【P探】プレスリリースを通して世相を探っているような気がするプレスリリース探訪(略称:P探)です。

一般社団法人「日本映画製作者連盟(映連)」が先月(2026年1月)、発表した「2025年(令和7年) 全国映画概況」などによると、昨年の国内での映画興行収入は2744億円で、過去最高となったそうです。

入場者は1億8875万人。
配給収入ではなく興行収入で概況を発表するようになった2000年以降では歴代2位となり、1位はコロナ禍直前の2019年に記録した1億9491万人でした。

色々なものが低迷したり、先行きが不透明だったりする社会情勢のなかで、上向きの力を感じる話題。そこに光が見えるような気がするほどです。

この発表を知ってアタマをよぎった本がありました。
高峰秀子さん(1924〜2010年)の自叙エッセイ『わたしの渡世日記』(文春文庫)です。『わたしの渡世日記』(文春文庫)
令和の今は「俳優」という表記の方が適切のようですけど、個人的には「女優」か「映画女優」という肩書がしっくりとくる人物です。

ご自身のことをユーモアもまじえながら、率直というか、赤裸々といってもいいくらいに書き綴った傑作。

僕の生涯の愛読書ベスト10入りは確実な作品です。

中途半端な引用の失礼は承知しつつ…。

この『…渡世日記』の下巻に、こんなくだりがあります。

「昭和二十五年当時の映画界は、まさに光り輝いていた」

「昭和五十年の現在では、映画観客の数も映画館の数も三分の一以下になってしまったのである」

「映画産業は現在、斜陽産業の代表となり、あわれな現実だけが残った」

ため息と嘆きと怒りが折り重なっているような文章です。

映連の「過去データ一覧表」をみると、高峰さんが「光り輝いていた」と書いている「昭和二十五年」(1950年)の記録はなく1955(昭和30)年以降しか確認できないのですが、映画館の入場者のピークは1958(同33)年の約11億2745万人のようです。

厚生労働省のウェブサイトによると当時の日本の総人口は約9200万人ですから、1人が年間12回以上、月に1回以上、映画館に足を運んでいた計算になります。

映連によると、高峰さんがエッセイを執筆した「昭和五十年」(1975年)の入場者は1億7402万人なので、最盛期との隔世の感は歴然です。

1996(平成8)年には1億1957万人まで落ち込み、コロナ禍の2020、21年を除けば、ここが“底”。

2025年は実写邦画「国宝」やアニメ映画「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章猗窩座あかざ再来」などの大ヒットもあって過去最高の興行収入を達成したわけです。

娯楽やメディアの多様化や視聴スタイルの変化によって一時は斜陽で風前の灯火ともしび状態だった映画界が雌伏の時期を経て再起動したようです。

何が言いたいのか…。

一言で表現するのは至難の業ですが、ざっくりとまとめると、“灯を消さない”という営為の大切さが証明されている、とまではいかないですけど、肯定できる理由になるということ。

生き残りのための妥協もあったでしょうけど、それもまた必要なのでしょう。

上映中でも出入り自由で、喫煙可だった昭和の映画館からデジタル技術を活かしたシネコンが主流となっている現在まで、時代に合わせて変化していくことが復興につながることも証明されているようです。

環境に合わせて変われるか、どうかですね。

これは映画界の芯にある泥臭さや柔軟性といった特性が貢献している部分が大きいかもしれません。
しかし、時代の変化で、色々な“灯火”がなし崩し的に消えそうな現状への教訓や警告として応用できないでしょうかね。

もちろん文化・芸能に限りませんけどね。
で、ここで今回、紹介したいのが、このプレスリリースです↓

【東映太秦映画村フルリニューアル】2026年3月28日に第1期オープン決定!「江戸時代の京へ、迷い込む」をコンセプトにした大人の没入体験パークへ

ちょっと古くて昨年(2025年)11月19日の配信ですが、ざっくりまとめると…。

2025年に50周年を迎えた「東映太秦映画村」が2026年3月28日に第1期リニューアルオープンし、「東映太秦映画村(英語表記:TOEI KYOTO STUDIO PARK)」という名称を「太秦映画村」に変更するといいい、英語表記は「UZUMASA KYOTO VILLAGE」となるそうです。

大阪には「USJ」(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)がありますし、略称は「UKV」なんでしょうかね。
それか「ユニバ」に対抗して「ウズマ」とか?

大人の没入体験パークへと生まれ変わる太秦映画村イメージ

それはさておき…。
リニューアル後は「江戸時代の京へ、迷い込む」を新たなコンセプトに掲げ、20代30代を中心とした大人の来場者も楽しめる「大人の没入体験パーク」として生まれ変わります。

その続報が今月(2月)に配信されました

大人の没入体験パークへと生まれ変わる太秦映画村第1期リニューアルの全貌を公開!

映画村史上最大のスケールで贈る、江戸時代の京都の1日を演出する新たなライブショー「360°リアルタイムドラマ」や、江戸時代の町で体験できる茶道や華道、能などの文化体験、18歳未満は入場不可の江戸時代の夜を楽しめる大人向けイベントとして「丁半博打」や「大人しか入れない拷問屋敷」を新たに展開します。まさに「江戸時代の京へ、迷い込む。」というコンセプトを体感できるラインナップでお届けします。

…とのことで、リニューアル後は「18禁」のイベントも登場。
「博打」とか「拷問」とか、時勢に抗うようなワードが飛び出して、時代劇というより深作欣二監督「仁義なき戦い」のテーマ曲や高倉健さんの「網走番外地」の歌が脳内でループします。

夜限定イベント「丁半博打」(R-18)

夜限定イベント「丁半博打」(R-18)イメージ

トレンドが上向きの日本映画界を象徴するプレスリリースですね。

東映太秦映画村のウェブサイトの「映画村の歴史」によると…。

黄金期を迎えた国際映画都市「京都」も、テレビの隆盛により「映画製作」が激減。
海外で華々しい功績を残した「大映京都撮影所」が倒産し、日本最大級の広さと世界一の映画製作数を誇った「東映京都撮影所」も、閉鎖のピンチを迎えます。
そんな中、「日本映画の灯を絶やすな!」をスローガンに、新たな活路として撮影所の屋外スタジオを一般公開。
撮影をライブ見学できる日本初のテーマパークとして誕生したのが「東映太秦映画村」です。

…とのこと。

「日本映画の灯を絶やすな!」というスローガンがあらためて刺さります。

東映太秦映画村が誕生したのは1975年。
高峰秀子さんが「あわれな現実だけが残った」と評した年です。

高峰さんは、こうも書いています。

「夢よ、もう一度、とまではいかなくても、せめて失った日本映画の信用をもう一度とり戻して欲しい、と思う」

それから半世紀。
往時の「信用」のスケールはよくわかりませんが、現在の日本映画への「信用」が小さくないことは観客数や興行収入が示しています。

様々なものへの「信用」が失われていく風潮のなかで、そもそも失われた「信用」の回復は短期間に実現するような容易なことでないようです。
何十年も「灯」をともし続ける世代を越えた“リレー”をする覚悟も必要なのでしょうね。
さらに回復した「信用」も油断すれば、失われます。
「コスパ」や「タイパ」が重視される風潮のなかで、効率や生産性よりも大切なことを選別できる賢明さと、その判断を持続する勇気を意識し続けたいな、と切実に願いました。
もちろん、その前に「信用」を築かねばならず、よわい60を越えても、失われる「信用」がない“あわれな現実だけが残った”自分に愕然としています。(岡崎秀俊)