ジョニー・ロットンはピンク・フロイドが嫌いな訳でなく

 文・嶽本野ばら

A MAGAZINE #7 KRIS VAN ASSCHE MODENAIE 2008 ディオールオムのアーティスティックデザイナーを引き継いですぐのクリスをキュレーターに迎えた「A MAGAZINE #7」(amazonのサイトはこちらから

2020年4月よりラフ・シモンズがプラダのクリエイティブデザイナーとしてミウッチャ・プラダとの共同就任が決まりましたね。お前が作る服は高過ぎてダメだとカルバンクラインを解雇され、怒りを顕にしていたラフでしたから、いい再就職先が出来て良かったと思います。プラダはそもそも靴屋さんですから、建築家出身のラフのミニマムな特性はきっと上手く作用するでせう。

頑張れ、ラフシモンズ! そしてプラダ!

判官贔屓ではないけれどもLVMH、リシュモン、ケリングの三強傘下に入らず一応、独立系であるプラダをつい応援したくなります。でもラフは昔、ディオールですし、これはプラダを乗っ取る為にLVMHが絵を描いたもの。ラフは工作員かもしれません。ファッションの世界は取るか取られるかじゃけんのう。仁義なき抗争では今尚、多くのデザイナー達の血が流されています。

と、常にLVMHの悪口をいい続けているように思われるかもしれませんが、僕はLVMHを評価しているのですよ。

ディオールオムをエディ・スリマンから引き継いだクリス・ヴァン・アッシュは、ディオールに専念する為に自らのメゾンを休止させてしまうような人でしたが、11年間の滅私奉公にも関わらず、業績が伸びないと、あっさりシュプリームをヴィトンと掛け合わせ功績を上げたキム・ジョーンズと交代させられます。しかしLVMHはその後、クリスをベルルッティのデザイナーに据えました。これはとてもいい配置でした。

クリス・ヴァン・アッシュ就任以前のBerluti(ベルルッティ)カタログ。「伝統と創造が織り成す100年を超える歴史を忠実に」と中にメゾンの主張が記されている。筆者所有。

ベルルッティは1895年に高級紳士靴のブランドとして創業した由緒正しいメゾンです。顧客は本当のブルジョア、縄だけで6万円以上する縄跳びを作ったりします。

クリスのディオールオムはお上品過ぎて僕は物足りませんでした。スキニーのジーンズなどエディの発明を踏襲したものであってもクリス期のものは何故かお坊ちゃんじみていました。でもそれはクリスの特質(ディオールの為に自分の工房は閉めてしまう真面目さ)からくるもので悪い傾向ではない。彼の性質はエディの後釜よりベルルッティで活かされる。顧客もそれを悦ぶでしょう。

LVMHは適材適所の人事がとても上手いのです。問題なのはメゾンの買収を繰り返しLVMH傘下に非ずばハイブランドに非ずの独占を目指す部分です。

しかしながらLVMHの戦略を単純に責める訳にもいきません。かつてルイヴィトンは会社として頭打ち状態になると予測されました。品質がよく丹念にリペアをするのが信条の工房の旅行鞄は、一人につきそう沢山は必要ないから、売れる個数が減少していくは道理だったのです。ヴィトンに危機の回避案を思いつかせたのは日本人の行動でした。

1970年代、世界的に知名度を上げたルイヴィトンの鞄を現地なら安く買えると日本の旅行客がパリの店に押し寄せ、爆買い開始。
ヴィトン側にしてみればどうみても庶民なのに日本の人は、どうして一人で何個もうちの鞄を買うのだろう? 不思議だったのですが、でもそれなら、日本で売ろうと思ってしまったのです。ですから1978年に東京と大阪のデパートに出店、81年、直営店を銀座並木通りにオープン。これはコピー品の横行を処理するにも役立つ方針でした。

1987年にモエヘネシーと合併、ルイヴィトンはLVMH(LVMH Moët Hennessy ‐ Louis Vuitton SE)という巨大な複合企業に変貌を遂げます。そして企業の宿命として市場拡大と利潤追求で、様々なメゾンを買収していくこととなるのです。

僕達は、中国の富裕層の人達が日本でブランド品を買い漁る様を冷笑しがちですが、最初にそういうことをやり出したのは高度成長期からバブル期に小金を掴んださもしい僕達なのです。そしてマナーが悪いと愚痴りつつも、中国の人達しかお金を落としてくれないと恥も外聞もなく、店舗に中国語の案内を掲げ、語学の出来る販売員を立たせるのです。どっちが下衆か区別がつかんわいのう……です。

今もヴィトンの市場の大半は日本にあります。だからといってヴィトンを買うなというではありませんが、LVMHを独走させお洋服の世界から面白みを消滅させた元凶は日本人のプチブル意識にあるのを忘れてはならないと思うのです。

ヴィトンが村上隆や草間彌生をフューチャーするのは日本人対策ですよ。少し前、ヴェルサイユ宮殿に村上隆のフィギュア作品を展示する計画が立った時、ルイ14世の末裔がそんなエロいもの、祖先への冒涜だと訴訟を起こしましたが当然です。少なくとも日本人が、否、芸術だから……と口答えするべきではありませんね。

分際を弁えない限り、エコノミックアニマルは何時までもエコノミックアニマルじゃけんのう。イモ引くことも大切ですわい。

(7/26/20)