ベアーズ初期のスタッフのひとり津山篤。山本精一とは想い出波止場の良き相棒でもある。今回は初期から最も数多くベアーズのライヴを観ている男、須原敬三にも登場いただいた。(監修:山本精一/取材・構成:石原基久)
津山 山本(精一)とは、柴山(伸二)がやってた『なしくずしの共和国』(ハレルヤズ、向井千恵、頭士奈生樹らが出演)いうイベントの関係で知り合った。知りおうて、ベアーズにハレルヤズで出て、ベアーズを手伝うようになって、想い出波止場も一緒にやるようになる。いつからスタッフだったかは憶えてないけど、1987年6月の『花電車、死の屁』のイベントはスタッフやった記憶がある。想い出波止場は88年からかな。
須原 確か88年4月、どん底ハウス (83〜91年、京都にあったライヴハウス。場所を2度ばかり移転しつつ、京都アングラシーンを支えた)でのライヴで津山さんがベースを弾いてた。それが最初だったと思う。
津山 PAの奥成(一志)も同じような流れちゃうかな。当時、オレは京都に住んでたし、奥成ももともと京都でKBS京都の下請け仕事とかしてたし。
––『なしくずしの共和国』を主催してたリアル・クール・オフィスもベアーズ初期には関わってたんでしょ。柴山さんもリアル・クール・オフィスのメンバーで。
津山 そうそう。リアル・クールは、ほかに松原(健・故人)くん、西村(明)くん、イディオット(高山謙一)らがいた。同志社大学の卒業生たちの集団。究極にホットなオレは合わへん。当時、安田(謙一)くんとかも京都におって。細井(尚登)、ビート・クレイジーやってたしのやん(篠田純)とかの方が仲よかった。リアル・クールが関わったのは短かったんやないかな。88年に入ったら、山本、オレ、奥成に……石隈(学)もスタッフになって。おかしな路線になる。一時、奥成、ベアーズに住んでたからな。『メディテーション・デー』『UFOを呼ぼう』とか、わけわからんイベントやるようになって。「万博やろう」「オリンピックやろう」……そんなライヴハウス、この世のどこにもないよ。その功績は、奥成と石隈が大きい。いまでもヘンな名前のバンド、いっぱい出てるけど、山本も名前だけで決めてたのあるんちゃうか? 「土喰い商売人」……それ何やねん。あほんだらの巣窟や。それがだんだんステータスになっていくっていう。
––須原くんは?
須原 ありぢごくを始めたのが88年やから。エッグプラントはなかなか出られなくて。そんなボクらでも出してくれるのがベアーズという。
津山 バーボンハウスにもバハマにも出られへん連中いうの、おったからな。京都でも、拾得、磔磔に出られへん連中は、どん底ハウスに集まるいうのあったやん。
––90年前後というと、世間的にはバンドブームなんですけど、そういう影響はありました?
津山 ないない。のちにモダンチョキチョキズのメンバーになる(濱田)マリちゃんが砂場で出てたりもしたけど。確かに客も結構きてたし、レンタルも多かったいうの、あったかな。そのころ憶えてるのは、ベアーズに幽霊が出るとか言い出して、お祓いしたことか。千日前は昔、処刑場やったとか墓地やったとかいうやん。近いからベアーズに出ても不思議やない。
––保山宗明王(現・保山ひャン)の生前葬とかやってましたしね。
津山 アーベン!イーベン!ウーベン! 人口内臓とか(これらは保山を代表する持ちネタ)、いろいろやってたね。山本に内緒で勝手にドリンク付きにしてチャージ+500円にしてたこともある。ある日、山本に「それ、ベアーズに入れとるんか?」って訊かれて。「入れてない」「入れんかい」って一悶着あったり。岡野(太)はドラム教室もやってたし。みんな、好きにやってた。
––役割分担はどんな感じだったの?
津山 山本が店長とブッキング、奥成がPA、オレと石隈が、照明、受付、モギリとかの雑用。
––津山さんは夏は山に行ってたでしょ。[津山は長野・仙丈ヶ岳「藪沢小屋」の管理人として知られる]
津山 やから、冬と春だけやけど。
––初期はPA卓の位置も奥の階段下やったんよね。
津山 PAなんて8chで。フロントのスピーカーもしょぼくてPAいうような代物やなかった。奥成がよそに仕事で行ってオレと山本でPAやらなあかんときなんて、卓いろて「ドラムください」とか言うてるけど、わからへん。ヴォーカルだけ出して、あと何もやってへんかったり。機材も奥成が徐々に買い足していったんちゃうか。ベースアンプなんかは神崎川ヤマハ閉店(このあたりは山本精一の著書『ギンガ』に詳しい)で激安で払い下げてもらったり。
須原 エッグプラント閉店で機材を譲ってもらったり。
津山 スケジュールもちゃんと埋まるようになったのはエッグがなくなってからやな。エッグがあった時は、オレ、山本がエッグに出てるとしたら、エッグから前さん(前川典也)や保海(良枝)さんに手伝いに来てもらったり、逆にオレらが手伝いに行ったりもしてた。当然、バンドも行き来あったしね。保海さんには奥成が辞めたあと、うちのPAに正式に来てもらうことになったから。
*文中に登場する人物早わかりメモ
- 津山篤:想い出波止場、サイケ奉行ほかで活躍。
- 須原敬三:ありぢごく、他力本願寺、サイケ奉行ほかで活躍。ギューン・カセット代表。
- 柴山伸二:ハレルヤズほかを経て、渚にてで活躍。オルグレコード主宰。
- 奥成一志:ベアーズ、心斎橋クラブクアトロ、新世界ブリッジほかのPAを歴任。クリア・スポット代表。
- 西村明:スーパーミルクほかで活躍した。滋賀県近江八幡のサイケデリックスペース酒游舘代表。パンク史家。
- 高山謙一:イディオット・オクロックほかで活躍。
- 安田謙一:タマス&ポチス、THE 神 SUNほかで活躍した。ロック漫筆として音楽誌を中心に活動中。
- 細井尚登:チルドレン・クーデターほかで活躍。
- 篠田純:S S、コンチネンタル・キッズほかで活躍した。ROCK A GO GO企画を主宰。
- 石隈学:KUKUで活躍した。
- 岡野太:サーバート・ブレイズを経て、非常階段ほかで活躍。
- 前川典也:エッグプラントPA、TAG RAG主宰ほかを経て、サウンドクリエイターとして幅広く活躍。
- 保海良枝:C.C.LIARほかで活躍。奥成一志のあと、1991年から2017年まで四半世紀にわたってベアーズでPAを担当。
*参考資料
現在のベアーズのスケジュールについてはこちら。LIVE SPACE BEARS。