ロマン大活劇『猟奇王』を代表作に持つ漫画家、川崎ゆきお。
貧乏神に見入られて漫画家生活25年を報われることないままに過ごしてきたが、待てば海路の日和あり。震災、オウム……などといった社会不安を味方につけて、資乏神の追い出しに成功した。ポアより怖いプアからの脱出!!
川崎は思わず「これで幸せになれるんかなぁ」と呟いた……。

——忙しいんでしょ。9月から辰己出版の新雑誌『まんがジャパンダ』の連載も始まりましたし……。

川崎 いきなり『猟奇王』現象みたいな感じやからな。今年春から吹田(大阪府吹田市)の労働組合の隔月発行の機関誌でも『猟奇王』を描いてるし、チャンネルゼロ(川崎ゆきお、いしいひさいち、寺島令子らの単行本を出している出版社)から『猟奇王大全』も出るし、辰己のんと合わせると3つも『猟奇王』もんが重なっとぉんや。今年になってから急にやで。去年、チャンネルゼロから話があった時は「新しい読者がついてきてるわけでもないのに単行本なんか出して売れるんかいな。知らんで」みたいな感じやったんやけど、他からも仕事がきたりすると多少心強いわ。チャンネルゼロからの話だけでは何の客観性もないからなぁ。

——ここ数年、漫画の仕事をなさってなかったんで心配してたんですよ。

川崎 単発で1~2ページ描くとかそんな仕事しかしてなかったからな。イラスト1点描いて3千円とか(笑)。やっぱり地震とオウムで揺れよったんやろなぁ。長いこと漫画家やってて初めてやで、エロとかやない一般誌から連載の仕事をもらうの。しかも『猟奇王』で連載やろ。「ガロ」で『猟奇王』描いてた時は依頼なんかされてないのに、勝手に描くいう感じやったから。ほんま助かったわ。去年ぐらいからローンで借りれる枠がまだわずかにあるというだけで暮らしてたから。仕事がないままやったら、10月で限界やったんや。

——良かったですね、忙しくなって。

川崎 いっぺん『恐怖!人食い猫』(‘88年作)いう単行本を書き下ろした時は6月締切いうのんを9月締切と聞き間違うたばっかりに忙しい思いをしたことあったけど(笑)。あれは売れっ子で忙しかったんやなくて間違うたから忙しかっただけやからな。

——やっぱり震災やオウムといった社会不安が『猟奇王』を表に引っぱり出したのかも知れませんね。

川崎 地震だけやったらアカンかったやろな。地震とオウム、この2枚のカードが揃わな。地震のあと、2週間くらい風呂に入ってへんようなオッサンらがうろうろしとったやんか。『あ、自分と同じや。ひょっとして自分の時代かも知れへん』いうのはあったんやな(笑)。家も何もかもなくなってオシャレな装飾品とかそんなもんが虚しい存在になったりしたやん。地震で物理的な地金が剥き出しになったとしたら、精神的な地金はオウムで剥き出しになったみたいなとこあると思うわ。

——帝都をパニックに陥れようと夢見る“闇のヒーロー”猟奇王の企みは、地下鉄でサリンを撤いたりするオウムの策謀とダブる部分もありますよね。

川崎 そやな。けど、『猟奇王』の漫画いうのは人はひとりも死んでないねん、登場人物の手首が斬り落とされたみたいなのはあっても。あとは犬がキャンキャンいうたりするくらいや。犯行を近所のオッサンに邪魔されたり、そんなんやから(笑)。

——あくまでフィクションによる日常からの反乱ですよね。

川崎 誰しもそんな考え持ってるやんか。実際にはせェヘんけど。したら、えらいことになるがな。走りとぉても明日、会社あるしなぁ(走るとは猟奇犯罪を行うことを意味する)。“もののけ”にしてもおるわけないねんけど、「もしおったら!?」という想像の楽しさがあるわけや。いざ地震になったら仕事は休みになるけど、喜んでられへんかったわなあ。

——伊丹市にお住まいですが、地震で被害はなかったたですか?

川崎 ウチは大丈夫やったけど、よく行ってた喫茶店がツブれたりしてショックやったわ。地震が起きて思ったのは、人間、極限いうもんに遭遇したら本能のままになるいうことかな。瓦礫の下敷きになってる人がおったら迷うことなく助けに行くし、下敷きになってる人も外に出て助かろうとするやん。それは絶対そうやん。普通の自分らの暮らしの中に、そうそう“絶対”いうのはないんやけど、絶対やらなあかんいうのが出てきた時、人間て結構元気なんやなあ。しゃんとする。

——川崎さんの普段の生活って特に“絶対”といったものから無縁の……眠くなったら気のすむまで寝て、今日が何曜日かさえ重要ではないような……通常の社会の規範みたいなものから切り離されたところに存在してますよね。

川崎 やから、何のアレもないわなぁ、「何が喜びや!?」いう感じで。喫茶店に行くのもただ喫茶店に行くのが目的で行っとったんやな。仕事に忙しいて息抜きに行くとかやないねん。息抜きっぱなしで、 1日の中で喫茶店に行く時が一番緊張しとったりしてなあ。銭湯に行くのが一番社会性のある行為やったりして(笑)。朝方の3時か4時頃、ファミリーレストランに行ったりしたら、12時頃から盛り上がったまま、もうカラカラになりながら男同士で喋っとったりするのがおるやん。そんなんは若い人の文化いうかなぁ。案外、若い人の方が闇を持ってるんやと思う。闇の中にまだおるんや。

——初期の『猟奇王』って川崎さん自体まさにそういった間の中で描いてたからこそのおもしろさがあったように思うのですが……。毎朝、牛乳配達しながら、漫画を描いてらした時代もあったわけでしょ。

川崎 そやな。曲がりなりにも漫画に関係することだけで食うようになってから、すっかり現実社会と絡まんようになってしもたとこあると思う。そんなんが反映して作品も全くのお伽話のようになっていったというかな。愚にもつかんようなことばっかり描いて。読者はそうなってくるとおもしろがってくれへんねん。はっきりしとるわ。

——路地を歩きながらボーッと少年時代に想いを馳せてみたり……猟奇王も夢を見るばかりで実際に走ることはなくなっていきましたもんね。新たに『猟奇王』を連載するにあたって、こういうネタで走らせたいといった考えはありましたか?

川崎 描きたいんはやっぱり夢みたいな世界やったな。けど、そういうのんは描きたいというより描きやすいから描いてるだけやわ。やっぱり読者なり編集者なりの要望で描くねん。勘違いして依頼された時なんかが一番楽しいなぁ。一応、猟奇王を現代という時代の中で動かしてみたら、どうなるかっていうのがあるわ。編集の側でも『猟奇王』みたいなもんをもう一回若い世代にも読ませたいみたいなのはあるみたいやねん。絶対メジャーなキャラクターにはなれへんやろけどな。自分でも若い読者の反応が楽しみやわ。「こんなもっちゃりした漫画ではウケヘんやろな」いうのは自分でもあるんやで。「こんな台詞のやりとりばっかりでは」「人物全部バストアップで全身の動きがない」……とか思てるんやけどな。

——やっぱり『猟奇王』は『月光仮面』『多羅尾伴内』みたいなものに近いところがあるんでしょうか?

川崎 どっちにしても悪者は死ぬんや。どんな意外な展開をしても犯人はつかまるんやったら、丸見えでええん違うかいうようなとこあるわ。描いとって、こっちで猟奇王が何考えとんのか、解らんようになってくる時もあるし、猟奇王の台詞を忍者(猟奇王の手下)が全部言うてる時もあるしなぁ。

——猟奇王と忍者の会話というのは結局、川崎さん自身の心象の投影であったりするわけですよね。川崎さんが仕事をしてギャラも稼いで社会性を帯びてくることで作品自体も変わっていくかも知れないですね。

川崎 どうやろ。社会との接点ってほんまないからな。ほんま、仕事が増えるなんて全然思ってなかったわ。貧乏な時って結構平和やで。世の中、うまいことできてるんや。地震で街がワヤになった状態で、みんな風呂にも行けへんというのがもっと長く続くと思ってたりしてたんや。ほんなら、周りから「働きに行け」「仕事しろ」とか言われんですむなぁとか……。

——根本的に社会性欠落してますよね。

川崎 麻原も猟奇王も変わらへんからな。アホやん。ちょっと前、若いフリーターのヤツがホームレスのオッサンを道頓堀川に放り込んで殺しよった事件あったやん。同類ほど、相手のことが腹立つねん、気持ちが解るから。

——何はともあれ極貧脱出おめでとうございます。

川崎 先のことはわからへんけどな。とにかく来年の春まで現在の仕事はあると思うねん。その間に次の手を打っとかんとな。

(インタビュー・構成・写真:石原基久)

「花形文化通信」NO.79/1995年12月1日/繁昌花形本舗株式会社 発行)