで千崎達也さんがいたけど実質は新沼さんひとりです。

嘉ノ海 新沼さんは兄弟とやっていましたけどね。

——どちらも多重録音で音を作っていたんですね。

嘉ノ海 そう、いわゆる宅録ですね。当時、録音機材も安価で高機能なものが出てきてた。

 

Junya Tokuda × Tolerance ……現在活躍中のミュージシャンによるリメイク

——続いて、CD-2「RE MAKEについてうかがっていきます。こちらのタイトルは、「Junya Tokuda × Tolerance   VANITY RE-MAKE / RE-MODEL Vol.1」となっています。

嘉ノ海 これはTOLERANCEの曲をJunya Tokudaくんが自分の方法でリメイクしているんです。彼は普段無口なんだけど、前にあったときにTOLERANCEはすごいって絶賛していました。

ちょうど、きょうRECORDSのHPで、Junya Tokudaのインタビューがアップされているんだけど、阿木さんとの関係やこの作品(Tolerance VANITY RE-MAKE)を作った経緯についても語っているので、ぜひ覗いてみてください。(「阿木譲の光と影」シリーズ 第二弾 Junya Tokudaインタビューはこちら

東瀬戸 Tokudaくんは晩年の阿木さんがやってた店「environment 0g」にレギュラー的に出ていました。さっき(1回目)話に出た『a sign paris-ozaka-tokyo』、中村さんが2011年に作ったコンピCDですが、あの流れでその後ずっと阿木さんのお店は継続してた。

——Tokudaさんは、阿木さんが亡くなった後も「environment 0g」にずっと出ていらっしゃるのですね。

東瀬戸 はい。そこに集まっているアーティストたちの作品を「environment 0g」の平野隼也くんと中村さんが「remodel」として出そうとしています。最後に阿木さんが関わっていた連中と、80年代のTOLERANCEをつないでいるわけです。

嘉ノ海 中村さんの思いとすれば、阿木さんのやっていたことを引き継いでやりたいと。だからこの2枚にはそういう思いはある。

——現在も活躍している「remodel」の代表的なミュージシャンには、他にどんな方がいらしゃいますか?

嘉ノ海 KENTARO HAYASHIくんとかJuri Suzueさんとかは、既にremodelからリリースしています。みんな基本電子音楽ですね。だからどっちかというと僕らみたいに「Vanity Records」を知ってる人はCD-2の「RE MAKE」を聴いてほしい。知らない人には両方を聴いてほしいですね。

HAYASHIくんはremodelからCD『PECULIAR』をリリースした後に、イギリスのレーベルOpal Tapesから曲を追加してLPとして出しています。JuriさんはCD『Rotten Miso』と片面をMERZBOWがリミックスしたLPをremodelからリリースしている。

——それにしても、TOLERANCEは後の世代にも海外のリスナーやミュージシャンにも大人気なのに、なんで連絡つかないんですかね?

東瀬戸 これだけ音源が再発されたら、本人が名乗り上げるだろうと思うんだけどね。

嘉ノ海 丹下さんは歯医者さんだったの?

東瀬戸 歯医者さんにはなっていないらしい。もし歯医者さんになってたら名前で検索したらわかるはずだけど、結婚して苗字かわっていたら手がかりないよ。さっき(3回目)話に出てきたAnode/Cathodeの金野さんが歯医者さんなので調べてもらいましたが、83年ぐらいまでしか足取りがわからなかった。卒業大学に問い合わせしても個人情報は教えてもらえないし。

——丹下順子さんがいちばんミステリアスですね。

東瀬戸 そうなんです。SABさんが亡くなっているのは早くからわかっていた。新沼さんは亡くなったらしいという噂は耳にしたけど確証がなかった。ツイッターで何回か「どなたか新沼さんの消息をご存知ないでしょうか?」って問うた時に、ある方から「テルミンの工房をやっていて、3.11で被災した人のことが岩手の地方紙に載っています。既に亡くなられているそうです」と情報がありました。あ、これだと思いました。テルミン奏者の児嶋佐織さんも連絡をくれました。児嶋さんは新沼さんが作っていたテルミンのことを知ってましたね。

——『vanity records』についている2枚のCDを聴いて、自分自身の感想をいうと、やはりTOLERANCEの音には強度を感じました。NOSEの「Dolby Nr On」は、かなり昔にどこかで聴いたことがあるのを思い出しました。

東瀬戸 阿木さんはラジオで番組もっていたから、それで流してたかもしれないな。山本さゆりさんと阿木さんとでやってたFM番組で、『Music』からかけたことあるよ。TOLERANCEは、LP2枚と『ロック・マガジン』付録のソノシートが出ていますが、それ以外にも音源が残っていたんです。阿木さんが残したテープを整理していたら、明らかに未発表と思われるものが見つかりました。1枚目と2枚目の間に作ったんだろうなと音を聴いた瞬間にわかった。曲名は書かれてなかったけどアルバムタイトルはついてるんですよ。そういう未発表の音源があったから、2020年の再発ではそれもまとめて出してしまおうということになった。

塚村編集長(以下、塚村) 丹下さんの写真が……。

東瀬戸 この本『vanity records』に載ってますよ。

——丹下さん、出てきてほしいですね。女性アーティストとしてアーント・サリーのphewは当時かなり脚光あびてたなと思うんですよ。彼女みたいにキャラクターを前面に出すということが、この時代の、とくに女性のアーティストには求められていたのかもしれないけど。それに比べてTOLERANCEはキャラを前面に出す音楽ではないし。そういうタイプの人ではなかったのだろうという気はします。

嘉ノ海 音楽についての新しい試みには積極的で、『ロック・マガジン』の編集部に、聴いてくださいって音源を送ってきていた。丹下さん個人には、2回くらい会っていて、もの静かな方でしたけど、音楽については熱く語っていた。でもまあ、アルバムのタイトルが「Anonym」だしね(笑)。

——そうですよね。時代的にはどうだったんでしょう?とくに女性アーティストは顔を出せみたいな空気があったんじゃないですか?

嘉ノ海 phewはね、積極的で「私の写真を鋤田正義さんに撮ってもらって……」とか、そういうふうに言ってきたりしてたからね。

東瀬戸 phewは、ちゃんとセルフプロデュースできた人だったから。

——phewは昔から、すごい顔のイメージが強くて。それはジャケに顔のアップを出してらしたからですね。インタビューとかでも、ものすごくキャラを出してはるな……と私は思いました。とにかく名前やルックスとかも含めて、くっきりしたキャラを出そうという意思が当時から感じられたんですね。「Anonym」というのは、それと正反対だなと思います。

塚村 だからいまも匿名性を貫いてらっしゃるのかもしれませんね。

東瀬戸 それもあるだろうし、この後に続く『Music』とかカセットの人たちは、ほぼ匿名なんでね。でも、TOLERANCEはこうやって後世の人がね、Junya Tokudaさんがリメイクしたくなるのはわかります。やはり音としてすごくいいなと思う。古くなってない。いまの若い人が聴いてもこれは引きがある。でも、それは「Vanity Records」のほとんどの音について言えることだと思います。

(続く)

*その1はこちら

*その2はこちら

*その3はこちら

*その4はこちら

『vanity records』

監修 中村泰之
著者 平山悠 能勢伊勢雄 嘉ノ海幹彦 東瀬戸悟 よろすず
発行元 きょうRECORDS
発売元 株式会社スタジオワープ
価格 3750円(税込)
B5版392ページ、CD 2枚付き

 

※7月23日発売。お取り扱いはFOREVER RECORDSまたはAmazon で。 詳しくはこちら