ヒゲの未亡人、ワッツタワーズ、スペースポンチなどのユニットやバンド活動のほか、DJとしても全国を駆け巡る日々。また、美学校の音楽学科主任や、東京藝術大学大学院、広島市立大学の講師も担当。さらに最近は「コンビニ DJ」というイベントに関わったり、盆踊りオーガナイザーとしての役割もあったりと、ますますその活動の径が大きくなってきています。
そんな岸野さんに神戸でお話をうかがうことができました。インタビュー第1回目の話題は、盆踊りオーガナイズのきっかけともなった「コンビニ DJ」についてです。(丸黄うりほ)
1991年の「花形文化通信」をプレイバック
――岸野さんには、1991年8月にフリーペーパー時代の「花形文化通信」27号でインタビューさせていただいているんです。
岸野雄一(以下、岸野) 「花形文化通信」は今もバックナンバー全部持っていますよ。
――なんと!それはありがとうございます。1991年のインタビューは、岸野さんが京浜兄弟社の社長だった時期で、ちょうど京浜兄弟社のオムニバスCD『誓い空しく』が出たときのものです。私は、この記事の岸野さんの発言のなかで、気になる言葉が二つあって。それは、今のご活動にも底でつながっていると思うのですが……。
一つは「京浜兄弟社はライブ派じゃなく、自宅録音派だと思われていますよね」という、こちらからの質問に対して、岸野さんが「ライブの数が少ないから、よくそう言われます」と受けた上で、「だけど本当のところ日本ではね、ロックはストリートにはない!と思っているんですよ。ロックはレコード屋さんにあるものだから」と答えてらっしゃる。もう一つは『誓い空しく』の音楽性の多彩さについて、「僕の中では感情的に一貫してる。一番音楽で何を重きに置いているかというと“感情”ですからね」と答えていらっしゃる。
岸野 これ、おそらく当時は、ロックは日本ではストリートに根づいていないという意味で言ってるんですね。ただ、これ91年で30年前ですか。今は根づいたというか、独自のストリート性は獲得しているんじゃないかと思いますね。
つまりね、地に足がついているとか、その音楽が生活圏にあるっていうことを大事にしているんですね。だから、確かに今やっている盆踊りや音頭のことにも通じると思います。住んでいる町、地続きっていう感覚ですね。
――30年たっていますから、この時からすると音楽をめぐる状況ってものすごく変わりましたよね。聞かれ方とか。
岸野 そうですね。この当時ぎりぎりCD が一般化して、インディーズでも出せるようになった。その前はアナログで、今や CD がなくなるっていう時期ですからね。まあそのようにフォーマットは変わりましたけど、消費のされ方が一番変わったのかなという感じはしますね。今や音楽は水よりも安いといわれていますからね。いくらでも無料で聞けてしまう。
――そういう変化も、岸野さんの最近の活動に無関係ではないのかなと。
岸野 どう聞かれようが関係ないともいえますが……。うーん。問題が大きなところからきましたね。話すうちにどこかでそのトピックに接続できれば。戻れるように考えながら話しますね。
「コンビニDJ」とは?
――では、ここからは岸野さんの最近の活動についてうかがっていきたいと思います。まずは「コンビニ DJ」 について。そもそも「コンビニ DJって何なの?」っていう人もいると思いますので、その始まり、経緯からお願いします。
岸野 都内某所で、店頭にレコードを飾っているコンビニを見つけたんです。それがね、飾っているものが毎週変わるんですよ。例えば、ローリングストーンズ好きのバーなんかで、ローリングストーンズのジャケットが飾ってあるようなことありますよね。店に行くとストーンズの話を店長に延々と聞かされるみたいな。そういうのとは違って、その店はジャケットのバラエティの豊かさが尋常じゃないんですよ。
まず来日中のアーティストのものが飾られる。亡くなったアーティストも追悼で飾られる。季節によって梅雨は雨傘が描かれたもの、お祭りの季節になるとお祭りのレコードが飾られる。そのことによって、この店の人は特定のジャンルのファンではないのだということはわかるわけです。音楽文化そのものに寄与しようとしているという姿勢が非常に強く感じられたんですね。
そこにシンパシーを感じて通っていくうちに店の人と仲良くなっていき、ぜひDJイベントをやりましょうということになったんです。
――それが「コンビニ DJ 」の始まりだったということですね。それにしても、店長さんはかなりの音楽好きだったんですね。
岸野 そのラインナップをみると、おそらく1万枚は持っているなというのがうかがい知れました。
――でも、マニアではない。ジャンルが多岐にわたっていて。
岸野 もう、全ジャンル。分けへだてなく古いものから新しいものまで。高いものから安いものまで。
でね、そこのイートインコーナーに音楽好きが集まって、ジャケットをネタに音楽談義をしているんですよ。そうすると僕もついそこに行って話をしたり、仕事帰りの音楽好きの人の話を聞くのがおもしろいんですね。そこがコンビニであるだけに、何の制限もない、敷居がない感じで。
重要なポイントは、普段づかいの、まさに生活圏にある場所だということだった。同じことを例えば喫茶店がやったとしても、その敷居は上がったでしょう。コンビニも一応ドアを開けて入るんだけども、そのドアは万人に向けて開かれていますから。そこがひとつの魅力だったという気がします。
――固定客のいるカフェなんかで DJ イベントというのはよくあるけれど、コンビニは誰が入ってくるかわからないですもんね。
岸野 そうですね。そこが良い。
――コンビニって、たいてい地域の人が来ますよね。たまたま通りがかりに入ることもありますけど。
岸野 そうですね。その店の近くに大手ビジネスホテルが2軒あるんです。出張とかで使うでしょう、そこの利用客が来るんですよ。それで、東京のコンビニってみんなこうなの?いやいや、おそらくここだけでしょうと。で、そこで地方の音楽状況の話を聞くのも楽しみのひとつではありますね。
「コンビニ DJ」は、君の町にあるのかも?
岸野 それでね、「コンビニ DJ」は場所を公開していないんです。
――えっ、そうなんですか!
岸野 チラシも作っているんですけど、地図には川の絵が書いてあって、公園の絵が書いてあって、「このへん」とか書いてある。情報が少なすぎて、たどり着けない。
――情報を集めて来る人がいたら空気変わっちゃいますかね……。
岸野 その川の形と公園の位置をグーグルマップで探し出して、特定して来た人もいましたけどね。今はインスタとかは場所が紐づけされちゃいますから、調べようと思ったらわかっちゃうんですよね。だけど、公開してないっていうのが建て前で、そこにファンタジー性があるということです。もしかしたら、君の町にあるのかも……っていう。で、場所を公開してないってことは、このイベントが、特定の店舗に利益をもたらすためにやっているんじゃないっていうことなんですよ。あなたの町でもこれをやってくださいってことなんですよね。やろうと思えばできるんで。そういう意味を含めてやっているんですね。
――「コンビニ DJ」には、どんな人が来ているのですか?
岸野 音楽好きとしかいいようがないですね。あとは結構、視察もいるみたい。自分の店でもやってみたい、どんなふうにやっているのかな?っていう。もちろん、近所の人も来ていますね。あ、次の次の週にやるんだ、じゃあ来よう、みたいな。最初のうちは夜11時スタート、午前3時終了だったんです。京都とか海外だとそのパターンは多いんですが、東京ではそれってありえないんですよ。なんで5時までやってくんないの、電車ないじゃんってことなんです。京都の人は自転車で動くんで全然3時に終わってもいいんですが、東京で3時に終わるというのは、そこで途方にくれてくださいっていうことなんですよね。広すぎるんで。で、普通に海外とかだと3時に終わるよね、つまり徒歩圏、自転車圏の人向けですよっていう意味で最初それやってたんですよ。ただ、やはりもうちょっと来やすくしようってなった。で、今は昼間開催にしています。土日は東京はイベント多すぎて重なりすぎていて、夜7時とかにイベント入れても結局ぶつかっちゃうんで、だったら昼間から音楽聴きましょう、楽しくっていう。日曜の午後ですね。
――近所の人は昼間のほうが来やすいかもしれませんね。日程としてはどのくらいの間隔でやっているのですか?
岸野 今は2ヶ月に1回か、月イチくらいですね。
「その場所がなくなると困る」と、みんなが思っている
――そのようにして、「コンビニ DJ 」が始まったのはいつなのでしょうか。
岸野 2年くらい前ですね。
――もう2年も続いているんですね。
岸野 みんな、リテラシーが高いんですよね。ポテトチップスとかを手に持って、音楽に合わせて振る「ポテチウェーブ」というのが流行ったんですが(笑)、手にした商品は必ず買う。棚にもどしたりしない。
その場所を大切にしようと思っているのでリテラシーが高いんですね。店は自動ドアなんですけど、イベント当日は頻繁にドアが開いちゃったりするので電気を止めて手動にしているんですよ。そうすると、出入りする人に対して必ず開け閉めをナビゲートするお客さんがいるんですね。近くにいる人が、外に音が漏れるのを防ごうということで。何か自動ドア感覚で入ってきちゃったお客さんがいると、別のお客さんがそれを閉める。それをお客さんがやっているんですね。そこはまあほんとに、その場所がなくなってしまっては困るとみんな思っているので、大事にしている。結果、クレームがまったく来ない。
――素晴らしい。だから続けられるんですね。
岸野 結局こういうのってクレームでダメになるんですよ、近隣からのね。そこはみんな分かっているんで。お店の前にたまったりしないですね。ラッキーなことに、すぐ裏の、歩いて10秒のところにカフェがあるんですけど、そこが第2会場にしていいよって名乗り出てくれたんです。結局、このイベントは集客がまったく読めないわけなんですよね。前売券も作りませんし、コンビニですからね。で、音楽聴いていく人はチャージ500円だか1000円だか、それくらいですよ、置いてってね。普通に買い物のお客さんも来ますから、それは全然それを優先するようにしていますし。で、俺はただのコンビニのお客さんだよって言って、たまたま商品を選んでいるふりして音楽聴いていく人とか、いないんですよ。それ可能なんですけどね、やらないんですよ。みんなちゃんとお金を払っていく。で、150人とか来ちゃうともう店内はちょっと収拾つかないわけですよね。入場者数を制御することはまったくできないわけですから、カフェが名乗りを上げてくれたのはすごく大きくて。混んできたら自主的に移動するんですよね。そっちのカフェはコンビニのほうでチャージを払った人は入れる。ドリンクも注文できるんですね。そっちに音と映像も配信しているので、たとえば DJ が変わった、戻ろう、みたいなのも、10秒で戻れるんです。
――カフェのモニターで上映しているんですね。
岸野 そうです。結構でかい画面で。そのシステムになったのも、心配がいらなくなったのでとても良いですね。
――「コンビニ DJ」は、自然発生的に始まって、自然発生的に助けてくれる人があちこちから出てきている感じですね。
岸野 そうですね。それを別に助けてくれと言った覚えはない、失礼ですけど。始めたことによって、人手がいるだろうからって名乗りを上げてくれたわけで。だから、それも始めてみないとわからないですよね。それまでまったく関連性のない店でしたからね。カフェはカフェ、コンビニはコンビニだったわけですよ。