世界各地の美しい階段を紹介する連載です。世の中のすべての階段が美しくて歩きやすいわけではありません。建物の中や屋外空間に優れた階段を増やし、そうでない階段をなくしていくためにも、専門家だけでなく、多くの方に階段に興味を持っていただければと思います。(文・写真 下坂浩和)

トリニタ・デイ・モンティ階段-通称スペイン階段(2011年撮影, ローマ)

日本には名前のついた坂道がたくさんあります。東京だと、富士見坂、神楽坂など、京都ならば清水坂や三寧坂、神戸の場合は北野坂やハンター坂など。ところが街なかの階段に名前がついているところはあまりありません。一方、ローマには街の随所にある階段に名前がつけられています。

トリニタ・デイ・モンティ階段、と聞いてもピンときませんが、通称スペイン階段といえば、1953年の映画「ローマの休日」のワンシーンが撮影されたローマでも指折りの観光名所であることをご存知の方は多いでしょう。実際に行ったことのある方も多いと思います。

さて、この階段、昼間はいつ行っても大勢の人がいます。多くは観光客と思われますが、たまたまサッカーの試合前に居合わせたときには、サポーターがスペイン階段に集まって、チームの旗を振りながら景気をつけていました。

ところで、なぜ人はこの階段に引きつけられるのでしょうか。ローマの中心にあって、パンテオンやトレビの泉からも歩ける距離で、コンドッティ通りという有名なショッピングストリートの突き当たりに位置していることや、階段下のスペイン広場の舟の噴水と階段上のオベリスクとトリニダ・デイ・モンティ教会が両端のアイストップとして存在することなど、理由はいくつか思い当たります。

(1988年撮影, ローマ)

(2011年撮影, ローマ)

しかし最大の理由は、この階段自体に魅力が備わっているためだと思います。いつもは人が多くて階段そのものがよく見えないのですが、その魅力の秘密を知りたくて、人が集まる前の早朝に行ってみました。

階段は左右対称に幅が狭まったり、広がったり、途中に大きめの踊り場が4カ所、真ん中の踊り場と一番上がお立ち台のようになっていて、違う高さからの景色を楽しむことができます。迂回しながら上がっていくことで、水平距離を長く取ることができ、階段の勾配をゆるやかにする効果もありますが、なんといってもバロック特有の優美な造形が劇場の観客席のような雰囲気を醸し出しています。何度も上り下りするうちに階段のかたちがよくわかってきました。

驚いたことに、真ん中のお立ち台の下の階段は段がカーブしていて、ここに座る人々の視線が集まるようにできています。まるで円形劇場のようです。ほかの段は直線が曲がった形でできているので、このカーブした部分は特等席と言ってもよいでしょう。

(2011年撮影, ローマ)

上下の広場をただ直線的に結ぶだけの階段ならば、このような劇的な空間にはなりません。スペイン階段は訪れる旅行者誰もがそれぞれの旅の主役を演じるにふさわしい舞台装置でもあるのです。

イタリア工期バロックの建築家フランチェスコ・デ・サンクティス(1679-1731)が計画したこの階段は1723~26年に建設されたバロックの代表的建築のひとつです。

(2019年1月26日)

 

下坂浩和(建築家・日建設計) 1965年大阪生まれ。1990年ワシントン大学留学の後、1991年神戸大学大学院修了と同時に日建設計に入社。担当した主な建物は「六甲中学校・高等学校本館」(2013年)、「龍谷ミュージアム」(2010年)、「大阪府済生会中津病院北棟」(2002)「宇治市源氏物語ミュージアム」(1998年)ほか。