ダーダー・ハリールの階段井戸(2017年撮影, アーメダバード, インド)

 

「ダーダー・ハリールの階段井戸」

文・写真 下坂浩和

インドの階段井戸には、前回ご紹介したアーバーネリーのチャンド・バオリの階段のように、矩形平面で四方から地面より低い場所へ下りる反ピラミッド型の他に、螺旋状に下りるものや一直線に下りるものもあります。螺旋状に下りる井戸は、日本にもまいまいず井戸がありますが、一直線に下りるタイプは他には思い浮かびません。一直線に空に向かう階段が天国への階段に喩えられることがある一方、まっすぐ地面に下りていく階段が地獄に下りる階段に喩えられることはないように思います。地獄というのは垂直に落ちていく場所で、階段を歩いて下りる場所ではないということでしょうか。

ダーダー・ハリールの階段井戸は一直線に下りる階段井戸の一つで、インド西部のアーメダバード市内北東部の比較的行きやすい場所にあります。インドは仏教発祥の地で、現在は国民の約8割をヒンドゥー教徒が占めますが、13世紀頃にはイスラム教の支配が一部で始まり、インドの大部分を政治的に支配した時代もありました。アーメダバードの名前は、1411年にイスラム支配下でグジャラート王国のスルタン、アフマド・シャーがこの地に都を移して、アフマダバード(Ahmadabad=アフマドの街)と名付けたことに由来します。

アーメダバードは、パリでル・コルビュジエの弟子として働いた建築家バルクリシュナ・ドーシ(1927-)が、インドに戻って自身の設計事務所を開いた街でもあります。彼が師であるル・コルビュジエと、アメリカのルイス・カーンの20世紀を代表するふたりの建築家を紹介して、それぞれの設計で実現した建築があるので、インド建築旅行の定番目的地の一つになっています。

さて、この階段井戸は、王妃ダーダー・ハリールによって、彼女自身の廟と合わせて1499年につくられました。一番深いところで深さ約15メートルですが、幅約6メートル、長さ約70メートルの切り通し状に、一直線に下りる階段井戸です。階段は途中に水平の床が4箇所あり、一番下は地下5階ですが、それぞれの水平部分の上には各階に中間床があり、この床で左右に突っ張って両側の垂直の壁が崩れないようにつくられています。そしてこの床は水平床部分に2本ずつならんだ石の柱で下から支えられています。

石造建築は石を積んだ壁でつくられるのが一般的ですが、ここでは石の柱、梁と床が積み木のように積み上げられて成立しています。高さが15メートルもあると、バランスを崩して柱が倒れやすくなりますが、壁に挟まれて安定しているのでこのような構造体がつくられました。両側の垂直の壁とその間に挟まれた柱梁の構造がお互いに支え合っているというわけです。反ピラミッド型と比べてつくるのが難しいですが、この階段井戸は市街地にあるため、広い敷地が必要な矩形平面ではなく、一直線型が選ばれたのではないかと思います。

空間を支える石の構造体には美しい彫刻が施されています。インドの階段井戸にはヒンドゥー教の女神像などが彫られているものも多くありますが、ここは偶像崇拝を禁じたイスラム支配の時代につくられたものなので抽象模様の彫刻です。上からの自然光で陰影が美しく現れます。

この階段の寸法を測ると水平部分の踏面は28〜29センチ、垂直部分の蹴上寸法は15〜16センチです。比較的緩めの階段と言ってよい寸法で、メキシコのピラミッドやアーバーネリーの階段井戸のように足を滑らせると落っこちてしまうような危険な急階段ではありません。各階の高さは19段ですが中間には75センチほどの踊り場もあり、水を汲んで上るのに無理のない、現代でも通用する一般的な寸法の階段です。

一直線の階段を一番下まで下りると、水面の両側には地上から下りてくる狭い螺旋階段が左右にあります。一段ずつ石を切り出して、心棒を中心にして螺旋状にずらしながら積み上げたもので、これも美しい螺旋階段です。水を汲んだ重い桶を持ってこの階段を上るのは難しそうなので、螺旋階段は下り専用で水を汲んだ後は一直線の上りやすい階段を使ったのでしょうか。階段井戸の下の方は夏でも涼しいので、水汲みの他に涼を取りに下りるための近道だったのかもしれません。

最近入手した本に、インドの階段井戸は王妃など女性が寄進したものが多く、利用したのも女性だったとありました。階段井戸は女性の場所だったというのです。この階段が急な階段でないのも、女性らしさのあらわれかも知れません。現代のイスラム社会は男性中心で女性が社会に進出することは少ないですが、当時のインドでは違っていたようです。日本にも井戸端会議という言葉がありますが、ここでも女性たちが階段井戸に集まって世間話をしていたのでしょうか。

この井戸の上の方には赤い手形がたくさん残っています。これらは建設に関わった人たちのものなのか。それともこの井戸を利用した人たちのものなのか。想像をふくらませてみるのも楽しみです。

(2023年1月22日)

これまでの「うつくしい階段」はこちらから

  • 下坂浩和(建築家・日建設計) 1965年大阪生まれ。1990年ワシントン大学留学の後、1991年神戸大学大学院修了と同時に日建設計に入社。担当した主な建物は「W 大阪」(2020年)、「六甲中学校・高等学校本館」(2013年)、「龍谷ミュージアム」(2010年)、「宇治市源氏物語ミュージアム」(1998年)ほか。