世界各地の美しい階段を紹介する連載です。世の中のすべての階段が美しくて歩きやすいわけではありません。建物の中や屋外空間に優れた階段を増やし、そうでない階段をなくしていくためにも、専門家だけでなく、多くの方に階段に興味を持っていただければと思います。(文・写真 下坂浩和)

東梅田地下街のかつての階段(2002年撮影, 大阪)

いま、一番近くの階段がどこにあるか考えてみてください。屋内に限らず、屋外の場合でも数段の階段は意外と近くにあるものです。そして、昨日またはきょう一日のことを思い出してみてください。階段を何段上り下りしたでしょうか。朝、目覚めてから順を追って数えてみると、家の中、家から道路に出るところ、駅の入り口、改札口からホームへ、会社や学校やショッピングセンターの中、階段はいたるところにあります。段数の多少はあるでしょうが、多くの人は毎日階段を使っています。バリアフリー化が浸透してきたので、なるべく避けて歩けるようになりましたが、階段がなくなることはありません。

建築を学び始めたころに「階段の設計ができるようになれば一人前」と言われたことが何度かありました。初めて聞いたときには階段くらい誰でも設計できるのに、おかしなことを言っているな、と内心思いました。ゆったり緩やかで上りやすい階段のほうが、急勾配で下りるのが怖い階段よりも良いことは誰にでもわかります。ですが、階段の良し悪しの境目は、一段の寸法が何センチなのか、どんな建築の教科書にも載っていません。経験を積んだ建築家でも、断言できる人はいないでしょう。急いで上りたいオフィスの階段とゆっくり上がりたい美術館の階段とでは最適な寸法が異なるのです。それに、階段の上下しやすさは、段の勾配や寸法だけで決まるのではなく、階段の幅や手すりの有無によっても異なります。階段の設計が一筋縄ではいかないことに改めて気づいたのは設計の仕事を始めて何年か経ってからのことでした。そして、日々の暮らしや旅先で街や建築を見てまわるうちに、世の中には単に上下しやすいだけでなく、美しい階段があることにも気がつくようになりました。

写真は、大阪の地下鉄谷町線東梅田駅から梅田阪急ビルの南北コンコースへ上がるかつての階段です。上がったところに伊東忠太設計の旧阪急梅田駅(1929年)のインテリアが残されていましたが、2005年に梅田阪急ビルの建て替えにともない解体されました。この階段は、惜しまれるほど特別なものだったわけではありませんが、手前の緩い階段と奥の急な階段を続けて上る感覚は今も思い出すことができます。通るたびに、事情はどうであれ、奥の階段はもう少し緩いほうが良いのにと思ったものでした。同じように思った人が多かったようで、現在、奥の階段はエスカレータに、手前の階段はスロープに置き換えられています。

すべての階段は、美しくて歩きやすいものも、そうでないものも、誰かがつくったものです。経験をもとにじゅうぶん良く考えてつくったか、それとも簡単に考えただけだったかによって、階段の出来映えは違ってくるはずです。この連載では、世界各地の美しい階段を紹介します。建物の中や屋外空間にすぐれた階段を増やし、そうでない階段をなくしていくためにも、専門家だけでなく、多くの方に階段に興味を持っていただければと思います。

(2018年11月15日)

 

下坂浩和(建築家・日建設計) 1965年大阪生まれ。1990年ワシントン大学留学の後、1991年神戸大学大学院修了と同時に日建設計に入社。担当した主な建物は「六甲中学校・高等学校本館」(2013年)、「龍谷ミュージアム」(2010年)、「大阪府済生会中津病院北棟」(2002)「宇治市源氏物語ミュージアム」(1998年)ほか。