赤松玉女さんの展覧会「赤松玉女 まなざしのものがたり/A Story of Looking」が、尼崎市総合文化センターの美術ホールで開かれています。尼崎市出身の画家、赤松玉女さんは2020年度尼崎市民芸術賞を受賞。出身地で開かれる、これまで約35年の画業を紹介する展覧会です。

会場の入口近くに、顔出しパネルを置く予定だったのが、感染予防対策で非接触の撮影コーナーになったのこと。展示作品に描かれた手と自分の手をあわせるようにしてね、とのことで、撮影してもらいました。絵は写真パネルじゃなくて作品なのでもちろん非接触です。

35年の画業。35年前といえば、80年代ど真ん中。1984年に京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻油画を修了した赤松さん。芸大生時代には「フジヤマゲイシャ」とか「イエスアート」とか、「アートナウ」とか、関西の若手現代美術シーンはキラキラしていました。「関西ニューウエーブ」なんて呼ばれたりもします。また関の東西を問わずとくに現代美術女子の精鋭を「超少女」などとくくる見方もありました。

そんな時代の渦の中を生き抜いた赤松さん。ですが、キラキラの最前線にはいませんでした。同世代で同じく京都芸大出身の杉山知子さん、松井智恵さんは、最前線で超少女でしたが、赤松玉女さんは、超ではなかった。なぜ?超かわいいのに?

最近の80年代をテーマにした美術館での企画展にも、赤松さんの作品は入っていません。90年代にも。なぜ?あんなに活躍していたのに?

それはおそらく具象絵画だったからでしょう。段ボールとかインスタレーションとかじゃなかったからだと思います。当時の作品解説を見ると、素材は、キャンバスにアクリル絵の具、です。普通。いえ王道。

赤松さんは、学生時代から美術展での入選や受賞もあり、大学院修了年には出品作が京都府にお買い上げされたりもしています。その後、安井賞展に3回出品。安井賞展は誰でも出品できる展覧会ではなく、それ相応の先生が推薦し、その中から受賞作が選ばれます。若手洋画家の登竜門で、画壇の芥川賞などともいわれたくらい。大賞に選ばれてはいませんが、出品というだけで高評価といってよいでしょう。

そんな80年代の終わりごろ、まだバブル真っ最中の88年に赤松さんは、マツモトヨーコさん、田仲容子さんと3人で、アートユニット「アルティジア」を結成(「花形文化通信」NO.1/1989年6月号に関連記事)。と思ったら、89年に渡欧。3年半、主にイタリアのボローニャに滞在して絵の勉強と創作活動を。イタリアに渡ったのは、中世のイコンや壁画、絵画をたっぷり見てみたいという理由だったようです。たしかに、壁画は行かなきゃ見れない。

帰ってきて、93年からは京都市立芸術大学の講師にもなり、創作も続け、また2001年から約1年、ローマでフレスコ画の研修と制作を行っています。それから、結婚したり、子どもを産み育てたり、大学では、教授になって、学部長になって、2019年からは理事長・学長です。

そんな赤松さんの画業を一覧できる今回の展覧会。第1章から第4章まで、画風は変化しています。変化しているけれども、具象は変わらず、しかも人物、人の顔を描き続けています。

第3章のタイトルは「あいまいのものがたり」。展覧会のメインビジュアルにもこの章の作品がつかわれていますが、あいまいというより複雑な絵です。いったいどうやって描いているのか、描き方からして複雑。紙に描かれていますが、フレスコ画の肌のようでもあり、水彩がにじんでいたり、ひっかくようにインクで線が引かれていたり。そして、その表情が複雑。沈んでいるのか驚いているのか喜んでいるのか泣いているのか、紙とは思えない厚さ、深さ。人の顔の奥の奥にある線を引きずりだして描いているかのようです。それが美しい。これほどまでの顔を描くようになるにはやはり35年の歳月を要したことと思われました。展覧会の構成がそれを教えてくれました。

「それぞれの画面に展開する複雑な感情が絡まり合った人間の多面的な、あいまいのものがたりは、その複雑さゆえに面白く、美しく、豊かである。」と赤松さんは書いています。

あいまいなものがたりの絵は、おおかたが学長になってからの作品です。旧京都造形芸術大学の名称変更にともない、混乱をきわめたこの1年のうちに描かれています。そんな渦中の、しかも、最前線に立ち続けている中で描く。画家としての軸を失わない。失わないためにも描かなければいけなかったのかもしれません。

紙に描いたのは、おそろしく忙しかったからかな、と勝手に推察しました。いろいろ落ち着いたら、大きなキャンバスとか、広々としたしっくいの壁とかに描いてもらうのもいいなあ、と思いました。

そしてわたしは、自分の写真を撮ってもらってる場合じゃなくて、赤松さんの写真を撮ってくるべきでした。

by 塚村真美

「赤松玉女 まなざしのものがたり/A Story of Looking」は尼崎市総合文化センター美術ホールで、6月13日まで。火曜日休館。一般600円。チラシPDFはこちらから

*その後、赤松さんから写真が届きました。