最終回の話題は、岸野さんのもう一つのライフワーク「ヒゲの未亡人」です。ニューアルバム『ヒゲの未亡人の悦楽教室』は、カセットテープでのリリース。しかもライブ会場のみの販売ということで、新作発売記念ツアーの日程が気になるところ。昨年10月6日の東京に始まり、北陸(富山・金沢・松本)、東北(花巻)、中国(山口・広島・姫路)、九州(熊本・佐世保・福岡)がすでに終了しています。大阪・京都・奈良・神戸でのライブはこれから。もうカセットを入手したよという方も、ライブが待ち遠しい方も、「ヒゲの未亡人」をいま初めて知った方もぜひお読みくださいね。(丸黄うりほ)
「ヒゲの未亡人」も協力者がいるから続けられた
――では、ここからは「ヒゲの未亡人」の新作ツアーについてお話いただこうと思います。その前に、「ヒゲの未亡人」とは何かということですが。ツアーのフライヤーにはこうあります。
「岸野雄一+ゲイリー芦屋× Ali (anttkc)からなるジャンル分け不能な映像音楽ユニット。岸野が作詞と歌(パフォーマンス)、ゲイリー芦屋が作曲とピアノ演奏担当、 Ali が映像演出を担当」。
岸野雄一(以下、岸野) 盆踊り関連で最近になって私の活動を知った人からは、「民謡じゃないんですか?シャンソンなんですね?」みたいなことを言われたりしますね。自分でやっている中ではブレてない。これも一貫してずっとやっているので。ただジャンルで音楽を捉えたりする人からは、全く相いれないことをやっているように見えるのかもしれないですね。
――「ヒゲの未亡人」も活動歴はずいぶん長いですよね。90年代から続いてるんでしたっけ。
岸野 2001年に CD が出たんじゃないかな。バンド・ヒストリーみたいなものは、コンサートの時に配る小冊子みたいなものに記載していて、それらもウェブ上で読めるように準備中です。
―― 私が初めて「ヒゲの未亡人」のパフォーマンスを見たのは、おそらく90年代です。岸野さんが女性用の喪服を着て歌い、踊る。ものすごいインパクトがあったんですが、正直、最初に見た時はこんなに長く続けられるとは思っていませんでした。なんだか変わったことを始められたなーという感じだったんです。でも、もう20年以上続いている。盆踊りとならぶ岸野さんのライフワークになっていますね。
岸野 そうですね。協力者がいるから。ゲイリーさんや Ali 君が手伝ってくれているからできている感じですね。
――ゲイリー芦屋さんによる「ヒゲの未亡人」の音楽は、ああ京浜兄弟社の音だなって思うんです。ソフトロックとか、ラウンジとか、シャンソン、オーケストラによるポップス、いろんな要素がはいった、流麗でめくるめく感じの音楽。だから、岸野さんの関わってこられたことって、音楽性においてはすごく一貫性があるなと思う。で、「ヒゲの未亡人」は、音楽性もさることながら、岸野さんのパフォーマンスが年々すごくなってきているなと感じるんですが。
岸野 あまり何も考えてないです。やりたいことをただやっている。このスタイルだと自分の表現したいことがやりやすい。ジェンダーを超えた普遍的な孤独感みたいなものがテーマです。
――ご自身の音楽活動は、いまは「ヒゲの未亡人」と……。
岸野 年に1回の「ワッツタワーズ」ですね。
――「ワッツタワーズ」は年1回だけなんですね。
岸野 メンバーの皆さんがみんな忙しいから。もう再来年の予定まで決まっちゃってるような人たちですから、年に1日だけ空けてもらっているんです。ヒゲの未亡人の方も、ライブは年間15回までって決めているんです。
――関西ツアーの日程は決まっていますか?
岸野 はい。2月21日から京都、奈良、神戸、大阪と回ります。詳しい日程と会場は下の方に情報が出ていると思います。
関西方面は車で回るつもりなんです。美術セットやプロジェクター、スクリーンなども持って回っているので、荷物が膨大なんです。松本—富山とか、山口—広島など近いところは車で回りました。いま、広島市立大学で教えているので、講義があるときに入れられれば交通費が2/3で済む。そういう形で経費を削減していかないと利益が出ないんですよね。
新作のアイデアは、京都タワーの銭湯でまるっと生まれた
―― 新作について教えてください。
岸野 カセットです。メディアとしてカセットが非常に好きだというのもあるし、持っていて愛着が湧くでしょう? でもカセットデッキを持っていない人でも、ダウンロードコードがついているのでパソコンでも聞けます。タイトルは『ヒゲの未亡人の悦楽教室』。
――ジャケットのビジュアルが強力ですね。この絵はどなたの作品なのでしょうか?
岸野 イラストは吉岡里奈さんです。お若い方なのですが「昭和のエロス」を描くのに長けた才人です。最近は文庫本の表紙や日本酒のパッケージまで、幅広く活動されていますね。ヒゲの未亡人のような、ちょっとしたディティールへのこだわりを大事にするアーティストにとって、細部にまでこだわって付き合ってくれることはありがたく、とても感謝しています。
音源の内容については、これじつはね、ゲイリーさんがかなり主導で作りました。彼がやりたいもの、昭和のエロテープを作りたいっていう注文があって。僕も全貌はできあがってから初めて聴きました。
―― そうだったんですか。岡村みどりさんが、『ヒゲの未亡人の悦楽教室』の収録曲目をネットにあげてらしたのを見たんですが、曲と曲の間に「スネークマンショー」のようにコントが入っているんですね。
岸野 そうですね。まわりにそういうギャグを考えるのが巧みな人がたくさんいるので、みんなでそういうスケッチを書いて。一緒に東京タワーズというバンドをやっていた加藤賢崇君とかは声優もやっていますから、演じる人も身近に多いので。ゲイリーさんもよく作ったと思いますよ、忙しいのに。イベントでしか売らないというのはもったいない。で、その一つ前のシングルですよね、『絶対恋愛カウントダウン』っていう。
――『絶対恋愛カウントダウン』、アイドルポップス風の楽曲でしたよね。
岸野 あの曲が生まれたのは、どこかといいますと、京都タワーの銭湯なんですよね。みんなで会って、どういうものを作ろうかっていうミーティングができるのって、結局ツアーで回っている時なんですよ。そこでの冗談話からいろんなことが始まるんですね。で、アイデアが出て、アイドルっぽい曲を1曲やろうじゃないかと。で、こういうネタで……みたいな感じになっていってね。深夜バスに乗って、早朝に着いてから街が動き出すまで、3時間くらいその銭湯にいなきゃいけなくて。その間に話したことがすべて投入されているというか、そのときにすべてできたんですよ。
――まるっと?
岸野 曲も、詩も、ビジュアルも、世界観もですね。 B面についてもですね。全部がもうまるっとできた。あとはそれを時間を作って手を動かして作るだけだということだった。それをひたすら1年かけてやったという感じですね。それはフォーマットは7インチシングルだったんですが。
それに比べれば、今回のカセットはかなりゲイリーさんが一人で……。あ、そうでもないか。カセットもやはり、そのツアーのときのバカ話がもとになっているね。誰それにこれやらせて、で、ヒゲミボ(「ヒゲの未亡人」)の曲を誰それに歌ってもらってみたいなことですね。それも、かなりの部分ツアーのときに話していたことですね。それを形にしたんです。
――なるほど! いろんなゲストが参加されているんですよね?
岸野 はい。こんな人が歌ったらいいな、という理想を現実にした形ですね。それの集大成とも言えるのが、先月の1月11日に渋谷のO-WESTで行った「ヒゲのヒットスタジオ」というコンサートですね。これはさまざまな歌手の方々がかわるがわるヒゲミボ・ソングを歌っていくという、往年のテレビ番組のような構成で、ランキング画面やテレビスタジオのセットも映像で作って背景に使うという凝ったものでした。
ヒゲの未亡人「ヒゲのヒットスタジオ」公演から一週間。ようやく後片付けも終わりました。
当日は歌唱シーンは撮影禁止でしたが、それ以外のシーンも面白かったので、ご覧になれなかった方は、断片を見て全体像を想像してみてください。 pic.twitter.com/gDm5843IXu— 岸野雄一 (@KishinoYUICHI) January 21, 2020
――たくさんのゲストが出演されたようですね。
岸野 はい。ゲストの歌手の方々を一人一人紹介していきますね。辻林美穂さんは、アルバム『オンブル』をリリースしたばかりのとても有能な作曲家兼歌手です。アニメ『異世界食堂』や『まちカドまぞく』など、フルオケ劇伴からオープニング主題歌までこなすマル チな才能で期待のシンガーソングライターです。 透明感のある美しい歌声を持った田中亜矢さんはバンド「図書館」でもボーカルをつとめている方。この図書館ってバンドは、ワッツタワーズとメンバーがほぼ重なっています。町あかりさんも優秀なソングライターですねー。特にメロディを書く才能が突出しています。現在フジテレビの子ども番組「じゃじゃじゃじゃ〜ん」にうたのお姉さんとして出演されています。見汐真衣さんは、平岡精二の楽曲を歌うコンサートを定期的に開いています。ヒゲミボも平岡精二のカヴァーをしていることから、出演をお願いしました。歌っていただいたのは女性歌手ばかりとは限りません。
漫画家としても活動されている山田参助さんは、去年、「あれよ星屑」で、日本漫画家協会賞 大賞、手塚治虫文化賞 新生賞をダブル受賞されました。ご自身も泊(とまり)というオリジナルの昭和歌謡を歌うバンドをされていて、去年は一緒にツアーを回りました。今回の関西ツアーでもご一緒いただきます。
――2月21日から4日間にわたる「ヒゲの未亡人」関西ツアーは山田参助さんの「泊」と一緒にまわられるのですね!とても楽しみです(注・奈良公演をのぞく)。あ、1月11日のゲストのつづきをお願いします。
岸野 はい。姫乃たまさんは、実は当日は別のイベントがあったのですが、それだったらベストテン番組にあるような中継をやってみる良いチャンスだ、と思って出演をお願いしました。去年地下アイドルを引退してフツーの女の子に戻ったはずの姫乃たまさんですが、ヒゲミボのカセットでも参加して歌ってくれています。彼女のMVや映像はヒゲミボのALiくんが担当しています。
畑中葉子さんは、それこそ本当に「夜のヒットスタジオ」や「ザ・ベストテン」に出演されていたベテラン歌手で、「後ろから前から」などのヒット曲でもおなじみですね。過去にヒゲミボのライブをご覧になって気にしてくださっていて、今回の出演となりました。小川美潮さんも、伝説のニューウェイブバンド「チャクラ」のヴォーカリストだったわけですが、去年の盆踊りでチャクラの「福の種」を取り上げ、そこで歌ってもらったんです。その縁でのご出演です。シンガーソングライターの星野みちるさんはゲイリー芦屋がシングル2枚の編曲を担当したご縁 でカセット『悦楽教室』でも歌声を披露してくれました。最新アルバム『月がきれいで すね』も全曲最高の名盤でした。
林以樂(リン・イーラー)さんは、台湾のブロッサム・ディアリーか、ジュヌヴィエーブ・ウエイか、といわれるスィートボイスが魅力のヴォーカリストです。 FrecklesやSKIP SKIP BEN BENの他に去年から本名名義でも活動をスタートしました。カセットでも中国語ヴァージョンのヒゲミボ・ソングを歌ってくれて、とても良い出来です。シャンソン歌手ソワレとヒゲの未亡人は、かつて渋谷にあったライブハウス青い部屋で出会った古いお友達です。ゲイリー芦屋が雪村いづみさんをイメージして書いた「神様はサディスト」を完璧に歌いこなしていましたね。ちょっと悔しかったです。飯泉裕子さんはマイクロスターのヴォーカリスト。マイクロスターの佐藤清喜さんはエンジニアとしてヒゲの未亡人の多くの楽曲をミックスしてくださっています。他にもシークレットでタブレット純さんが、ヒゲミボのライブで最後に流れるナレーションのパートを、美輪明宏さんの声のモノマネでやってくれるなど、豪華ゲストによる多彩なライブでしたね。舞台裏はとにかく大変でした。みんな走り回っていた。架空のテレビ番組をライブ会場でナマで作っているようなものですから。
―― 岸野さんは、さきほど「ヒゲの未亡人」のスタイルだと自分のやりたいことがやりやすいとおっしゃいましたが。あれは本当に女装ですよね、女性の型を演じている。
岸野 おんなごころ、おとめごころ。はい、衣装として喪服を着て、未亡人を演じているということです。
――現実の女性では絶対にないもの。立派なヒゲもあるし。
岸野 そう。ファンタジーですよ。
――そのへんが、とても面白いなと思うんです。男の夢みたいなね。「ヒゲの未亡人」のロゴはエマニエル夫人みたいだし、新しいビジュアルは昭和の官能小説みたいだし。こんな女いないよね、というのが面白い。
岸野 ふふふ。
――盆踊りもわりとファンタジー的なところありますよね。
岸野 まぼろしの共同体みたいなね。ヒゲの未亡人のライブの見どころは、なんといっても映像とのリンクですね。人形劇が挟まったりマルチメディア的なアトラクション色の強いショウとなっています。ただ一つ難点は、観たお客さんが、その面白さを人に伝えにくいということなんですね。ですので広がりが出にくい。自分は物書きもやっているので、言葉で表現するのは意外と得意なんです。言葉で説明できることは言葉で話した方が手っ取り早い。で、言葉で表現できないことを自分のステージに乗せている。つまりは自分でも説明できないことを、あえてステージでは試みているわけなんです。でもこれは、前回お話しした新しいスタイルの盆踊りと同じで、一度、実際に目にすれば、ああ、そういうことか、と納得してもらえる。そのあとはやり易くなる、ということなんですね。ヒゲの未亡人のステージを観たことがある人は、世界観やら、観終わった後の感情、などを共有できるわけなんですが、観たことのない人にとっては、名前を聞いただけでは「なんすか?それ?お笑いすか?」という感じでしょう。ですので、一度ご覧になった方は、ぜひともお友達に教えてあげてほしいですね。なかなか勇気のいることだとは思いますが。
『ヒゲの未亡人の悦楽教室』
定価2500円(税込)※イベント会場のみで販売(2020年度より通販でも取扱予定)
- ヒゲの未亡人・新作カセット発売記念ツアー・関西編
2/21(金) 19時オープン/19時半スタート
京都Annie’s Cafe(京都市伏見区深草下川原町51-4 サイラスノーム京都B1F/B2F)
前売り2500円 当日3000円 (ともにワンドリンク代別途)
LIVE:ヒゲの未亡人、泊、Sayoko-daisy、北村早樹子
DJ:グルーヴあんちゃん - 2/22(土) 19時オープン/19時半スタート
BAR O(奈良県奈良市角振町9 PASTELビル 5F)
前売り2500円 当日3000円(ともにワンドリンク代別途)
LIVE:ヒゲの未亡人、北村早樹子
DJ:Donald & Fagen (Broken Radio)、moanyusky (piano and forest) - 2/23(日) 18時半オープン/19時スタート
@ 神戸 COCCA(神戸市中央区琴ノ緒町4-6-9, 3号)
前売り2500円 当日3000円(ともにドリンク代別途)
LIVE:ヒゲの未亡人、泊、北村早樹子
DJ:グルーヴあんちゃん、yasco - 2/24(月・祝) 14時オープン/14時半スタート
@ 大阪・塚本エレバティ(大阪市淀川区塚本2-21-4)
前売り2500円 当日3000円(ともにドリンク代別途)
LIVE:ヒゲの未亡人、泊、北村早樹子
DJ:グルーヴあんちゃん、DJ薬師丸